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母の日雑感

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青いカーネーション


 テレビも新聞も母の日。街に出ればカーネーションが溢れている。この日だけ「お母さんありがとう」とカーネーションなどをあげるのは、普段あまり母親を大事にしていないのではないか。怠け者の節気働きという諺もある。節気とは立春、立秋などに二十四節気のこと。怠け者にかぎって人の休む物日に動き回って、いかにも働き者らしく見せるという意味だ。意味はちょっと違うが、母の日に500円くらいのカーネーションを渡して、1年間の親不孝を帳消しにしようとはせこくないか。じゃあ、お前はどうだと聞かれるなら、「忘れなばこそ思い出さず候」と答える。これ、三浦屋の高尾太夫が伊達綱宗公に宛てたラブレターの一節だから、こんなとき引き合いに出すのは不謹慎かもしれないが、自分の母のことだから、まあいいか。
 母に繋がる思い出に、あまり楽しいものはない。母は神官の家の4人姉妹の末子として生まれたが、事情があって母が養子を迎えて家を継いだ。ところが養子は(私の父だが)一種の政治狂、それも自分が立候補するのではなく贔屓の政治家に資産を注ぎ込んだらしい。私の覚えているだけでも大蔵次官だった太田正孝と高橋又兵衛。特に政友会の高橋は裸又兵衛と呼ばれた清貧の政治家で、その選挙費用は殆ど父が賄っていたらしい。その皺寄せを母が受け止めることになり、私の記憶の中に笑っている母はいない。

   白壁は
   蕁麻(いらくさ)に埋まり
   無精の卵温めいし
   梟も去り
   家は滅びぬ

   繭(まゆ)が腐り
   蒟蒻(こんにゃく)が腐り
   母も病みて
   少年われに
   長かりし雨季

   芹洗う
   母の二の腕
   白かりし
   家跡に今も
   あの日の泉

   さくとした
   雛あられが
   嫌い
   母に甘えし記憶
   我になく

   逝く春の空映す
   ふるさとの川
   父の雲 母の雲
   ゆっくりと
   流れて行く

 決して親孝行な息子ではなかったが、臨終の母は私の手を握って大粒の涙を流した。この涙の意味はわからないが、このことは決して忘れない。今日も母の臨終の涙の意味を考えて過ごした。これが、いま私にできるたった一つの親孝行なのである。

 写真上は普通のカーネーション、下はサントリーが外資と協力して作出した青いカーネーションである。
私は園芸品種より野草、その中でも特にイワキキョウ、ホタルブクロ、ワスレナグサなどの青い花が好きで毒草のトリカブトさえ好きである。いつかヒマラヤの青いケシをこの眼で見たいと願っているほどだ。が、この青いカーネーションだけは好きになれない。これは遺伝子組換えによって他の種類の花から青い色素を取り込んで作出したものである。こうした傾向が蔓延すれば植物の生態系のバランスが必ず崩れる。それを惧れるのである。
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by 杜の小径  at 17:07 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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