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季節のことばーアザミ(薊)-

ノアザミ


オニアザミ


アーティチョーク


  愛唱歌を三つ挙げよと言われたら、私は躊躇うことなく次の歌を挙げる。「国境の町」「カスバの女」「アザミの歌」である。「国境の町」は東海林太郎の唄である。私の愛唱歌というより二人の兄が』口づさんでいた歌である。後年、兄は二人とも職業軍人を志し関東軍に配属されたが、あるいはこの歌に影響されたのかもしれない。いま、私の手許にあるのは谷真酉美の唄ったCDである。「橇の鈴さえ寂しく響く 雪の曠野よ 町の灯よ 一つ山越しゃ 他国の星が 凍りつくよな 国境(くにざかい)」…哀愁に満ちた歌詞は詩人・大木惇夫の作詞である。後年、私が法務省人権擁護局に勤めていたいたころ、「人権の歌」の作詞をお願いするために東横線白楽駅に近いお宅を訪ね、晩年の大木先生にお会いした思い出もある。
「カスバの女」はいろいろな歌手が歌っているが、私はエト・邦枝のものが好きだ。「涙じゃないのよ 浮気な雨に ちょっぴりこの頬 濡らしただけさ  ここは地の果て アルジェリヤ どうせカスバの 夜に咲く 酒場の女の うす情け」…この歌はジャン・ギャバン主演のフランス映画『ペペ・ル・モコ』(望郷)の思い出と重なる。細かい部分は忘れたが蒼い地中海に映えるカスバの白い建物、そしてパリ警察の手を逃れてアルジェのカスバに逃げ込んだぺぺを裏切ったカスバの女イネスが、泣いて屍にすがるラストシーンは忘れられない。

 長くなってしまったが、実はここまではプレリュードで、今日書きたかったのは季節の花アザミのことである。が、話の流れから「あざみの歌」を取り上げないわけにはいかない。これは、たしか伊藤久男が歌ったNHKのラジオ歌謡だったと思う。山歩きの途中で、書斎で想に行き詰まったとき、キッチンで野菜を刻みながら…一日に一回は呟くように歌う私の心の歌である。

   山には山の 憂いあり
   海には海の 悲しみや
   まして心の 花園に
   咲きしあざみの 花ならば

   高嶺の百合の それよりも
   秘めたる夢を 一筋に
   くれない燃ゆる その姿
   あざみに深き わが思い(以下略、というより忘れた)
 
 当然ながら、この花も好きである。家内はピンク系の花が好きだったが私は薄紫というか青色系の花。他のことは何でも家内の言う通りにしたが書斎の花をブルー系にするのと朝の味噌汁に八丁味噌を使うことだけは頑として譲らなかった。
 ところで図鑑でアザミ(薊)を探して出てこないだろう。アザミというのはキク科アザミ属の総称で、標準和名を単にアザミとする種はない。種類が多く、100種以上あるという学者もいるほど。春に見かけるアザミはだいたいがノアザミである。花屋さんで売っているのは、ノアザミの園芸品種ドイツアザミとも呼ばれているものである。しかしドイツには自生がなく、またドイツで改良されたわけでもない。純粋に日本原産で日本で改良された植物である
 オニアザミも普通にみられるアザミ。丈がおおきいので鬼を冠せられているが淡い青色の花を俯き加減につける風情はなかなか可憐である。先年、八ヶ岳で花の直径が8㌢にも達するアザミを見たことがある。同行したナチュラリストF氏からフジアザミ と教えられたが、花が大きすぎてあまり好きになれなかった。
 モリアザミも平原地帯でよく見られるアザミである。根が食用になり、観光地などでヤマオゴボウの味噌漬けとして売られているのは、実はこれの根である。植物学上でヤマゴボウというのはキク科ではなくヤマゴボウ科の別種で食用どころか有毒植物である。一昨日、テレビで山菜と間違えてハシリドコロを食べた老夫婦が食中毒を起こしたと報じていたが、食いしん坊の方は知らない山菜には手を出さないように注意されたい。
 食用と言えばチョウセンアザミもお馴染の食材である。えっ、知らない?  これの別名はアーティチョーク。フレンチがお好きなあなたならご存知でしょう。茹でたのはユリネやジャガイモに似た舌ざわりで、ほんのりとした苦味が美味しい。余談になるがフレンチでこれを出されたとき上品にナイフとフォークで食べようとなさらないほうがいい。手で握ってワイルドに食べるのがマナーである。外側の蕚から1枚ずつはがし、ドレッシングをつけ、根元の肉厚な部分を歯でぎじぎじとしごきながら食べる。中心部分まできたら、雄しべにあたる繊毛がたくさん現れるが、これはナイフで切り取り下半分だけにする。漏斗のような形の部分がいちばん美味しい。この部分をアーティチョークボトム、またはアーティチョークハートと呼ぶ。

 アザミの語源は沖縄の八重山地方で棘(トゲ)のことをアザと言い、それに接尾語の「ミ」が付いたとする説が有力である。アザミは日本原産でありながら『万葉集』は勿論、他の古い歌集を調べても出てこない。山上憶良が「秋の野に咲きたる花を指折り、かき数ふれば七草の花。萩の花、尾花、葛花、撫子の花、女郎花また藤袴、朝貌(あさがお)の花」と歌った朝貌の花とは、キキョウのことで、この例のように名前の変化を調べてみたがそれらしいものが見つからない。『和名抄』や『延喜式』に食用云々の記載はあるが、文学的に取り上げたものを知らない。ただ一つ『古事記』と『日本起』の垂仁天皇の巻に丹波から迎えた妃のなかにアザミツ姫という名があり、『日本起』では「薊」という漢字で表記しているが、植物との関係は判らない。アザミと古代の文学について、どなたかご存知の方がいたら教えていただきたい。

       (写真:上からノアザミ、オニアザミ、)アーティチョーク)

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by 杜の小径  at 07:41 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

新緑の殿ヶ谷戸庭園



入口


鹿おどし


次郎池


 テレビを点けると見慣れた光景が大写しになった。貫井神社の湧水である。途中からだからタイトルは判らないが、(武蔵野の湧水を訪ねる)といった趣旨の番組らしい。そういえば昨日は野川公園と中村美術館の森をレポートしていた。画面が切り替わって殿ヶ谷庭園の藤棚と山野草の花々…
 今日は三鷹経由で深大寺周辺を歩くつもりだったが、予定を変えて殿ヶ谷戸庭園を目指す。最初にお断りしておくが既に日付が変わっている。これは25日(金)の日記である。今日(実は昨日…アア、ヤヤコシイ…)は小学館のSさんの紹介で麹町の皆さんと落語に行くつもりだったが、何の因果か同社児童誌部門有志のOB会とクラッシュしてしまった。一旦帰宅して着替えてから出かけたが相手が悪かった。(病み上がりだから無理しないで)などと優しいのは口だけ、日本酒、焼酎、ウヰスキーのミトコロゼメに後はおぼろ…、帰宅したら火付けが変わっていた。誰のせいだ。(オレのせいだ)

 テレビ画面では満開に見えた藤も、実際は五分咲き。入口近くのボタンなどを眺めたあと、崖道を下って次郎池に向かう。ここは都立公園だが全身は三菱財閥の岩崎家の別邸。国分寺崖線の傾斜と湧水を生かした日本式庭園である。ハナモモは既に花季を過ぎたが根回りの傾斜地にはエビネ、エンレイソウ、クマガイソウ、ムサシアブミ、キバナホウチャクソウなどの珍花のほかシュンラン、シャガ、アズマイチゲなど、お馴染みの野草が咲いている。

 折りしも巨大な筍の林立する(竹の小径)を過ぎると庭園の最低部に次郎池があり、湧水が溢れている。国分寺跡の真姿の池、前記の貫井神社などと共に野川の源流の一つになっている。この池端にたって崖上の茶室・黄葉亭を見上げる景観は風趣豊かである。
 茶室の脇には湧水を利用した「鹿脅し」がカーン カーンと乾いた音を響かせ、幽邃の趣を演出している。これは京都・詩仙堂の開祖石川丈山が考案したものを模したもの。そこから数㍍離れた日当たりの良い平地には咲き残ったベニバナトキワマンサクが見られ、その裾にはシラン、ヒマラヤユキノシタが可憐な顔を覗かせていた。全山花に覆われるといった華やかさは無いが、山野草の種類の多さは特筆に価する。しかも国分寺駅から3分という市街地に在りながら、崖地を生かして幽邃の別天地を作出した造園技術は見事なものである。





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麹町倶楽部第101回歌会

0001397M.jpg


 麹町倶楽部第101回歌会。十周年記念家集『麹Ⅱ』の返礼というので地方在住の歌人たちからの差し入れや「天から降ってきた」ワインやらで赤井代表の頭(顔ではない)がますます赤くなる。編集者で帽子作家でもある下平紀代子さんが新入会され、101回目らしく賑やかにスタート。司会は前回1席の小杉淑子さん、朗読は柳瀬丈子さんと清也さん。
 成績は以下の通り。(敬称略)

【自由詠】

(1席)  ボウルの中の
      ハマグリと
      深呼吸してみた
      引き返せない
      海を想って (松尾さやか)
 
(同1席) 手のひらにあると
      ちょいと重い
      飛びそうになると
      握りたくなる
      あれもこれも (渡邉加代子)
 
 (2席) ほめられると
      ムンクの「叫び」に
      羽が生えたように
      なるんです
      おだてられるのって好き (はなちゃん)

 (3席) マニキュアをやめて
      ブラシで磨く
      おだやかな艶
      自然なピンクの爪
      老いの手によく似合う (稲泉幸子)

(村瀬注目作) おかあさん
          肩の力抜いて
          ほら
          あなたの不安伝わるよ
          小さなランドセルに (町田道子)



【題詠/包む】
 
 (1席) 計算どおりに
      四角いものを四角に
      ピタッと
      包み終えたときの
      快感 (稲泉幸子)
 
 (同1席) お皿つつむ
       仏壇つつむ
       引越しは
       すてて包んで
       ほどいて無くして (小杉淑子)

  (2席) 真心だとて
       剥き出しでは
       辟易するものだ
       軽く包んで
       差し出そうよ (酒井映子)

  (3席) 一応は
       すまなそうに
       口閉じ目伏せて
       ゴメンの空気で
       自分を包んでおきますわ (ま のすけ)
   
(村瀬注目作) 菜の花 竹の子 桜えび
          春を包んで
          ちゃきんずし
          君の笑顔が
          ほろほろ こぼれる (史緒)




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霧の妖精

クモマツマキチョウ


   雲間褄黄蝶(クモマツマキチョウ)は
   霧の妖精
   
   雪渓を行く山男たちを
   たちまち少年に変える


   差し伸べる手を
   幾度も
   何度もすり抜けて
   幽かな鱗粉と                 
   甘美な記憶を残し          

   やがて
   雪嶺の彼方へ消える


   雲間褄黄蝶は
   霧の妖精
                


【解説】
 雲間褄黄蝶(クモマツマキチョウ)は、   
シロチョウ科のツマキチョウの仲間。
翅の先端の褄(ツマ)に当たる部分が
黄色いので、この名前がつけられた。
標高二千メートル級の高山だけに
棲み、高山植物のイワハタザオやミ
ヤマハタザオを食べて育つ。絶滅危
惧種で、特別天然記念物である。
      





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五行詩 ー 小さなケルン

ラッセル4


穂高3


   山の端(は)は
   雲の集まる処
   寂しいときは
   そこを
   目指す


   霧に包まれた
   落葉松(からまつ)の森
   裸馬のように
   耳から濡れつつ
   行く

   有生(うしょう)すべて
   霧に冷えゆく
   岳沢のガレ場
   温かい血流れる
   この身哀し


   誰を弔うケルンか
   涸沢の積石を
   かすめて
   雲間褄黄蝶(クモマツマキチョウ)は
   穂高の霧に消える


   眠れない
   単独行のビバーク
   杳(はる)かな北斗と
   ただ
   向き合う

  
   暁闇の冷気に
   目覚めれば
   山頂は朝焼け
   冷えた靴に
   アイゼンを着ける


   奥穂から
   畳岩へ続く稜線
   これが最後かなと
   小さなケルンを
   積む


   登頂の後は
   無口になり
   だんだん
   下界の貌(かお)に
   戻っていく


   涸沢のガレ場
   下りてきた目に
   百幹(ひゃくかん)の竹
   ことごとく
   青し




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愛と海   -吉本幸子―

灯台
海


   海べ 緑の芝生がきれ
   そこから地の果て
   絶望のようにねじれる砂地

   砂は昨日も吹き
   今日ある証しをくりかえし
   明日にむかって 吹きつづける

   夜っぴて 貝殻の咆哮と
   ながい遍歴をみつめる灯台の苦痛

   たえがたく息づく脈管を
   とどろき
   打ちやぶり荒れるもの

   なにも匂うのではない
   しかも乾いては求める
   そのほうじゅんな香り

   重い腕はなにを抱くのか
   藻にからみ
   未来の底へ沈んでいく

   いまは 海の患部をかきまわし
   なにが癒えるかを考える




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季節の ことば―若葉と春愁

広場


青き


小金井公園2


 マンションの近くに「モクレン緑地」というのがある。小さな空き地に数本のハクモクレンが植えてあり、木製のベンチがぽつんと置いてある。花が終わった この季節、若葉を透す木漏れ日が心地良い。日課のウォーキングが終わると、クールダウンを兼ねて此処で過ごすことが多い。携帯電話も持たないで、好きな詩集を呼んだり漠然と思索したり、興が湧けば詩を創ったりする。花どきの1週間ほどを除けば寄りつく人もいない。私にとっては季節限定の good unknown spot である。

◇若葉◇
  
  読みかけし詩集に挿む若葉かな
  
  若葉風 花なき木蓮から生まれ
 
 この句を、もし私が句会で当期雑詠として披露したとしたら、巧拙は別としてボツになることは確実である。理由は簡単、若葉は春ではなく夏の季語だからである。若葉が春の季語となるのは蔦若葉、菊若葉、萩若葉、草若葉など極めて限られたものだけ。こうした頑固で古臭い季語の決まりが、若者を俳句から遠ざけているのである。

◇春愁◇
  
  春愁や青草踏めば青き汁
 
  羽ばたかぬ鶴折りてをり春愁ひ

 華やかなサクラの季節が終わると、その反動だろうか、人は他の季節には無い寂しさに襲われることがある。春愁(しゅんしゅう)とか春愁ひ(はるうれい)呼ばれるもので、春の季語となっている。一般的には華やかな雰囲気の中にふっと萌す寂しさを指すのだが、私は特にソメイヨシノなどのように人工的に作出された園芸花卉を観るときに言い知れぬ憂愁感を覚える。これらの人口作出の植物は、いかに華麗に咲いても一代雑種のため自家交配によって実を結ぶことは無い。ごく稀に結実したとしても、その種が発芽に至ることは無い。満開のソメイヨシノの下に立つと、私には「生まれて来なければよかった」というサクラの呟きが聞こえてくるのである。
 
 





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by 杜の小径  at 00:20 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

季節のことばー苧環(オダマキ)の花

オダマキ


ヤマオダマキ


ミヤマオダマき


 今月の8日、あるサイトに静御前のことを書いて、次の詩を添えた。この日が静御前にとって特別な日であったから…。
  
   吉野山
   残る白雪
   踏みしめて
   たずねし果てに
   おだまきは咲く

 鎌倉幕府に関する唯一の史書と言える『吾妻鏡』に次の記述がある。「八日乙卯。二品并御台所御参鶴岡宮 以次被召出静女於廻廊~」(四月八日、頼朝、政子が鶴岡八幡宮に参詣の折に静御前を回廊に召しだして舞曲を施さしむる~)。これからみても今から822 年前の4月8日、静御前が頼朝に命じられ鶴岡八幡宮社前で白拍子の舞を舞ったのは確かなようだ。静は手にオダマキの花を持ち、即興で次の歌をうたいながら舞ったと言われる。
「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」…倭文(しず)の布を織る麻糸を円く巻いた苧(お)だまきから糸が繰り出されるように、たえず繰り返しつつ、どうか昔を今にする方法があったなら…という意味で、白拍子(遊女)ながら静の教養の深さと度胸のよさが窺われる。
 歌舞の出来栄えも上々で、同書は次のように伝えている。「「誠是社壇之壮観 梁塵殆可動 上下皆催興感~」(誠にこれ社壇の壮観、梁塵ほとんど動くべし、上下みな興感を催す)と記している。社壇之壮観とは鶴岡八幡宮の社殿に展開された見事な舞台。梁塵云々は中国の故事「歌動梁塵』(梁に積もった塵さえ動くほど勝れた歌舞音曲のこと。つまり静の歌と舞を絶賛しているのである。
 このシーンは各種芸能のテーマに取り上げられている。上掲の私の詩は、以下の長唄『賤の小田巻』に題材をとったもの。

≪吉野山峰の白雪踏み分けて みねの白雪ふみわけて入りにし人ぞ恋しき 恋衣いとど露けき旅の空 身の終わりさえ定めなく 東路さして行く雲の 箱根をあとにこゆるぎや はや鎌倉に着きにけり (中略) 思いいづれば在りし日の 栄華の夢やひとときの花に戯れ月に舞う 差す手引く手は変らねど 変わる浮世の浮きふしを 忍びかねたるときの和歌 賤や賤しずの小田巻くり返し 昔を今になすよしもがな≫…

『吾妻鏡』が鎌倉幕府に関する唯一の史書というのは間違いないが、内容は史実とかたり違っていることが多い。頼朝の最期の部分が欠落しているし、人物の描き方にも偏向が見られる。上記の静御前に対する頼朝の妻・北条正子の対応は信じ難いほど慈愛に溢れた姿に描かれている。静がオダマキの花を手に舞ったというのも眉唾である。オダマキは日本原産だから当時も存在しただろうが、花季は5月ころだから手に入れるのは難しい。薄幸の美女を讃える後世の脚色として見過ごしていただきたい。

 オダマキは園芸品種が多くつくられて様ざまな色の花が花舗に並ぶが、本格的に出回るのは来月くらいからだ。ところが歳時記では春の花になっている。歳時記で「春」というのは2月から4月まで(陰暦1~3月)、オダマキは、どう考えても夏の花である。こういうことは看過できない。オダマキの句はおおいが印象に残っているのは水原秋桜子のもの。

   をだまきや 旅愁はや湧く 旅のまへ 

   をだまきや 乾きて白き 吉野紙

 殊に後の句は静御前の故事も偲ばれ、味わい深い。拙句には「苧環(おだまき)や谷川岳は霧の中」くらいしかない。が、この花が好きである。それも派手な園芸品種よりは野性のもの、殊に山地から高山にかけて咲くヤマオダマキ、ミヤマオダマキが好きだ。この句も谷川岳で出逢ったミヤマオダマを詠んだものである。

 苧環≪オダマキ)の「苧」とは麻のことで、「環」は輪と同義。即ち紡いだ麻の糸を、中を空洞にして巻子(ヘソ)に巻きつけたものが苧環で、花形がこれに似ているのが花名の由来である。花の外側の花弁のようなものは、実は花弁ではなく萼である。花弁はその内側にあって、やや纏まって筒状になっている。

  (写真:上から園芸品種のオダマキ、ヤマオダマキ、未ヤマオダマキ)









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さくらの あと

庭の花


コガネ


怪物?


「さくらの あと」と思わせぶりな見出しをつけたが、深い意味は無い。桜の次は藤? それは花札の話だよ。ウチのマンションは桜は無いが住人が上品だから、いつでも花が溢れている。ミモザとハクモクレンのあとは、ご覧の通りである。(写真:上) が、花の自慢はしばらく措いて今日はハナの下を見よう。ハナの下はハ、葉だよ。ハハハハ…寒む~。マンションの垣根はレッドロビン。カナメモチの仲間。その横はノムラカエデ。春に紅葉する珍しい樹木である。
次に見えるのがオウゴンカシワ(写真:中)。名前の通りカシワの仲間で春の新芽と秋の黄葉と年に2回、黄金色に輝く。あそこに立っている丸い葉がカツラ、月の桂のカツラ、知ってる? なぬ? 京都の有名な濁り酒? マ、イイカ。 月には500丈(約1500m)の桂が生えていて罪人が伐るように命じられている。ところが伐るそばからすぐ生えるので罪人は永遠に伐採作業を続けているんだそうだ。これは中国の話だが、日本では紀貫之に「春霞たなびきにけり久かたの月の桂の花や咲くらん」、壬生忠岑に「久方の月の桂も秋はなほもみぢすればや照りまさるらむ」の歌がある。
 塀の上から怪物? と思ったら、枝先を全て剪られてしまったサルスベリだった。(写真:下)こんなに剪ってしまって芽が出るだろうか。やがて新小金井街道。道の両側のヤマザクラは殆ど散って、クモの巣にかかった花びらが風に揺れていた。
 野川に下りてイタドリを探すが誰かが採った後だった。先週は3㎝ほどだったのに成長が速い。それでも十数本の初物を収穫できた。皮を剥いて一晩漬けると絶品の山菜料理となる。
 







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糾える縄の如き話

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禍福は糾える縄の如しという諺がある。今日はそれを体験した。禍の方からお話しよう。

 net society のひとつに mixi というものがある。複数の友人から、そこで私に関する妙な噂が流されているから注意するように言われた。噂の出所は直ぐ判った。いつ、誰の紹介だったか忘れたが、一人の男と識り合った。或る短詩結社に属していたが彼の作品を見たことはない。職業も不明である。とにかく自己宣伝が好きで、付け焼刃のウンチクを振り回したり有名人の名を使って my mixi (ネット友人)を増やし、その数を誇示するのが生き甲斐のように見えた。ある日、私のブログに侵入して数頁に亘って自己宣伝を繰り広げたので強く嗜め、my mixi から除名した。どうやら、それを恨んでのことらしい。相手にするのも大人気ないので放置しておいたが、最近ますますエスカレートしてきた。一応、同期の弁護士に資料だけ送っておいたところ、彼は名誉毀損の構成要件を満たしている、公共の秩序のためにも断固たる処置を取るべきだと言う。彼は、資料の中の女性も共犯の美人局(ツツモタセ)ではないかと、ヤメ検だけに厳しい見解をしている。

 彼の事務所近くで遅い昼飯を摂って帰る。やりきれない思いで一風呂浴びてビールを飲んでいたら宅急便が届く。開けると千羽鶴とノビルが出てきた。差出人はK子。教え子のお嬢さんである。これまで何度も書いてきたが、私は大学受験に失敗した19歳のとき、郷里に戻って1年間だけ小学校の代用教員(助教諭)をしたことがある。もう半世紀も昔のことである。信じられないだろうが、その子たちとは今でも家族ぐるみの付き合いを続けている。K子の母もその一人である。彼女は今年の正月にお母さんから私が入院すると聞いて、その日から千羽鶴を折り始め、やっと完成したのだという。一見すると組紐のように見えるが、丁寧に折った小さなちいさな鶴を紐で繋いだものである。その手数、苦労のほどを考えて思わず涙が出た。ノビルは先生が好きだからと、近くの土手で摘んできたそうだ。これが、福の方の話である。ブルーな気持ちが、いっぺんに晴れた。天井から千羽鶴を吊るして、改めてビールを飲む。ウマ~イ!
 
(写真は上から千羽鶴の全体と、そのクローズアップ。最後にペットのガムとゴンたちにノビルを抱かせてみた。表情が暗いなと言ったら、ロクなエサも食わさないで笑えるかとぬかした。この連中、CMには使えない)





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薮内正幸美術館と山高神代桜

薮内正幸の作品


レッサー


神代桜


 7日は最初に薮内正幸美術館を訪ねる。小淵沢駅から車で20分ほど。サントリー白州蒸溜所に隣接しており、彼がサントリーの愛鳥キャンペーン広告の絵を描くために訪れ、多くの鳥たちを描いたゆかりの地でもある。甲斐駒ヶ岳の山麓で、赤松と広葉樹が混在する豊かな森に囲まれている。美術館というより瀟洒な別荘といった感じだ。冬は雪に埋もれるので、春から秋にかけての季節限定の開館。今年は3月22日から7月末まで「動物の親子」をテーマに展示されている。二人のお嬢さんに迎えられて中に入る。故人の人柄そのままの繊細でリアルな絵本の原画が心を和ませてくれる。2年前の夏、ナチュラリストの藤本和典氏と訪れたときには、周囲の赤松の森に真っ白なヤマユリが一面に咲いていた。

 帰途、駅前の井筒屋に寄る。地場の天然鰻を食べさせてくれる老舗で、来館の度に必ず立ち寄る。古色蒼然とした外観、黒光りする壁と天井。大正時代にタイムスリップしたような錯覚に襲われる。お勧めは「二のもの」という蒲焼と白焼を並べたうな重。尾花や竹葉亭に負けない絶品である。
 
 午後は北杜市山高地区に在る実相寺の神代桜を見にゆく。日野春が最寄駅だが天候の崩れが心配されるので、直截タクシーを飛ばす。運転手の話では土日は大変な人出で大渋滞だったとか。およそ1時間かけて現場へ。昨日はNHKでも中継していたほど有名なサクラだから改めて説明は要るまい。樹齢1800年、根尾の淡墨桜、三春の滝桜と並んで日本三大桜の一つに数えられているが、胴回り12mは日本一の大きさ。甲斐駒ケ岳をバックにした姿は圧巻である。この神代桜を中心に寺内には数十本のサクラ、コブシ、スイセン、ナノハナなどが咲き乱れ、さながら花の寺である。憑かれたようにシャッターを押し続け、ここだけで200枚以上の写真を撮った。

          (写真:上から薮内正幸の作品と実相寺の神代桜)





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放哉忌に甲信の旅へ

尾崎放哉1


わに塚桜


平和観音


 きょう7日は天衣無縫の作品で知られる尾崎放哉の忌日、放哉忌である。彼は一高、東大の1年先輩に当たる荻原井泉水が主宰する自由率俳句の『層雲』に入って俳句を始める。ここには種田山頭火もいた。どちらも孤独と貧困のなかで輝いた自由率の俳人として並称されることが多いが、ふたりの生きざまはかなり違う。性格破綻者のような山頭火が放浪の旅を続けたのに対し、放哉は世を捨ててから京都の一燈園に入ったり知恩院塔頭や福井県小浜・常高寺の寺男として住み込み求道者のように生き、「静」のなかに無常観と諧謔性に溢れた作品を遺している。そして最後は小豆島の西光寺で41歳の生涯を終わる。代表句を挙げると…。
  
   ・一日物云わず蝶の影さす
   ・ 咳をしても一人
   ・足のうら洗えば白くなる
   ・肉がやせてくる太い骨である
   ・いれものがない両手でうける
   ・漬物桶に塩ふれと母は産んだか
   ・こんなよい月を一人で見ている
   ・春の山の後ろから煙が出だした(辞世) 

 毎年、この日は漂白の詩人を偲んで旅に出ることにしている。一昨年は岐阜県・根尾の淡墨桜を、昨年は長野県・高遠の小彼岸桜を訪ねた。さて、今年はどこにしようかと迷っていたら薮内正幸美術館から「動物の親子展」の案内状が届いた。彼はサントリーの愛鳥キャンペーン新聞広告で朝日広告賞グランプリをとったほか、『広辞苑』の挿絵、多くの動物絵本を手がけている。8年前に他界したが同じ編集者出身で同年輩ということもあって生前は親しくしていただいた。エッセイストの奥様かイベントの度に案内状を送って下さる。
そうだ、ここへ行こうということになった。

 久し振りに温泉にはいりたくなり、甲府湯村温泉の常磐ホテルにを予約して前日の日曜に家を出る。
途中で韮崎に立ち寄り「わに塚桜」を見る。漢字では王仁塚またh鰐塚と書く。甲斐国志に「芝地十五間に十間、塚の形神前にかかる鰐口に似たり。後の人囚りて名付けたるか。古墳なることを知りぬべし」とあり、土地の口碑によれば、日本武尊の王子武田王が、諏訪神社の南西桜の御所で治を行い、薨じてこの地に葬られ王仁塚と云うと。又、王は武田武大神として武田八幡宮に合祀されている。後、源太郎信義がこの地にあって、姓を武田と改め武田氏を起こす因となったのである。 この丘にある「わに塚の桜 」はエドヒガンサクラで、 樹齢 約300年 根回り 約3.4m 樹高 約17m 枝張 約23m。韮崎駅前の丘、サクラ咲く中にに関東三観音の一つ平和観音が聳えていた。皇太子のご成婚記念に建立されたというが、「乳房が大きいのが特長」とか。私が言ったのではない。説明板に、そう書いてあった。                                               とこれで常磐ホテル天皇陛下、各宮家がお泊りになるほか将棋の名人戦なども行われる老舗で数奇屋造りの離れが素晴らしい。交通が至便だし静かなので、現役時代に長いものを書くときは此処を使った。

       (写真:上から一燈園時代の放哉、わに塚桜、平和観音)
   





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by 杜の小径  at 23:18 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

鴎忌の風ひとすじに花を曳く

三好達治


三好達治文学碑


画像 010


 鴎忌というのは詩人三好達治の忌日。それが今日5日である。達治の忌日を鴎忌ということはどの歳時記にも出ているが、なぜそう呼ぶかについては、どこにも書いてない。20年ほど昔、大阪創元社という出版社の役員をしていた先輩から同社で刊行した達治の『春の岬』という詩集を見せられたことがある。その巻頭にあった次の作品を目にしたとき私は、もしや鴎忌の語源はこれではないかと思った。後日、その本を手に入れようと古書街を探し回ったが未だに手に入っていない。
    
     春の岬
     旅の終りのかもめ鳥
     啼きつつ遠くなりにけるかも
 
 その先輩は詩人内村剛介の友人で山崎豊子の文壇デビューに力を貸した方だったが既に個人となってしまった。鴎忌の語源について他のことを、ご存知の方がいたら教えていただきたい。

 萩原朔太郎を終生唯ひとりの師と仰ぎ、叙情的な作風の詩を多く発表した。陸士脱走事件や朔太郎の妹アイをめぐる愛の葛藤など逸話の多かった詩人である。朔太郎の娘葉子の『天上の花』はアイとの経緯に題材をとった作品である。彼の『詩を読む人のために』は若き日の私を現代詩に導いてくれた一冊だけに三好達治の名は、いくつになっても忘れ得ないな名前である。
 昨年2月に三好叙子という歌人が『母が降る』という五行歌集を出した。なかなか良い内容だったが、私は三好という姓と歌集のタイトルから、もしや達治の縁者ではないかと思った。大阪中之島公園内にある文学碑には最初の詩集『測量船』から「乳母車」という、次のような詩が刻まれているからである。ハッとして調べてみたが何の関係も無いことが判った。

          「乳母車」

       母よ――
       淡くかなしきもののふるなり
       紫陽花(あじさい)いろのもののふるなり
       はてしなき並樹のかげを
       そうそうと風のふくなり
     
       時はたそがれ
       母よ 私の乳母車(うばぐるま)を押せ
       泣きぬれる夕陽にむかって
       轔轔(りんりん)と私の乳母車を押せ
     
       赤い総(ふさ)のある天鵞絨(びろうど)の帽子を
       つめたき額にかむらせよ
       旅いそぐ鳥の列にも
       季節は空を渡るなり

       淡くかなしきもののふる
       紫陽花いろのもののふる道
       母よ 私は知っている
       この道は遠く遠くはてしない道

★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:・'゜ ★。、:*:。.:*:・'゜


  夕方から、書家で歌人の寺本一川さんの書展と山村庸子さんの能の会「緑桜会」のコラボレーションに出席する。
 所要で山村庸子さんがシテ(天女)を演じる最後の演目『羽衣』を観る。粗筋は三保の松原で猟師白龍(ワキ)が松にかかった羽衣を見つけ持ち帰ろうとしたところ、持ち主の天女(シテ)が現れ、羽衣を返してもらおうとするが漁師は家宝にすると言って返さない。天女は返してくれれば天上の舞を舞って見せると懇願する。漁師はやっと承知する。天女は羽衣を身にまとい、約束通り白龍に美しい舞いを披露する。

シテ「われも数ある天乙女(あまおとめ)、駿河舞世に伝えたる曲とかや」
 
天女は羽衣を身につけ、扇を大きく広げて喜びの表現(ゆうけん)が演じられる。天女の無垢な心に接して、漁師白龍は疑い深い自分を恥じる。天女は喜んで天に帰って行く。
 シテ山村庸子さんの天女が素晴らしかった。半歩摺り足、極限まで簡略・様式化された動きで、逆に軽やかな羽衣の舞を演じきった。発声も朗々とした中に女性特有の色気が滲む。能の囃が、また素晴らしい。静寂の中に響く笛、太鼓(オオツヅミ)。その間をカーン! と切り裂くような乾いた大鼓(オオカワ)の高い音が響き渡る。久し振りに幽玄の世界を堪能できた。
 写真撮影は禁止なので山村さんの舞台は写真ではお伝えできない。
 会が終わってから、やはり五行歌人で松原湖畔の小海高原美術館内でレストラン「花豆」を経営されている有山ゆき子さんの手料理で内輪のパーティー。懐かしい人たちにも会えて楽しい春宵の一刻ではあった。

  (写真:三好達治と中之島公園の文学碑、右端は寺本一川さんと作品)







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