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近況―野川のこと

   真姿の池    殿ヶ谷戸庭園    散歩 012

「土地の人はなぜそこが「はけ」と呼ばれるかを知らない。……  
 中央線国分寺駅と小金井駅の中間、線路から平坦な畠中の道を二丁南へ行くと、道は突然下りとなる。「野川」と呼ばれる一つの小川の流域がそこに開けているが、流れの細い割に斜面の高いのは、これがかって古い地質時代に……古代多摩川が、次第に西南に移って行った跡で、斜面はその途中作った最も古い段丘の一つだからである。……」

 いつもと違って、なかなか格調高い文章である。それもそのはず、これは大岡昇平の『武蔵野夫人』の書き出し部分である。実は二、三の方から「日記によく出てくる野川は何という川ですか」というご質問をいただいた。これは迂闊だった。遅れ馳せながら説明させていただく。野川は野を流れる川という意味ではなく、大岡昇平が『武蔵野夫人』で書いているように野川が固有名詞なのである。

 国分寺市の日立中央研究所の池が源流で、そのほか国分寺市の真姿の池付近、殿ヶ谷戸庭園、小金井市では貫井弁天の瓢箪池やその周辺、滄浪泉園、中村美術館横の泉、三鷹市では野川公園大沢の山葵田、調布市の深大寺などからの湧水が水源となっている。野川は地質学で言う国分寺崖線に沿ってほぼ東に向かって流れ、東横線の二子玉川園駅の横で多摩川に合流する。全長約21㌔。
 私のウォーキングコースは、その源流に近い地域で、新小金井街道と交わる坂下橋から東京経済大学下の暗骨橋までの地域である。コースの中央部に源流の一つ貫井神社があり、そこから流れる湧水に沿って「湧水の径」が作られている。『武蔵野夫人』では、この部分が次のように書かれている。

「水の源を訪ねて神社の奥まで進んだ。流れは崖に馬蹄形に囲まれた拝殿の裏までたどれた。そこぬは「はけ」の湧泉と同じく、草の生えた崖の黒土が敷地の平面と交わるところから、一面に水が這い出るように湧いて、拝殿の縁の下まで拡がり、両側の低い崖に沿って、自然に溝を作って流れ落ちていた。」

 私は午前4時半に家を出ていたが、最近は30分繰り上げて4時にした。街灯の点いてない所はペンライトで足許を照らしながら歩く。この時間だと殆ど人に出逢うことがない。私は山男だから行き交う人には必ず「お早うございます」と声を掛ける。都会の人にはそれが煩わしいらしく、ぷいと顔を背ける人が多い。それが嫌だから、なるべく人に逢わないようにしているのである。
 払暁のウォーキングには思わぬ余慶もある。晴れていると星空の観測ができる。今朝の月齢は十六夜くらいだろうか。やや北寄りの西空に金色の月が懸かっている。それが5時を過ぎると銀色に変わる。明けの明星(金星)は5時過ぎまで観測できる。清澄な空気に浮かぶ日の出の見事さは先日紹介した通りである。それを見届けて帰路に就く。

 週に一度くらいは上流の日立研究所近くの姿見の池、国分寺跡の御姿の池、殿ヶ谷戸庭園などを訪ねる。また下流の武蔵野公園や野川公園へも足を延ばすが、これらについては別の機会に紹介させていただく。
 
   (写真:左から野川源流の御姿の池、殿ヶ谷戸庭園、貫井神社)


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