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雨の日の徒然に…編

ヤッケさん

 今日は茨城県の鶴舞C.Cでゴルフの予定だったが、昨夜晩く世話人のGから電話が入った。「あすはドシャ降りのようですよ。延期にしましょう。ご老体に風邪でもひかせたら申し訳ないですから…」。雨で中止は勿怪の幸いだが、コイツはいつも一言多い。どうもヤメ検というのは口が悪い。顔も悪いが。ちなみにヤメ検というのは検事上がりの弁護士を指す業界用語である。

 ヴェランダへ出てみると、雨音がしない。いつもより30分遅れで、登山靴にフード付のヤッケを着て歩き始める。ヤッケにポツリポツリと雨の落ちる感触はあるが、傘をさす程ではない。
 交番の前まで来ると、お巡りさんが座っている。いつもは「パトロール中」の貼紙がしてあって巡査の姿は見えないが、今朝は5時に立ち寄るパトカーを待ち受けているのであろう。遠目にも鋭い視線を感じたので、わざと近付いて「お早うございます」と大声で挨拶する。その途端に椅子に座っていた警官が跳び上がるようにして挨拶を返してきた。その驚き方が尋常ではない。居眠りでもしていたのであろうか。或いは雨中の不審者と思っていたのに近付いた顔があまりに上品なので吃驚したのだろうか。ま、それは無いか。
 
 30分ほど歩いたところで雨足が急に強くなった。ヤッケ1枚ではヤッケ石に水、数分でズボンがずぶ濡れになってしまった。ご老体が風邪をひいてはと、引き返す。5000歩足らずのウォーキングに終わったが、晴れてから府中辺りまで往復すれば12,000歩のノルマは達成できるだろう。二度寝のできない性分だから時間潰しに麹町倶楽部のHPを開いて、本郷歌会の作品を見る。私は出席していないが麹町倶楽部から大勢が参加しているせいか、ここは作品のレベルが高い。どの作品も、散文を四つ折したような某専門誌の巻頭歌などより遥かに上質である。その中からアト・ランダムに知人の作品を拾って寸評を試みる。的外れを承知の駄文も、親しさゆえの無礼とご寛恕いただきたい。

   左足
   おろそうか
   おろすまいか
   迷っている
   鷺の足元にも秋空(小杉淑子・作 敬称略、以下同じ)

【寸評】 餌の小魚を狙う鷺は、必ず片足を上げています。1~4句は、その生態を見事に活写しています。不動の鷺の足許に秋水が流れ、碧い空が映っている。正に快心の一作です。この作品を見た瞬間、なぜか波卿の次掲の句が浮かんできました。鷺ではありませんが、透徹した詩興に共通する点を感じたのでしょう。

   吹き起こる  
   秋風
   鶴を歩ましむ 

 鷺ということでは、評者に次の駄句があります。(汗)
   
   凍て鷺と思へぬ嘴の速さかな


   私の投げた問いに
   何も
   応えてはくれない
   君は
   まるでユトリロの街 (史緒・作)

【寸評】 生粋のパリジャンだったユトリロには、パリの街を描いた作品が多いですね。強度のアルコール中毒を治療するために絵を描き始めたというユトリロ。そんな先入観があるためか、彼の絵には憂愁感が漂っています。いま評者の脳裏に浮かんでいるのは、彼の晩年の作『モンマルトルの街』です。深い雪に覆われた街、枯木のように立つマロニエ。しかし暖炉の火を焚くはずの煙突から煙は出ていません。まるで死んだようなモンマルトルです。数人の人影が見えますが、なぜか全員が後ろ向きに描かれています。

 この絵に前段の想いを仮託して結句を「まるでユトリロの街」と結んだ…これは、評者の勝手な的外れの想像だったでしょうか。

   人の道を
   説く
   「論語」
   王府井の書店の
   暗がりに (川崎 浩・作)

【寸評】 『論語』では人の道を説いているのに、現実の中国は人権を無視しているではないかという批判の作品でしょうか。歌意は解りますが、もし4句以下の「王府井の書店の暗がりに」が現代中国の暗部を象徴するフレーズとして遣われたとしたら失敗でしょうね。 
 北京の王府井(ワンフーチン)には、日本を凌ぐ国営の大型書店が並び、特に王府井書店はビル全体が書店で、書籍の陳列にも工夫が凝らされています。どこにも「暗がり」といった雰囲気はありません。狙いは良かったのに比喩を間違えましたね。

   次の
   ご開帳は
   二十五年先というご本尊
   深々と頭を垂れる
   九十歳 (町田道子)

【寸評】 本尊に額ずく九十歳。次の開帳は二十五年先というから、この老人が再び本尊を拝することはあるまい…老人と作者との関係は判りませんが年齢をご存知だから、かなり親しい間柄でしょうね。深い祈りを続ける老人の姿と、それを見つめる作者の眼差しが伝わってきます。

   好きなように生きた人
   思い残すこと
   ないですね と
   見上げれば
   夜空に白く鰯雲 (酒井映子・作)

【寸評】 親しい人を弔った帰り道、遣り切れない悲しみの想いを紛らわすためには、こんな言葉しか浮かんできませんね。
 結句の「夜空に白く鰯雲」が、作者の悲しみと無常観を見事に表現していると思います。

   細った流れが
   太ぶとと
   野生を取り戻す時
   川にも快感
   あるだろう (関口有美・作)

【寸評】 細い流れが、ゆったりとした本流に合流する瞬間を「川にも快感あるだろう」と詠んた感覚は共感できますね。 しかし評者の個人的な感じでは、「野生を取り戻す時」がしっくりきません。むしろ、「野生を失うとき」のような気がするものですから…。


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