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季節のことば―ハナミズキ(花水木)

綿薩摩

ハナミズキ1

ヤマボウシ

 中庭のハナミズキの花が終わりに近づいた。小さく窓を開けて一青窈の「ハナミズキ」を流してやる。本当はショパンの「別れの曲」でもかけたいが、あいにく手許にCDが無い。で、先ごろ「綿薩摩」の展示会で土産に貰った一青窈の「ハナミズキ」となったわけ。余談になるがこのときの土産は、これと薩摩金時というサツマイモ。一青は一時、鹿児島に住んでいたんだ、と織元のおじさんが得意そうに話していた。
「綿薩摩」(めんさつま)をご存知だろうか。これは大島紬の織手だった奄美大島生まれの永江明夫さんが絹に負けない風合いのものを織ろうと、大島紬の締機(しめはた)を使って作り出した幻の織物。これを着た武者小路実篤が、その余りにも素晴らしい肌触りと着心地に感動し「誠実無比」という色紙を贈ったと言うエピソードがあるほどの逸品。

 余談をしているうちに、一青窈の歌が終わった。

     空を押し上げて
     手を伸ばす君 五月のこと
     どうか来てほしい
     水際まで来てほしい
     つぼみをあげよう
     庭のハナミズキ
    
    (長くなるので中略)
     
     君と好きな人が
     百年続きますように
 
 おい、おかしいぞ、この歌詞…「手を伸ばす君 五月のこと」…そして「つぼみをあげよう」だってぇ。
 ハナミズキの花期は4月下旬から5月上旬。この日記の冒頭にも「花が終わりに近づいた」と、ちゃんと書いてあるじゃないの。5月に蕾があるわけないよ。しょうがない。ちょっとハナミズキの話でもするか。(フリが見え見えだって? こらっ、楽屋裏をバラすんじゃない!)

 私がこの花木と初めて出逢ったのは日比谷公園。現在は日比谷公会堂と鶴の噴水の間にハナミズキの林があるが、昔はここではなかった。私は法務省に勤めていたころ毎朝、公園の銀座口から桜田門口に抜ける道を通っていた。その道端の心字池の畔に1本だけハナミズキが植えてあり、「1912年に尾崎行雄東京市長からワシントンD.C.へ贈った桜の返礼としてアメリカから贈られた」という解説のプレートが下げられていた。今では各地にハナミズキが植えられ、これを市や町の花に指定しているところもあるが、当時は日比谷公園にしかなかった。
 ハナミズキの名は、ミズキの仲間で花が目立つことに由来する。日本原産のミズキは水木と書く。昨年、神宮外苑でバードウォッチングしていたときのこと、晴れているのに道の一部がびしょびしょに濡れている。見上げると風折れしたミズキの枝から水滴が滴り落ちている。この木を水木と呼ぶ理由が初めて解った。ハナミズキは、アメリカヤマボウシとも言う。これは日本原産のヤマボウシに似ていることから名付けられたもの。ヤマボウシは山法師と書く。白い4枚の花弁のように見えるのは総包片で、真ん中の丸いのが花。坊主頭に見える花を囲む総包片を比叡山などにいた白い頭巾を被った山法師に見立てて、この名前が付けられた。・秋にはイチゴのように赤く熟す実ができる。我が家にも、この果実酒がある(いいから先へ進め) 。と、言われても、もうネタ切れだ。

   花水木の
   散る下で
   白い腕(かいな)の
   嫁
   しのび泣く

   花水木に
   雨 滴る
   ぽとん ぱたん
   胸の洞(うろ)にも
   滴る音が

   真っ白に咲くのが
   辛いのか
   花水木
   ほかの花よりも
   早く散る

 【クイズ五行詩】―答えは明日発表します。(大げさぁ)
   
   木を伐らないで と
   ハナミズキが
   叫ぶ
   彼女は
   なぜ泣いているの?  

   (写真:上から綿薩摩、ハナミズキ、ヤマボウシ)

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