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季節のことば―花祭

          灌仏会      アマチャ

  今日だけは みんないい子に 甘茶寺(杜)

 これだって立派な俳句だよ。だって、ちゃんと甘茶という春の季語が入っているもの。
 子どものころ花祭の前夜は、青竹で作った水筒を枕許に置いて寝た。夜が明けると、それを持ってお寺に甘茶を貰いに行く。お寺の義ちゃんは三つ歳上。僕にだけは甘茶を何度でも汲んでくれた。その代わり、夏になると甘茶の葉摘みを手伝わされた。花も葉もアジサイにそっくりだった。小学校3年で村を出た私が、その植物がアジサイではなくアマチャノキという別の植物だと知ったのは大人になってからだった。

 あの甘茶の味は、今でも忘れられない。甘茶だけではない。桑の実、椎、榧(かや)、猿梨、木苺、山桃、イタドリなどなどの味覚が幼い日の思い出と重なっている。自動販売機で好きなジュース類が簡単に買える現代っ子たちに、こんな思い出が残るだろうか。

 花祭が仏生会(ぶっしょうえ)の別名であるのは、ご存じの通り。仏、即ち釈迦の生れた日である。しかしキリストから1000年以上も早く生まれているから細部については曖昧模糊としている。伝承の違いなどから生存年代についても200年ほどの差がある。だいたいお釈迦さまという呼び方自体がおかしい。釈迦というのは部族名で彼の本名はガウタマ・シッダールタという(らしい)。

 生まれると直ぐ天地を指して「天上天下唯吾独尊」(宇宙の中で偉いのは俺ひとり)と叫んだというのだが…まあ、信仰の世界だからキリストの復活同様に門外漢がとやかく言うことではないかもしれない。

 考えてみると、私の生家は神官。その家の子がお寺へ甘茶を貰いにいったり、甘茶摘みを手伝ったりするのもおかしな話だが、それが出来たのも子どもなればこそ。子どもはみんないい子なのだ。刻、既に夜半を過ぎて灌仏の日なり。甘茶が無いので酒を飲む。

  酒飲めば 吾も善男 仏生会(杜)

       (写真は灌仏会とアマチャノキ)
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by 杜の小径  at 01:42 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑
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