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熟成した麹の香り

画像 023


 旅から帰ったら、ポストに宅急便の再配達カードが入っていた。夜9時ちかくになって届けられたのは麹町倶楽部の十周年記念歌集『麹 麹 Ⅱ』だった。全370ページの重厚な歌集に読み耽っているうちに夜が明けてしまった。熟成した良質の麹の香りに酔い痴れた。
もちろん、酒好きの同人が揃っているからという意味ではない。私の作品を除けば何れも珠玉の名作揃いで、久しぶりに本物の詩に酔うことができた。
 麹町倶楽部は五行歌の結社ではあるが、ある事情から「五行歌の会」とは一線を画して独自の活動を続けてきた。平等で自由な人間の集団、それが麹町倶楽部なのである。モットーは”来る者は拒まず“、会員の中には「五行歌の会」同人も大勢いるし、私のような異端者もいる。この歌集にも「あれっ?」と思うような人が入っているが、その辺もいかにも麹町倶楽部らしいと言える。
 最後に特筆したいのは昨年10月に歌集の完成を待つことなく急逝された松本輝夫さんの「命 その営み」と題する作品群である。今にして思えば、ご自分の死を予知されていたかのような透徹した死生観が窺えて胸に迫る。・

   閉じた目で
   太陽を
   見つめる
   視界いっぱいに
   溢れる命の色

   声も無く
   痙攣をひとつ
   生体が
   物体になる瞬間
   黒豚一頭
 
なお、この歌集の巻末には昨年度年間大賞特別賞を得た「普段着の幸」という松本さんの作品が載せられていた。

   何を話すでもなく
   視界の隅に
   妻がいて
   ただそれだけの
   普段着の幸
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by 杜の小径  at 22:22 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

彼岸の入り

巌頭之感


華厳の滝


 1週間に亘る「信濃」の旅から戻りました。時、恰も彼岸の入り。祖霊が家郷に戻るのに合わせたわけではありませんが…。この間、煙草も喫わず酒も飲まず、心静かに思索に耽るという至福の時を過ごしました。さぞかし聖賢の境地に近づいたとお思いですか? ご心配なく。雑然とした陋居に戻った途端、忽ち小人愚者に逆戻りできました。

 彼岸を広辞苑でひくと「生死の海を渡って到達する終局・理想・悟りの世界。涅槃。」とあります。観念の世界で生死の海を渡ることは難しい、と言うより不可能です。己の肉体を消滅させない限り、その海を渡ることはできません。もし肉体も精神も健全なうちに彼岸へ渡るためには自死するしかありません。私は信仰を持たない人間ですが、死に直面した瞬間に彼岸をどう認識するだろうかと、とても興味があります。

 百余年ほど昔、18歳の旧制一高生が華厳の滝で自死しました。彼の名は藤村操。巌頭の大きなミズナラの樹肌を削って次の「巌頭之感」を書き遺しました。
  
   悠々たる哉天壌、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以って
   此の大をはからむとす。ホレーショの哲学竟に何等の
   オーソリティーに価するものぞ。
   萬有の眞相は唯一言にして悉す、曰く、「不可解」。
   我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
   既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。
   始めて知る、大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを。

 自殺を美化するつもりはありませんが、生と死について考えるときいつも華厳の滝の巌頭からマントを翻して散った少年藤村の姿が浮かんできます。

 帰宅報告のつもりが、何でこんな文章になってしまったのでしょう。旅心いまだ消えず、彼岸ということもあって些かセンチになっているのかもしれません。

        人生は
        アンコールのない
        舞台
        凛と演じて
        颯と散ろう

     (写真はミズナラに書かれた藤村操の「巌頭之感」と華厳の滝)





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by 杜の小径  at 04:21 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑
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