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by 杜の小径  at --:-- |  スポンサー広告 |   |   |  page top ↑

*** HP移転のおしらせ ***

いつも『杜の日記』においでいただき、ありがとうございます。


2011年2月より、『杜の小径』『杜の日記』は下記に移転いたしました。
大変お手数ですが、「お気に入り」のご登録などございましたら、ご変更をお願いいたします。

http://gamuchan.com/

今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。


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by 杜の小径  at 00:00 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑

 白馬岳から従いてきた女

               imageCAU5J83P.jpg

 白馬山麓のコッテージは、友人のものである。スキーも冬山もやらない無粋な男で、夏の間だけ執筆用に使っている。近くに倉下の湯という掛け流しの温泉があるし、冷蔵庫や家電一式、薪ストーブまで完備している。長い間風を入れないと家が傷むぞと脅して、冬の間は時どき使ってやっている。もちろん、代償は払わない。庭の手入れをして、夏に咲く花木でも植えておいてやろうと思っている。もう一つ 彼には断れない理由があるのだが、そのことは黙っていてやろう。

               P1270123[1]

 このところ胸がちくちく痛むので肺ガンかもしれないと、精密検査の予約を入れてある。また11日は妻の誕生日なので、墓参に行ってやろうと思い立った。で、先日冷酒を奢ってやった雪女にメールすると、叔父さんがタクシーをやっているから頼んであげる、と言う。それはいいが、東京は行ったことがないので私も一緒に行くと、勝手に決めている。断るとどんな悪さをされるか判らんので、叔父さんと一緒に帰るんだよと念をおしてからしぶしぶ承諾した。

               imageCAOEUPYT.jpg

 ほどなくタクシーが来た。孫悟空の金遁雲のような形をしている。こんな ふわふわしたもので乗れるかと危ぶんだが、中はちゃんとしたシートがあって、乗り心地は悪くない。
さて東京まで幾らかかるか心配になって聞くと、金は貰っても使えないから塩を二升呉れと言う。春先、雪が融けかかったとき体に振り掛けるんだが、信州は塩が採れないので困っているのだそうだ。これらは全て雪女を介しての会話で、運転手の雪男は私には直に気口を利こうとはしなかった。急ぐかと聞くから今日中に着けばいいと答えると、それじゃあ穂高を空から見せてやろうと言う。雪雲タクシーは、ゆっくりと空に舞い上がった。タバコ、吸いたかったどうぞだってよと、女が雪男の言葉を伝えた。へーぇ、人間界じゃあ、どこもかしこも禁煙だぜ。もちろんタクシーの中も…。売っといて吸わせないというのは道理に合わねぇだってよ―女がまた通訳してくれた。この雪男、見かけによらずいい奴かもしれない。

 ねぇ、後ろをご覧よ。女の声に振り返ると、タクシーはいつの間にか夥しい雪雲を引っ張っていた。いま東京は日照りが続いてるでしょ。私たちは雨は運べないから雪を土産に持っていってあげるよ。―でも、東北や上越の人たちは大雪で困ってるぜ。―ありゃぁ、ロシヤと北朝鮮の連中が意地悪してんだよ。私たちゃぁ、あんな悪いことはしないよ。―おまえ、なんで江戸弁で喋るんだ。―おまえさんだって東京ことば遣ってんだろうに。天竜の田舎生まれのクセしてサ。―こいつら、何もかもお見透しだ、油断はならないとは思ったが、悪い感じはなかった。―叔父さん、ちょっと天竜川の方へ回ってあげてよ。―車は雪雲を引き連れたまま、諏訪湖の上空から南へ針路を取り、ゆっくりと天竜川に沿って飛び始めた。私は、問わず語りに故郷の雪女について語り始めていた。

               Suushi_Yama-uba[1]

 雪女は殆ど全国に居ると信じられてきたが、呼び方はユキオンナの他にユキオナゴ、ユキジョロウ、ユキオンバ ユキンバなど地方によってさまざまに異なるようだ。同じように姿形もかなり違っているらしい。
私の生まれた天竜川沿いの地方では雪女をユキオンバと呼び、雪の降る夜に山姥(ヤマンバ)の姿で現われると伝えられている。(写真)時には牛方や馬方、桶屋、小間物屋などの旅職人や振売(売り声を挙げながら干し魚等を売り歩く人)が悪さをされたというが、多くは藤蔓を食べては糸を吐いて織物を手伝ったり、子育てを手伝ったりする優しい老婆だったようだ。
 
         yamanba2_2[1]     yamanba[1]

 私の生まれた佐久間の西渡地区には山姥神社まである。(写真右)その近くには子生石(コウミタワ)」と呼ばれる岩があり、天徳年間に「山姥」がここで三つ子を産み育てたという。石には陣痛で苦しんだ山姥の指痕がくっきり残っている。(写真右)生まれた三人の子が竜頭峰の山の主「竜築房」、神之沢の山の主「白髪童子」、大山祇神社奥の院の「常光房」で、今も地元の人々の信仰を集めている。我が家から近い水窪地区と千代葱で勇名な飯田市千代の大山祇神社には、その伝説が残っている。私が母から聞いた話では、山姥は木の皮を綴ったものを身にまとって怖い顔をしているが優しい老婆で、釜を借りて米を炊ぐと二合の米が釜一杯になったという。特に変わったところもなかったが、縁側に腰掛けたときに床がミリミリと鳴ったそうだ。

 さっきまで饒舌だった雪女が、珍しく神妙な顔で私の話を聞いている。―おい、どうしたんだ。急におとなしくなったじゃないか。―私のお婆ちゃん、つまりこの叔父さんのお母さんがね、むかし諏訪湖にワカサギを獲りに行ったまま行方不明になったんだよ。もしや、そのヤマンバが婆ちゃんじゃないかと思って…―じゃあ、山姥神社へ寄ってみようよ。タクシーを神社の上まで案内すると、二人は揃って掌を合わせていた。

               bc395c02-s[1]

 突然、ケイタイが鳴った。山荘を貸してくれた友人だった。―おい、来週は空いていると言ったよな、一杯やろう。また面白いネタを頼むぞ。―私は昨日からの出来事を掻い摘んで話した。―また、酔ってるな。そんな話が小説のネタになるか。こないだの雪女と冷酒飲んだ詩小説、あのほうが色気があっていい。あれを貰うからな。―駄目よ、あの話はナイショ。終りの方は声をひそめて、女が囁いた。真っ白な雪女の頬がほんのりとあからんでいた。

 スマフォのスイッチを入れると、アナウンサーが叫んでいた。―珍しく東京に雪が降りました。これで一ヶ月続いた東京捌くも解消されるでしょう。
 振り返ると、タクシーが引っ張ってきた雪雲が、いつの間にか空いっぱいに広がって東京の空を覆っていた。―俺たちが引き返したら、すぐ天気になるよ。また、白馬へおいで。  運転手役の山男がはじめて振り向いて、そう言った。(この章、気が向けば…つづく)





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by 杜の小径  at 11:47 |  日記 |   |   |  page top ↑

河村さん、小沢さん、そして『ちびくろサンボ』

               themis[1]

 妙なタイトルをつけてしまったが、この三題噺どう繋がるか筆者にも見当がつかない。
冒頭の写真はギリシャ神話の正義の女神テミスである。日本では裁判所をはじめ、法曹関係者のシンボルとしてバッジなどの使われることが多い。右手に持つ剣は破邪顕正、左手の天秤は公正、目隠しをしているのは権力や財力からの誘惑に乗らないことを表している。こんな写真を掲げたからといって、正義の論が展開されると思われては困る。これから書こうとするのは、ニュースを裏側から見るというジャナリスト根性―いや、もっと正直に言うと、単に筆者の気散じ、憂さ晴らしに過ぎない。そう思ってお読み戴きたい。

               imageCA1L1Z78.jpg

 先ず、トップバッターは河村名古屋新市長。60万余票を集めた断トツの勝利で、名古屋市長に再選された。昨日は各TV局で引っ張り凧だった。相変わらずの名古屋弁で、口にするのはゲンゼイ一本槍。選挙運動もハッピ姿に野球帽で自転車を乗り回すというパフォーマンスぶりだった。おまけに今回は自民党を出て知事選挙に立候補した大村氏、応援に駆け付けた橋下大阪府知事を加えてパフォーマンス三人男の揃い踏み。アクが強過ぎて聊か鼻につく。ドングリ眼でギャアスギャアスと捲り立てるのを見ていると、ヒキガエルみたいで気持ちが悪かった。減税というと聞こえはいいが、恩恵を受けるのは金持ちばかりで一般市民は数百円減税の裏で福祉予算などが削られることに、なぜ気がつかないのだろう。名古屋市の借金は1兆円近いとみられるが、それへの具体的な対策は何も無い。1割減税で税収は2,300億減るが、市会議員の報酬を半分に減らしたとしても せいぜい100分に1ぐらいにしかならない。後は福祉や教育予算への皺寄せは必至だろう。名古屋市民は、そこまで考えて河村氏を選んだのだろうか。パフォーマンスに幻惑されて後悔した小泉構造改革の記憶を、もう忘れているようだ。地鶏、宮崎牛、マンゴーの宣伝だけで公約の企業誘致などは10%程度という実績で、さっさと中央政界への転身を考えているタレント知事と同じ道を歩もうとしているのではないか。今日の新聞もTVも、八百長相撲と新燃岳噴火に報道が集中して、名古屋政変はもう忘れかけられている。河村さんよ、あんまり市民を舐めたら どえらいことになるでよう。

    imageCA4WZH8J.jpg  imageCAU0E05I.jpg  imageCAGORFPY.jpg

 カエルのパフォーマンスで騒がしいのは、地方政界ばかりではなかった。いま国会では、予算審議が酣のはずである。ところが、やっていることは小沢一郎氏を証人喚問せよとか、辞職させよとか、くだらねえことばかりを大小のカエルが喧しく鳴き合っている。小沢問題は、簡単に言えば政治資金の届け出の書き方を間違えたかどうかという問題じゃあねえか。国民生活に直結した予算審議をソトップして騒ぎ立てるほどのことじゃああるまい。タニガキカエルをはじめとした野党カエル、カンカエル以下の民主カエルの意図ははっきりしている。ヒール役の小沢カエルを叩くことで人気投票の票を稼ぎたいたいのだ。新聞やTVも「強制起訴」と騒ぎ立てるから、国民は内容も解らぬまま、強制起訴というからにはさぞかし大罪を犯したのであろうという暗示にかけられてしまう。小沢氏はプロの検事が2回に亘って取り調べた結果、犯罪の事実は無いということで告訴を見送った事案を、言わばアマチュアの検察審査会が告訴すべしとしたため、法律に従って“強制的に“起訴されたものである。いったい、この検察審査会とは どんな組織かご存じだろうか。最近話題になっている裁判員制度の検察版と思えばいい。裁判員制度は裁判に一般国民の意思を直接反映させようと抽選で選ばれた裁判員が裁判に陪席する制度である。検察審査会は、告訴権を検事だけに独占させておいては万一にも罪を免れる者が出るのを防ぐため、民間人を審査員にして告発権を与えようという制度であるが、この制度には問題点も多い。法律のことは全く解らない素人の審査員には弁護士の中から選ばれる審査補助員が付いて専門的な助言を行うのだが、その内容をチェックしたり公にされることは無い。もし補助員の中に悪い奴がいて私怨で或る人物を陥れようとすれば、いくらでもできる。何れ裁判をするのだからといっても、「強制起訴」されたというだけで被告が社会的の葬られてしまうのは小沢問題を見れば明らかである。無実の者を恰も犯人のように扱った責任は、いったい誰がどのようにとるのであろうか。審査員制度には指導補助員の発言内容の誤りをチェックする方法、補助員の発言に疑義がある場合の会議録を公開するなど、これから検討しなければならない問題点が多い。
 みなさんも、政治家の派手なパフォーマンスに騙されて、世論とか与論の裏に潜む真実を見失う衆愚の一人になりませんように…。

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 衆愚という言葉が出たついでに、締めとしてコワ~イ話を紹介させて戴く。現在25歳以上の方なら恐らく全員がご存じと思うが、当時『『ちびくろサンボ』或いは『ちびくろ さんぼ』という翻訳絵本が多くの方に読まれていた。写真左は岩波書店版、右はポプラ社版だが、2社以外に70種類ほどが独自の翻訳と挿絵で出版していた。
この本の原作は絵も共に英国の主婦・ヘレン・バンナーマンさによって書かれ、英国のグラント・リチャーズ社より出版された。内容は黒人少年が虎と戦って負けた虎がバターになってしまったたり、悪いサルに攫われた双子の弟を大鷲の協力で救い出すといった単純なものだった。ところが版権の管理が曖昧だったので世界中で海賊版が次々に出回り、筋もかえられたり、原作ではインドの少年だったサンボがアメリカインディアンの子どもにされたりした。こんな事情から、日本でも多くの出版社が競合するということになった。

 この本が、1988年を境に一斉に書店から姿を消した。原因は岩波書店に送られてきた「黒人差別をなくす会」からの『ちびくろ さんぼ』は黒人差別だから直ちに販売を中止せよという抗議文で、岩波書店は直ちに同署を回収した。抗議文は他の出版社にも送られ、他社も一斉に発売を中止した。地方の図書館や小学校の中には同署を集めて焼くという始皇帝やナチの焚書もどきの光景まで現出した。

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 本の内容も絵も黒人を差別したり侮辱したりした箇所は無く、同署の排斥運動に疑問を持つ人も少なくなかったが、狂気のように沸き立った世論には抗すべくもなかった。なにしろ叡智の集団のような岩波書店が真っ先に絶版に踏み切ったから、他も考える暇もなくこれにならったのだ。この風潮はサンボだけにとどまらず、カルピス社の黒人を使った広告(写真左)、タカラ社の「だっこちゃん」(写真右)なども姿を消す運命となった。
多くの出版社を震え上がらせ、世論に火を点けた「黒人差別をなくす会」とは、一体どんな団体だったのだろう。本部は堺市にあり、書記長は有田太氏。当時小学4年生だった。ちなみに会長有田利二氏は太書記長のお父さん、副会長はお母さんの喜美子さんで、当時の会員は以上の3名だけだったという。会員が3人だから、家族でやったのから悪いなどとは決して思わない。彼らは彼らなりの信念をもって抗議したのであろう。筆者が恐ろしいと思うのは、一通の抗議文に恐れ戦いて自社出版物を破棄した出版社の態度、何らの検討、議論もなく雪崩のように『ちびくろサンボ』を抹殺した世論、与論の在り様である。将に衆愚としか言い様が無い。筆者もまた、沈黙を通した衆愚の中の一人。省みて忸怩たる想いに堪えない。

 岩波書店版『ちびくろ さんぼ』(ヘレン・バンナーマン:文 フランク・ドビアス:絵 光吉夏弥:訳)は、2005年4月15日に瑞雲舎(井上みほ子代表)によって複刊された。せめてもの救いである。瑞雲舎のホームページによると、「小社でも検討に検討を重ねた結果、その内容や文章表現に何らの差別は無いと判断し、復刊することにしました」としてある。









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by 杜の小径  at 17:00 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

近事片々―春来たる

               image[8]

    追はれたら吾が家に来たれ鬼の子ら(杜詩夫)

    追はる鬼 拾ふ子もゐぬ豆を撒く( 〃 )

    冷え込みを独りごつして節分会( 〃 )

    雪山を下りきて買へり追儺豆 ( 〃 )

               c0065774_21231291[1]

 一週間のご無沙汰でした。
 昨日、信州から戻りました。雪の中で秘湯を巡りましたが、会うのは朴訥な村人と野鳥のみ。こうした時間が今の私にいちばん大切なものだと、改めて気付いた日々でした。

 今夜は節分。スーパーで求めた柊と鰯は鬼遣らいではなく魔除け。鬼や雪女は大歓迎、ちゃ~んとお酒も用意しましたよ。

 9日茶会、10日慶応病院眼科定期健診、11日墓参(亡妻の誕生日)を済ませたら、再び信州へ戻ります。
明日は立春、20日間の寒も明けます。心なしか今日の日差しは、ちょっぴり暖かかったです。ではお元気で。 

               s-e330-0224-02[1]

    筆立の筆ぼうぼうと春立てり (杜詩夫)
   
    寒明けや 想ひ空っぽにして歩く ( 〃 )

    賜りし壺に梅挿し語り合ふ ( 〃 )






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by 杜の小径  at 19:06 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

古語で綴る掌編詩小説―雪をんな

               imageCATOAT1H.jpg

   ちろちろと 
   榾火(ほたび) 燃ゆ
   しんしんと 
   雪 降り積む
   かかる夜は 誰(た)ぞ 来むかふか

   然(さ)ればこそ
   夜ぶか
   枝折戸を押し開くる
   気配あり
   雪 さらに降り積む

   野分たつ
   さやめく音に
   ふりかへれば
   をんな
   もだして佇(た)てり

   白き肌付 裾長く曳き
   白き帯 胸高に締めて
   をんな
   をりはへて
   もだして佇てり

   吾は あやしみて問ひさく
   小夜衣 いかにせしや
   をんな あへしらふ
   小夜衣 雪に濡れしに
   外(と)の白樺に懸けおきぬ

   200px-Suuhi_Yuki-onna[1]  458px-SekienYukionna[1]

   吾は さらに問ひさく
   なぞ なれは髪のみ黒しや 
   いらひは なくて
   をんな
   さびしらに ほほゑむのみ
   
   熱き酒(ささ)を勧むに
   冷えしささを乞ふ
   酔ひしれて 女は啾けり
   この黒髪が憂し 
   と

   雪も止みし五更
   すすり泣く声に目覚む
   されど 炉端に人影なく
   暁闇のなかに
   虎落笛(もがリぶえ)を聞くのみ

   明くるあした
   をんなが衣を懸けしといふ
   白樺を訪ふに
   衣は無く
   白く輝く銀簪(ぎんかん)を得たり

   穂高より戻り 笈(きゅう)を開く
   一夜のかたみにと持ち帰りし
   簪は失せ
   包みおきし手巾に
   一抹の水痕を残すのみ

(画像は筆者の出会った雪女ではありません。写真上は船木裕 小学館版より、同下左は佐脇嵩之『百怪図巻』より、同下右(は鳥山石燕『画図百鬼夜行』より)





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by 杜の小径  at 03:54 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

叶 静游さんの「インド洋旅日記」

  前立腺腺癌と膀胱移行上皮癌都闘病中の叶 静游さんにつきましては、昨年このブログ(11月21日付)で作品をご紹介し沢山の方に大きな感銘を与えました。氏はアメリカのコロラド、ロッキー地方の御旅行の後、無事に再々種序つを終り、その後ヨーロッパでピアニストとしてご活躍中のお嬢さんの薦めでインド洋を旅されたとのことです。このほど、その旅のご様子を五行歌で綴って下さいました。以下に、その一部を紹介させて戴ます。

             2.png
           

  インド洋の旅日記【抄】
        
        叶  静游 詠歌
        和田 郁子 写真

  数え日に
  亡年の宴を断わり
  弧愁の旅に出る
  自然と対峙し
  先を見る

  八十の半ばに向う
  数え日に
  インド洋の貴婦人を訪う
  両腫瘍を抱えて
  美に浸る

  旅を重ね
  没我の境に
  浸る
  自然を友とし
  俗事を忘れる


  小さな存在の
  人間が
  大きな存在の
  宇宙を
  探る

              (3)

  セイシェルに
  サファイヤのような
  星が青く煌く
  濃緑の椰子の林や
  紺碧の海が眠る

  小康を得た
  避寒療養の旅に
  インド洋の貴婦人、
  モーリシャスを選ぶ
  原始の自然美に浴す

  モーリシャスの
  遠浅の白波が
  旭日に映え
  美しい
  韻律が心地よい

  ヒンズーが多く住む
  モーリシャスが
  祭りで賑う
  古式を尊び
  信仰で貧困を払う

  モーリシャスの
  朝の海浜に
  名も知らぬ
  数多の小鳥がピイチク
  ヤシの木陰を渡る
             5.png
            
  ハイビカスが
  見事に彩る
  モーリシャスの砂浜に
  人懐こく
  小鳥の戯れる

  国土の50%余が
  沃野のモーリシャスに
  その80%余で
  砂糖黍を産む
  玄武岩の噴土が散ばる

  イル・オ・ヒルフの
  緑青の海を
  クルーズする
  イルカが
  戯れる

  火山岩に囲まれた
  小さな滝に
  観光客が群る
  水しぶきを浴び
  俗気を拭う

             4.png

  イル・オ・ヒルフの
  白砂を踏み
  緑の海を泳ぐ
  美女の肌が
  黒光る

  モーリシャスに
  白砂が照り返し
  紺碧の空に白雲が棚引き
  藍色の海が光る
  悠久の時が流れる

  アンタナナリボの初春に
  喪中の若水を汲む
  妹の笑顔が
  よぎり
  大切な人を弔う

  八十三才を頂点に
  下り坂に入った肉体を
  労り労り
  自然の楽園に遊ぶ
  旅は活力の源泉
   
             6.png

  アンタナナリボの
  朝市が賑う
  貧しさを象徴するように
  物乞いが
  袖を引く

  レミュレパークに
  キツネザルを追う
  珍奇な横飛び猿の親子が
  愛嬌を振り撒き
  南国の草木が簇生する

  マダカスカルで
  刈入れ後の土壌を
  赤煉瓦に焼く
  赤い田舍家と土塀が
  立ち並ぶ

  アンタナナリボの市場も
  中国製品が圧倒する
  安価な日常用品に
  人々は群り
  競い買う

             7).png

  アンタナナリボの
  国際空港のトイレでも
  チップを要求する
  朝市の子供のスリといい
  この国はまだ暗い

  「金曜日のモスク」は
  三五〇年を閲する
  男性信徒の祈りの場
  イスラムが国教の
  首都モロニのシンボル

  コモロ連合は
  三共和国の統一体
  紛争が
  絶えない
  若い国

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  ミラクルモスクの
  弧影が
  村人の
  信仰を集める
  バオバブに年輪がない

  緑に光る
  「塩の湖」が
  コバルトブルーの
  インド洋を背に
  聖水を湛える

  白い積雲が
  まるで氷河のように
  インド洋上にある
  遠くスコールが
  走り抜ける

  マダカスカルの
  大晦日は特別ではない
  六月二十五日の夜は
  革命記念行事で
  盛り上がる

  セイシェルは美しい島国だ
  一一五の島から成る
  混血の八万人が
  クレオール語を
  常用する

  世界遺産ヴアレ・ド・メに
  双子椰子の雄花が
  メス株に向って
  雄々しく咲く
  自然の摂理

  セイシェル共和国の
  プララン島の北端、
  アンセラジオ海岸で泳ぐ
  インド洋の荒波が踊り
  癌巣を砕く

  セイシェルに
  満天の星が輝く
  手にとるように
  鮮やかな
  道しるべ

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  モーリシャスに
  一瞬の暗雲がかかり
  スコールが走る
  アマゾン原産のオオオニバスが
  パチリと蕾を開く

  アンタナナリボの丘陵に
  クーデターで焼失した
  メリナ王朝宮の城址が光る
  寄付金が中々集らず
  再建が進まない

  インド洋の自然を
  堪能している間に
  病状が消えた
  いつとなく
  年が変わる

  プララン島の運転手
  デスピリ君が
  巨体で愛嬌を振り撒き
  日本名で刺青したいとせがむ
  「耀」と名づける

  退職金での
  住居買いをやめた
  一人暮しが
  毎月辺境を行く
  世界地図を塗り潰す女







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by 杜の小径  at 20:08 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

母の句 久女の句

               すぎた2

      待針の色は赤のみ久女の忌(とも女)
 
 これは、私の母の句である。母については以前にブログでも取り上げたことがあるが、豊川市に住んでいたころ富安 風生の生家が近かった縁で、確か風生のお兄さんが主宰する結社で俳句をやっていたと思う。作品についても疎覚えだが、この句だけは何故か鮮明に覚えているから まず間違いないと思う。
 後年になって思うに、母の待針の句は久女の次のような句に寄せた想いを詠んだのではなかっただろうか。
 
   足袋つぐや ノラともならず教師妻 (久女) 

 句中のノラは、言うまでもなくイブセンの戯曲『人形の家』のヒロインである。富裕な銀行家の妻として平和な日々を送っていたが、或る事件がきっかけとなって自分が人形のようにしか愛されていないことを知る。対等な人間として絶望や悩みを共有し、喜びを分かち合える存在として自分が見られていないことに絶望したノラは家を出る。このノラのように一人の人間として生きる決断もできぬまま、自分は平凡な教師の妻として今日も足袋の繕いをしているという久女の想いが切ない。

 杉田久女(1890―1946)は、鹿児島県生まれで、本名は赤堀久子。東京女高師(現・御茶ノ水大学)付属高女を卒業後、小倉中学美術教師 杉田宇内に嫁す。はじめは小説家を志すが兄の手ほどきで俳句を始める。
 1917年に初めて虚子が主宰する『ホトトギス』に投句。15年後に中村汀女らと共に同人となるが、2年後に理由も無く『ホトトギス』を除名される。女性だけの俳誌『花衣』を創刊したのが虚子の逆鱗に触れたとの説もあるが、その真相は謎のままである。このとき虚子は『ホトトギス』誌上に「従来の同人のうち、日野草城、吉岡禅寺洞、杉田久女を削除し…云々」と公告している。いずれも新進気鋭の俳人であるところから、虚子の門下への嫉妬によるという見方もある。いずれにしても、このことがあってから久女の創作意欲は急速に衰え、遂に精神を病むに至る。結社主宰の偏見と狭量が一人の天才を抹殺したのである。

 今日1月21日は、彼女の祥月命日である。昭和21年のこの日、午前1時30分、太宰府・筑紫保養院で看取る人もなく57歳の生涯を閉じた。しかし彼女の人間主義と斬新な手法は、自ら虚子に絶縁状を叩きつけた水原秋桜子などに引き継がれ、新しい俳句運動が起きる端緒となった。私個人も若き日、母の蔵書で彼女の作品と出逢い、新しい詩境を拓くことができた。以下に久女の代表句を載せ、改めて薄幸の詩人の冥福を祷りたい。 (写真は杉田久女)

   花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ
   
    平凡の長寿願はずまむし酒

   紫陽花に秋冷いたる信濃かな

   谺して山ほととぎすほしいまま

   白妙の菊の枕をぬひ上げし

   鶴舞ふや日は金色の雲を得て

   風に落つ楊貴妃桜房のまま

   朝顔や濁り初めたる市の空

   ぬかづけばわれも善女や仏生会

       




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