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季節のことばー六月尽―

紫陽花


ウノハナ


野バラ


 今日は6月最後の日、季語では六月尽(ろくがつじん)という。この月は雨の日が多かったこともあって、珍しく遠出の旅をしなかった。それでも寺家ふるさと村で田園の風に吹かれたり、青梅まで足を伸ばして古い繭蔵を改造したレストランで創作料理いただいたりした。そのほか水原亜矢子さんの俳句展、朝馬師匠の独演会、知人の陶芸展、麹町倶楽部歌会、短詩研究会など、振り返ると結構忙しい毎日だった。
 
 短詩研究会では突然指名されて万葉集について1時間余り話をした。ぶっつけ本番で困惑したが、それを口実にかなり大胆な推論を交えて話すことができた。主に万葉集の表記について、特に柿本人麻呂の表記の特徴について話す。例えば「春楊葛山発雲立座妹念」(巻11)は全10字で万葉集の中で最も字数が少ない。助字が全く遣われず訓字が日本語の語順に羅列されているだけである。これを「はるやなぎ かづらぎやまに たつくもの たちてもゐても いもをしぞ おもふ」と、七五調の歌に読み下すなど神業としか言いようがない。これが出来たというのは、この字とこの字の組み合わせの場合はこう読むという約束事が出来ていたのではないか。これなら万葉集の作品に類似の常套句が多い理由も頷けるし、七五調発生の謎を解く鍵もこの辺にあるかもしれない。

 まあ、こんな話を取り止めも無く話した。今日は、そのうちの初夏の花に関する万葉の歌を取り上げて、去り行く六月に贈る言葉としたい。
現代人の感覚では初夏の花と言えば紫陽花ということになるが、万葉集には意外にも2首しか載っていない。そのうちの橘諸兄(たちばなのもろえ)の作を最初に紹介する。

  あぢさゐの 八重咲く如く やつ代にを いませわが背子 見つつしのばむ

 この歌の意味は、紫陽花が幾重にも群がって咲くように変わりなく、いつまでもお健やかでいて下さい。あじさいを見るたび、あなたを偲びしましょうというもの。橘諸は紫陽花を「安治佐為」と表記しているが家持は「味狭藍」としている。このように表記は人によって異なる。

 次は菖蒲。万葉集で菖蒲は安夜賣具左(あやめぐさ)と詠われているが、サトイモ科のショウブのことと見られている。万葉集には12首載っている。次に挙げるのは田辺福麻呂(たなべのふくまろ)の作品。アヤメには霍公鳥(ほととぎす)と組み合わせた歌が多い。

  ほととぎす いとふ時なし あやめぐさ かづらにせむ日 こゆ鳴き渡れ
 
 歌の大意は、ホトトギスよ、お前を嫌だと思うことはないよ。菖蒲をかずらにする日に此処を鳴いて渡っておくれというもの。「かづらにせむ日」は、古代、5月5日に菖蒲を頭に巻いた風習を指したもの。

 卯の花(宇能花)というのは日本原産の空木(ウツギ)の花のこと。それだけに万葉集には24首に登場する。これもホトトギスとの組み合わせた作品が多い。次の歌は万葉集編集の中心人物と目されている大友家持(おおとものやかもち)のもの。

  卯の花も いまだ咲かねば ほととぎす  佐保の山辺に来鳴き響(とよ)もす 
 
 意味は卯の花は未だ咲かないのに、ホトトギスはもう佐保山の辺で鳴き始めたよというもの。佐保山は、現在の奈良市法華町一帯の丘陵を指す。

 万葉集初夏の花の掉尾を飾るのは薔薇。防人(さきもり)だった丈部鳥(はせつかべのとり)に殿(しんがり)を務めてもらう。

  道の辺の荊(うまら)の末(うれ)に這ほ豆の からまる君を別れか行かむ

 道端の荊にからまるツルマメのように縋り付く妻と別れて、私はこれから出陣するという、哀切極まる防人の歌。荊と薔薇は違うなどと固いことは言わないで欲しい。あなたが想像しているような華麗な西洋バラは明治以降のこと。万葉集ではバラの原種の野茨は宇万良(うまら)と呼ばれ、「荊」「荊棘」と書かれることもあった。後に「うばら」「花うばら」「野うばら」「野いばら」と転化していく。

             (写真:上から紫陽花、卯の花、茨の花)
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