FC2ブログ
 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at --:-- |  スポンサー広告 |   |   |  page top ↑

逝く年来る年

               0fd320aa44c8de08.jpg


    飛ぶ鳥も過客のごとし年の暮 (杜詩夫)

 いよいよ大晦日(おおつごもり)。明日からは2009年、平成21年、干支は己丑(つちのとうし)となる。正月が明けても何かがドラスチックに変わるわけではない。夜が明けると郵便受にいつもより分厚い新聞が投げ込まれ、程なく年賀状が届けられる。街に出ると晴れ着を着た人たちと出会う。そのほかに昨日と何かが変わっただろうか。初日の出と言っても特別な光を放っているわけではない。雀も昨日と同じ声で鳴いている。とは言うものの私も人の子、大晦日ともなれば逝く年来る年への感慨は啻ならぬものがある。
 
 今年は肉親や友人知人と永訣した。去って行った友もいる。いずれも辛いことではあるが、逝く年が過客であるように、去った人を追いかえることは出来ない。

    風花に
    峠越すもの
    越さぬもの
    別れにもあり
    とわと かりそめ

 しかし、来る年は真っ白な手つかずの世界。自分の意思で何でも書き込むことが出来る。未知の世界は不安に満ちているが、それと同量の希望があるとも言える。どうせ五分五分の確率なら、明るい方へ賽を振ってみたい。将に Where there’s a will, there’s a way. 些か平凡ではあるが、これを小生の大晦日の感慨としたい。

    この年最後の買物は
    新しい手帳
    ともかく
    手つかずの明日を
    信じよう

(追記)新年を控えてカバー写真を替えました。丑年ですが敢てホッキョクグマの赤ちゃんにしました。地球温暖化で北極の氷が溶け、彼らの生存が危ぶまれています。だから…。

 

  


スポンサーサイト





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 06:21 |  日記 |  comment (7)  |   |  page top ↑

川瀬

   年の瀬の夜汽車の笛は魔笛めき(杜詩夫)
 
 信州への短い旅から戻る。お嬢さんの急病で渡米中のM代夫妻から電話があって、28日に帰国するから30日に大掃除に行く、今回は妹も連れて三人で行くと言う。最近は師弟の関係が逆転して、「大掃除はいいよ」などと言おうものなら、「正月くらい綺麗にして迎えなさいよ」と叱られるに決まっている。で、早々に旅を切り上げることになった。
 妻が逝って七年。中国へ旅した一昨年を除いて、毎年の正月を穂高で迎えてきた。昨年の元日登山で傷めた左膝が未だ痛む。山へ登るのは無理としても、大掃除が終わったらとんぼ返りして、数日は雪山でも眺めながら過ごしたい。

 冒頭の句は帰りの夜汽車で物したもの。年の瀬は歳末の異称として古くから遣われてきた。「瀬」には川水の激しく波立つ場所とほかに「渉る」という意味がある。慌しく年始末をしてから新しい年に渉るということだが、この裏には一生を川の流れに喩えるという人生観がある。『方丈記』の冒頭は「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし…」であり、『奥の細道』は「月日は白代の過客にして、行きかう年もまた旅人也。船の上に生涯を浮かべ…」で始まっている。
長明にしても芭蕉にしても、人の一生は流れに任せた小舟、人為では如何とも為し難いという無常感が根底を流れている。さて、あと僅かで年の瀬を渉ることになる。この瀬を
越えた先には、どんな景色が展開されるのだろうか。

 新春の麹町倶楽部の詠題は「流れる」。お一人おひとりの顔を思い浮かべながら、どんな作品が集まるだろうかなどと思い巡らせている。今朝は風も無く、師走とは思えないほど静か。早朝4時、起きていますか? とメールを下さった方がいる。終夜眠れなかったようだ。それぞれの人が、さまざまな想いで歳末を過ごしている。心安らかに瀬を渉って欲しい。

   騒がしい何かが
   脇を
   通り過ぎて行く
   雪山だけを見ている
   年の瀬
  





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 08:02 |  日記 |  comment (4)  |   |  page top ↑

芽が出たぞ~♪

  D1 002  めがでた 025  めがでた 032
 
 インド、スリランカを旅してきた友人から。ハカラメという数枚の木の葉を土産に貰った。何の変哲も無い青い葉っぱだ。何かの薬かと聞くと、「それをピンで壁に貼っておけ。いいことが起きるぞ」と言う。1週間ほど経つと、なんと枯れかけた葉から小さな芽が出てきた(写真:左)。ヒンドゥー語かと思ったハカラメは「葉から芽」のことだった。後で図鑑で調べたら正式な名前はセイロンベンケイソウというのだそうだ。春には小さな花を付けるという。

 根ミツバという野菜がある。文字通り根の付いた三つ葉だ。セリの仲間で汁の実や薬味にすると芳香があって美味しい。茎と葉を食べ根は捨てるのが普通だが、私はこれをキンピラにする。むしろ、それが食べたいから根ミツバを求めていた。ところが最近は水耕で大量生産するために根の部分にスポンジ状の物が付いたままになっていて食用にならない。
さればとスポンジを毟り取って、プランターに植えたところ芽を出した。春になればヴェランダ菜園でミツバの自給自足できるだろう。それまでは観賞用にしようと一株をワサビの空容器に植えたら見事なミニ盆栽よなった(写真:中央)。

 キッチン・アートは未だ続く。人参の切れ端を水を張った小皿に入れておいたら、芽を出した。落葉松林の芽吹きのようだが、ちょっと寂しいので紅大根の切れ端を手前に置いたら冬至の夜に芽を出した。これらを天地人の配合よろしく並べ、松ぼっくりと胡桃を散らして里山の出来上がり。棚の仔栗鼠も喜んで下りて来た(写真:右)。これでクリスマスと迎春の準備は万全だ。





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 07:15 |  日記 |  comment (6)  |   |  page top ↑

柚子と南瓜、そして冬至粥

   04aba3e1162a4d6a.jpg    6525c62def0c8728.jpg    冬至粥

 柚子と南瓜とくれば、言うまでもなく冬至の風物詩である。あっ、もう一つ忘れていた。小豆を入れて炊く冬至粥も欠かせない。その冬至が今日である。例年は12月22日だが、今年は1日早い。太陽がちょっとだけスピードを上げたからかもしれない。
 節分の主役は父親だが、冬至の思い出の中心には、いつも母がいる。

   胸に寄るものに幼なと湯の柚子と(狩行)
   まだ母に冬至南瓜を切る力(星樹)

 狩行の句では若い母親が幼子を胸に抱き寄せる姿が、柚子湯の湯気の中に浮かんでくる。星樹の句は逆に年老いた母。この日だけは私の出番と、硬い南瓜に挑戦する老いた母の姿が息子の目線で描かれている。

   父よりも母が懐かし冬至粥(杜詩夫)

 養子の父は家業の神官を祖父に任せて、東京で大田正孝という代議士の秘書をしていた。だから私の思い出の中には殆ど父の影が無い。

   子どもの数だけ
   柚子を浮かべた
   冬至風呂
   貧しくても
   母は優しかった

 冬至とは冬が至ると書くように、一年で最も寒い時期である。昼が短く、夜がいちばん長い日でもある。と、言うことは明日から少~しずつ夜が短く昼が長くなるということになる。そう思えば北風の荒ぶ音も、春の近付く足音と聞こえなくもない。

            (写真:左から柚子湯、冬至南瓜、冬至粥)







※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 21:06 |  日記 |  comment (4)  |   |  page top ↑

煤逃げの記

                  8987ff89b011b5e4.jpg

   年暮れぬ笠きて草鞋はきながら(芭蕉)
   ともかくもあなた委せの年の暮(一茶)

 年の瀬になると、これらの句を思い出す。芭蕉の句は『野ざらし紀行』所収のもので、長旅を重ねて故郷の伊賀に帰った折の作。一茶の句は五十歳で北信濃の柏原に帰郷し、妻を娶ったときの感懐である。芭蕉のほうが120歳も年上だから一茶のことを知る由もないが、両者のそれぞれに環境や境遇が表れていておもしろい。

 現代の俳人にも年の暮を詠んだものは多い。年の暮は「歳晩」、「年の瀬」、ちょっと洒落て「年歩む」、「年の果」などともいう。 

   灯の鋲の東京タワー年の暮(狩行)
   歳晩の雨あたたかき父の家(昭代)
   年の瀬の灯ぺちゃくちゃの六区かな(青畝)
   山の背に雲みな白し年の果(裕)

 残る日数が少なくなるというので「数へ日」、また年内ということで「年の内」、更に「行く年」、「逝く年」、「年過ぐ」などの言葉も遣われている。

   数へ日の紺の山より大鴉(直人)
   産土神に雀の遊ぶ年の内(宣子)
   行く年の硯を洗ふ厨かな(達治)
   山国や年逝く星の充満す(遷子)
   年過ぎてしばらく水尾のごときもの(澄雄)

 新米の船員が先輩に「もう直ぐ赤道が見えるぞ」と言われて、思わずデッキから身を乗り出して海底を覗き込んだという笑い話がある。この新米船員君のように、我々は年末年始の間に太い線でもあるように錯覚しているのではあるまいか。年が変わると言っても、自然がドラスチックに変わるわけではない。しかし考えてみると、365日で一区切りつけるということは人間の智恵でもある。1年間積もりに積もった悩みや苦しみを除夜の鐘で搗き飛ばしてから、新しい年を迎える。イマ風に言えばリセット、うまいリフレッシュメントである。

   煤掃きも煤逃げも無く独り酒(杜詩夫) 

 煤掃きは暮の季語で大掃除のことである。これもリセットには必要なセレモニーである。爺さんから子どもまで一家総出で大掃除をすることで身も心も迎春の準備が整うのである。ところが、どこの家でも親父はズルイ。口実を作って逃げ出し、馴染みの縄暖簾でちびりちびり。これが煤逃げで、ちゃんと傍季語になっている。ところで煤掃きにしても煤逃げにしても家族あってのこと。独り暮らしでは、暮も正月も普段と変わることはない。だから、小人閑居して駄文を書くという羽目になるのである。嗚呼…。次句の「託ち」は「かこち」と読んで戴きたい。

   行く年の速さ託ちつ蕎麦啜る(杜詩夫)
 







※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 22:41 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑

お知らせ

 12月9日に「杜のギャラリー」について、投稿の三原則を公表しました。これは当ホームページ開設当初より繰り返される「アラシ」とよばれる悪質な妨害行為を防ぐために止むを得ず行ったものです。

 この原則は当ホームページ全般に適用されるものであることを、改めてお知らせ致します。即ち、投稿にあたっては必ず身分を明らかにし、本名または通常使用されているペンネームでご投稿して下さい。これを守らなかった書き込みは、警告無く全て削除しますので予めご了承下さい。  管理人敬白




※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 18:30 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

第118回麹町倶楽部歌会

            koujimati.jpg

 今年最後の歌会が麹町区民会館で開かれる。歳末で慌しい都心に在っても、この一角だけはいつも静かだ。この一帯は“幻の文人村”と呼ばれる。嘗ては藤田嗣治、島崎藤村、泉鏡花、有島武郎、有島生馬、里見、菊池寛、武田鱗太郎、与謝野晶子・寛夫妻などが住んでいた。今はその住まいは無い。だから幻なのである。それに代わってアイスランド、イスラエル、ポルトガル、ベルギーなどの大使館が並ぶ。
 こうした静謐な環境で開かれる麹町歌会だが、内容は熱い。特に今回は忘年歌会ということもあって大広間を使用。歌会はいつも通り柳瀬丈子さんの朗読で始まる。毎回プロの朗読が聴けるのは麹町ばらではのことである。最後は新会員、平井敬人君がギター片手に熱唱して掉尾を飾ってくれた。成績は以下の通り。

【自由詠】

   運転手が
   母さんに呼ばれ
   電車が
   縄にもどる
   原っぱの夕暮(一席 村瀬杜詩夫)

    ぼうっと
    したい時
    肩の力を
    抜きたい時
    いいね、裏山って(二席 浜畑祐子)

    無口な人と
    歩けば
    冬木立
    陽を透かし
    風を通して軽やか(三席 酒井映子)

    よく見れば
    可愛い顔の青虫に
    仏心を出したため
    今年の柚子は
    全滅だった(次点 範子)

【題詠/踊る】
 
   朝焼けに
   昨日
   の
   くせ毛
   踊ってる(一席 小杉淑子)

   「踊っていただけますか」
   と
   ちょっと洒落た服を着て
   言ってみよう
   来年は(同点二席 赤井 登)

   ラジオから
   ナットキングコールの歌声
   ガス台の前では私が
   フライパンの中では野菜たちが
   心地よく踊る夕べ(同点二席 範子)

   オイルに
   モロコシに
   踊らされてしまったんだ
   世界中が
   宙で舞ってる(同点二席 町田道子)

   念願の田舎暮らし
   還暦夫婦に
   笑いが絶えないよ と
   手紙の文字が
   踊っている(三席 酒井映子)

   踊り子の
   項かすめる
   秋茜
   風の盆が終わると
   越中は秋(次点 村瀬杜詩夫)







※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 00:21 |  日記 |  comment (4)  |   |  page top ↑

百年前の“五行歌”

    鳴海要吉    西村陽吉no     西村陽吉

    諦めの  
    旅ではあつた
    磯の先の
    白い燈台に
    日が映(さ)して居た

この「五行歌」は誰の作と思いますか。残念ながら私たちの仲間の作品ではありません。これは鳴海要吉の詩集『土にかへれ』の巻頭の一首です。この初版はローマ字で書かれていましたが、12年後に日本語で再刊されました。この詩集は田山花袋が激賞し、パリでローマ字版を読んで感動した島崎藤村がわざわざ序文を寄せています。この詩集には、次のような作品も載っていますよ。これらは百年前に作られたものです。

    山のうねりが
    胸に残ってる
    汗拭いて
    炭焼小屋に
    水貰って飲む

    夾竹桃咲けば
    夾竹桃咲けば
    さびしくて
    浜の  
    あの家思はれる

 鳴海要吉だけではありません。こんな人が、こんな歌を作っていますよ。上の作品は経済学博士 大熊信行の作。下は啄木の才能を発見した東雲堂社長 西村陽吉の詩集『緑の旗』に載っている作品です。皆さんは、これらの作品をご覧になって、どんな感想を持たれましたか。私は自分が恥ずかしくなりました。

    メーデーを目(ま)守(も)る
    市民の
    しづかさよ
    緑の蔭に
    幾千がゐる

    緑の旗! 
    五月は一斉に
    新しい緑の旗を掲げる 
    私は自然のデモに
    敬禮する

 当時は五行歌という名称はありませんでしたが、5行自由律の口語詩は多くの詩人によって試みられていました。もちろん、五行のほかに三行または四行のものもありました。このような自由な形式の短詩は明治中期から始まった口語自由律短歌運動の中で生まれたもので、今皆さんが作られている「五行歌」も上の例のように口語自由律運動に携わった多くの先人たちの努力で作られた詩形なのです。決して特定の一個人が創案したのではありません。
 私は「五行歌の会」元同人ですが、この会に入ったとき驚いたことが四つあります。一つ目は、今まで文学に無縁だった人たちが、嬉々として歌を作っている姿。文学の大衆化という点で、五行歌は大きな功績を挙げたと言ってよいでしょう。二つ目は一番目と関係することですが、容易に同人になれることでした。俳句でも短歌でも結社の同人になるためには数年、長い人は十年以上の研鑽を積まなければなりません。ところが五行歌では同人費さえ払えば即日同人になれる。驚きましたねぇ。三つ目の驚きは、結社内での相互添削とか指導が禁じられていることです。主宰すら指導・添削を一切しない。指導だけでなく、なぜ自由律なのか、どうして五行なのかという理論的な説明がない。これが無くて文学結社と言えるだろうかと疑問を抱きました。最後は歌会に出る度に300円を徴収されたことです。歌会で茶菓代や会場費を分担するのは解りますが、同人費はちゃんと払っているのに、何の理由で300円を余分に払うのか理解できませんでした。歌会には会員以外の人も参加するが、その人たちも払わされる。それで先輩に「何のために払うんですか」と尋ねると、「五行歌は主宰の発明。その権利金みたいなもんじゃあないですか」という答えが返ってきました。これを聞いて二度びっくり。
 
 芭蕉は談林派の俳諧を排して蕉門を拓いたが、蕉門句を名乗って権利金をとるようなことはしなかった。短歌では鳴海要吉がローマ字短歌は俺の専売特許だと言っていますか。啄木が三行詩は私の創案だと主張していますか。中村幸助が四行詩は吾輩が始めたと威張っていますか。古今東西の文学史を紐解いても、新詩形を特定個人の創案と主張しているのは五行歌だけです。
 いま五行歌人の中で真の詩人と呼べる方は一握りくらいしかいません。真の「うたびと」、詩人が育たないのは、結社内に指導体制が欠落しているからでしょう。五行歌が大衆詩として民衆の中に定着するためには、派手なパフォーマンスよりも地道な努力が必要ではないでしょうか。

(写真:鳴海要吉の五行書きの色紙、大熊信行の平仮名の長歌、西村陽吉の詩集『緑の旗』)








※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 11:57 |  日記 |  comment (7)  |   |  page top ↑

ご挨拶

                  コピー ~ 所沢 016

 私事ですが、本日、姉の葬祭が朝霞・出雲大社宮司の司祭によって無事終わりました。霊璽は「村瀬房江刀自之命」となりました。故人の遺志により家族葬としましたが多くの方々から供花、弔辞をいただき恐縮しております。略儀ながら、この場で心から御礼を申し上げます。
 葬祭は神式で行いましたが、インターバルのBGMに故人が大好きだった秋川雅史の『千の風になって』を流し、祭壇には故人が丹精した自庭に咲いた花を交えるなど厳粛なうちにもほのぼのとした葬祭を行うことができました。

 私の「旅」は年明けに延期しましたが、さすがに心身の疲労少なからず、ブログは当分ご無沙汰することになりそうです。ご了承下さい。

 一両日中に喪中のご挨拶をするつもりですが、一部の方にはご挨拶が遅れるかもしれません。実はPCの故障で皆様のご住所を消去してしまいました。目下、鋭意整備しつつありますが、もしご挨拶が届かなかった場合には事情ご賢察下さり御寛恕賜りたくお願い申し上げます。      我夢 こと 村瀬杜詩夫 敬白





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 19:13 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑

暫く失礼します

                 d0c27548094442ce.jpg

  私事ですが、昨夜、姉が逝きました。葬祭は8日、所沢で神式で行います。
私にとっては母のような存在でした。したがって9日から予定していた「旅」も
延期しました。ブログも暫く失礼することになります。

 紛失した携帯は、新しく購入しました。電話、メールとも番号は前と同じです。
ご迷惑をおかけしたこと、お詫びいたします。取り急ぎ失礼いたします。

           (写真は姉が好きだった白花水仙です)




※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 12:03 |  日記 |  comment (13)  |   |  page top ↑

初しぐれ

                03c8c111e731fdf2.jpg

   鐘で去り鐘つけば来る初しぐれ(杜)
   初しぐれ濡れれば黒し風見鶏 (杜)
   初しぐれ暖簾おろしてよりの客(杜)

 花屋に閼伽桶を返して歩き出すと俄かの雨。多磨霊園の半ばまで来ると風を伴う本降りとなった。家を出るときは暑いほどの陽気だったので傘の用意は無い。タクシー乗り場までの10分くらいの間に袖を絞るほどに濡れてしまった。2日も雨だったが、あれは一日中だらだらと降り続いた秋霖。今日の雨が初しぐれということになろう。

 しぐれは「過ぐる」を語源とする言葉で、初冬に降る通り雨をいう。そのため漢字では時雨と書く。万葉集には40例近くの作品があるが、次例のように時雨という漢字は遣われていない。古今集になると時雨の文字が遣われ、作例は12ある。ただ、万葉・古今両集とも、しぐれは秋の風物として詠まれている。

   春日野にしぐれ降る見ゆ明日よりは黄葉(もみじ)かざさむ高円の山(藤原八束)
   風はやみうきたる雲の行きかへり空にのみしてふる時雨かな(中務卿親王)

、初冬の通り雨とされたのは、かなり時代が下がってからである。話は跳ぶが、今年4月には六世中村歌右衛門五年祭追善興行として、時雨の夜の西行法師(梅玉)と遊女・江口の君(藤十郎)の出逢いを描いた『時雨西行』が上演された。

   大きなる蓑着せましをあはれなる時雨の中の古のうまやぢ(与謝野晶子)    
   こほろぎの今朝鳴く聞けば時雨降る庭の落葉の色ぞおもはる(若山牧水)
   
   きみを抱く
   貴船の宿の
   初時雨
   今宵を限りの
   紅葉を想う(杜)




 






※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 21:05 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

いま、使えません

                   05df8b1e22d6c3f6.jpg

 このところ、友人・知人から「返事くらいよこせ!」というお叱りが相次いでいます。実は、携帯電話機の所在が不明、率直に言うと何処かで紛失したらしいのです。何とかなるさと暢気に構えていましたが、考えてみると電話・メールを下さった方にはたいへんな失礼だったと気付き改めてお詫びとお知らせをするしだいです。

 あと2日ほど待って新しい機器を求めるなど対応を考えますが、それまでは拙宅の電話またはPCメール、もしくはミクシーのメッセージをご利用下さい。

  ご連絡を下さった方、ほんとうに住みませんでした。 我夢・村瀬杜詩夫 敬白




※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

テーマ: 今日の出来事。 -  ジャンル: 日記
by 杜の小径  at 18:43 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑
プロフィール

杜の小径

Author:杜の小径

杜のMENU
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。