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白虹日を貫くか

               ひがさ

 午前5時半ごろになると国分寺段丘の稜線が赤く染まり程なく大きな太陽が顔を出すはずなのに、今朝は空全体が重い雨雲に閉ざされている。ぽつりぽつりと雨も落ちてきた。早目にウォーキングを切り上げて帰宅する。
 
 本降りになる前に投票に出かけると、投票所の前は長蛇の列。2列に並んで100㍍はあろうか。こんな光景は初めてである。この分だと投票率は70%を超えるかもしれない。
 投票を終わって表に出ると、幸い雨は止んでいた。台風が運んでくる雨雲だから、降りみ降らずみの気まぐれ天気である。何気なく東の空を見上げると、薄く霞んだ太陽の周りに日暈(ひがさ)が出ている。太陽に薄い雲がかかった際に、その周囲に光の輪が現れる大気光学現象である。一名を白虹と謂う。

 時が時だけに、私は不思議な感慨に襲われた。古代の中国では、こうした現象を「白虹日を貫く」と呼んで天下変革の前兆としてきた。即ち白虹は武器、日は天子(権力者)を表し、武器を以て権力者が斃されるという意味である。
 その論拠は司馬遷の『史記』鄒陽列伝に拠る。その中に「白虹日を貫けり。太子畏れたり」とある。これは燕の太子・丹(たん)の臣、荊軻(けいか)が始皇帝暗殺を謀った際、白い虹が日輪を貫き、暗殺成功を確信させたが、それでも丹は計画の失敗を恐れたという故事である。

 今回の選挙で、果たして白虹は日を貫くか、即ち長く権力の座に在った自・公明政権が野党の白虹の前に屈するかどうか―その帰趨は今夜9時前後には判明するだろう。
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by 杜の小径  at 16:48 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

八月逝く

              アキアカネ

   遠ざかるもの追ふごとく秋茜(杜)

   出て寂し戻りて淋し秋の旅(〃)

   妻の忌や今年は淡し萩の花(〃)

 八月は渥美半島・伊良湖岬に始まり、蓼科、天竜・伊那谷、福島・山形と一か月の約半分を旅で過ごした。その間、先輩の通夜・葬儀、地元文芸サークルでの講演、家内の祥月命日の供養などと慌ただしい日々が続いた。いつも思うことだがもう少しゆっくり、のんびりと過ごしたい。

   詩集燃す火の赫々と夏逝けり(杜)

   白く咲くことに疲れて白芙蓉(〃)










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by 杜の小径  at 06:00 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

ただいま…

               米沢南陽道路

 東北の旅から戻りました。同行者に喫緊の用事が生じたので、予定より1日早い帰京となりました。遊山の旅でしたので、特にご報告するようなことはありません。幸い好天に恵まれ、漸く秋色の濃くなった東北路の旅を楽しむことができました。

 9月は家内の祥月命日の月ですし10月は長い旅が多くなりそうなので、少し落ち着いて過ごそうと思っています。

                 (写真;米沢南陽道路の秋色)





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by 杜の小径  at 00:59 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

暫く旅に出ます

     kanetan_top.jpg   miwadam16.jpg

  明朝から山形・福島方面へ出掛けます。先輩風を吹かせて後輩に車を運転させるので、行き先は彼ら任せです。概ね行程の半分はスポーツ、残る半分は歴史探訪になる予定です。要するに気儘な遊山の旅のようです。27日に帰京します。

 今年の「風の盆」は見送ることにしました。投票日前後の歴史的瞬間に立ち会いたかったからです。

 厳しい残暑が続きます。皆さま、ご機嫌ようお過ごし下さい。





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by 杜の小径  at 22:05 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

花野遍路

サルスベリ フヨウ シュウメイギク

    花野にも
    沖あり
    さびしいときは
    その
    沖を目指す

     (写真;左から裏庭の白花サウスベリ、フヨウ、シュウメイギク)
 
 このところ、東京に居るかぎり早朝のウォーキングが日課となっている。この季節だと4時過ぎに裏庭に下りて、軽いストレッチ運動をしてから歩き出す。前夜に用事があったときは一睡もしないで歩くが、1週間単位で調節して1日5時間の睡眠は取るようにしている。
 実は20年ほどむかし、筑波大の古藤高良名誉教授にお願いして、私の社から『「歩く」と「痩せる」』という本を出版したことがある。古藤さんは(社)日本タートル協会会長を兼ねており、この本がウォーキング・ブームに火を点けることになった。ところが今になってみると、本の内容が思い出せない。したがって私のウォーキングは全て我流、まさいに「紺屋の白袴」である。

 これがご縁で古藤教授とは、もう1点『行歩曼荼羅』という本を出した。『ギョウブマンダラ』と読む。行歩は古藤さんの造語である。本のタイトルとしてはポピュライテイーが無いと反対したが、教授の達ての希望でそのまま遣った。ランニングしていて或る段階に達すると一種の恍惚状態になることがある。これをランニング-ハイというが、ウォーキングの場合も肉体的、心理的に、それに近い状態になるという。殊に徒歩での遍路では悟りの境地に達したような状態になるという。最近の遍路はバスや自動車を使うツアーがおおいが、古藤さんはこの不思議な体験をするためにも、徒歩巡礼をと薦めている。「行歩」にはそうした想いが籠められていた。
 実はこの本は実質的には私との共著で、フィジオロジーの部分は古藤教授がゼミの学生を引き連れて四国八十八ヶ所の霊場1,400kmを実際に踏破して書かれた。私は各寺の由緒とか付近の様子を担当したのだが、正直に言うと全行程を車で回って書き上げた。したがって貴重なウォーキング-ハイは一度も味わうことがなかった。
 あれから15年、いま私は花野遍路に余念がない。遍路は春の季語だが、花野遍路とすればこの季節にも遣える。花野は春の野ではなく、秋草の咲き乱れる野をいう。
 裏庭に立って先ず目につくのがサルスベリ。赤花と白花と2本あるが、暁暗の中ではやはり白花が美しい。根元にはフヨウとシュウメイギク。どちらも花弁の質感がいい。

ヒメガマ ジュズダマ オミナエシ
オシロイバナ オオマツヨイグサ ソバ

 万葉集には春の花は早春の梅は例外として、「若菜摘む」歌はあっても野の花を詠った作品は少ない。秋には朝顔(桔梗)、萩、葛、尾花(芒)など花を愛でる歌が多い。そういえば春の七草は食べられるものばかりだが、秋の七草は鑑賞ようである。秋の野を花野と呼ぶのも宜(むべ)なるかなである。そう思って路傍を眺めると、いままで見過ごしていた花々に自ずと気持ちが寄り添っていく。
 5時を回ると、東の国分寺段丘の稜線に朝日が顔を出す。野川は西北西から東南東向かって流れているので、川に沿って下ると朝日を真っ向から受けて眩しい。堤を下りて狭い河川敷を歩く。上道を歩いているときは気付かなかったが、ヒメガマの穂が美しい。ジュズダマも射干色(ぬばたまいろ)に変わりつつある。オミナエシの黄色い絨毯の間に、オシロイバナが…。背の高いオオマツヨイグサ(月見草)の陰には、誰かが種を蒔いたのだろかソバの白い花が咲いている。

(写真;左上からヒメガマ、ジュズダマ、オミナエシ、オシロイバナ、オオマツヨイグサ、ソバ)











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by 杜の小径  at 23:55 |  日記 |  comment (4)  |   |  page top ↑

『気骨の判決』 補遺

                 7きこつ1

 吉田久が行った歴史的な判決は、東条内閣や誤った教育で洗脳され戦争遂行に酔い痴れていた国民からは、非国民扱いされました。しかし心有る人や法曹人の一部からは壮挙として見られていました。特に戦後は改めて吉田判決が高く評価されたのですが不思議なことに、この裁判記録が東京大空襲の際に焼失したとされており、大審院民事判例集にも登載されておらず「幻の判決文」とされていました。ところが同判決の判決原本が2006年(平成18年)8月、最高裁判所の倉庫で61年ぶりに発見されたのです。何とも不思議なことです。

 ドラマでは触れていませんが、吉田久は東大出の、いわゆるエリート裁判官ではありません。福井県の八百屋の長男として生まれ、高等小学校さえ中退して裁判所の給仕をして生計を立てていました。志を立てて上京後は弁護士の書生をしながら東京法学院(後の中央大学)の夜学に通って勉強しました。明治38年に同校を卒業し高文司法科に合格、司法官試補、検事を経て判事となります。吉田が社会の底辺に生まれ、苦労しながら育ったからこそ、独裁者、東条に抵抗して勇気ある判決を出し得たのだと思います。

 吉田は裁判官を辞めた後も「危険人物」として特高警察の監視下に置かれていました。戦後は鳩山一郎の推薦により日本自由党に加入、同党の憲法改正要綱中の司法権に関する規定を起草したたりしました。昭和21年には貴族院議員に勅撰され、参議院議員選挙法の立案などに携わり、翌年貴族院の廃止により議員を退任した後は中央大学に復帰し、教授として迎えられます。
60年安保の当時、吉田は大学院の研究科長をしており安保闘争に学生が参加することについては批判的な意見を持っていました。ところが指導していた院生の吉田豊(現在 東京学芸大学名誉教授、元中央大学法学部教授)が読んでいたアサヒグラフに座り込みをする学生を殴打する警官隊の写真が掲載されているのを見て、吉田は法学部に貸切りバスを呼んで「学生も教員もこれに乗って国会に行け」と叫んだというエピソードが伝えられています。

 主演の小林薫は「吉田さんは普通の人。苦労して裁判官になったまじめな良識派で、法律に関しては非常に厳格。脆さも持った原寸大の人間として描ければ」としたうえで、「大昔の話のようだけれど、先の郵政選挙を思い出してみても、人間のやることは余り変わらないなと思う。身近に感じていただけるのではないか」と付け加えていたそうだ。    
 私事ですが私も一時期、法曹界に身を置いたことがあります。いま改めて吉田久先輩の生きざまに接し、その志の高さ、勇気の有り様に雲泥の差があることを知り、今更ながら内心忸怩たるものがあります。私は国公一種をクリアして、いわゆるキャリアとして法務省に勤務しました。同省人権擁護局に在任中、有名な“昭和の岩窟王”事件を担当しました。

 戦前の名古屋で繭商人が殺され、金を奪われた。二人の容疑者が逮捕され、彼らの自供により主犯として吉田石松さんが逮捕された。二人の犯人は自分の罪を軽くするために事件と全く関係の無い吉田さんを主犯に仕立て上げたものだった。判決は吉田さんが死刑、二人は無期だった。吉田さんは途中で無期に減刑されたが、各地の刑務所を盥回しされながら終始無罪を主張し、何度も再審を訴え続けた。仮釈放中の吉田さんは5度目の再審を申し立てる一方で毎日、法務省を訪れた。私が吉田老にお会いしたのは、その頃です。厳寒の朝、法務省の入口で土下座した吉田さんが「助けて下さい」と職員の足に縋り付いていた姿が忘れられません。裁判所は法務省の所管、身内の誤判を取り上げるはずもなく、私は密かに吉田さんを日弁連の人権擁護委員会へ案内することしかできなかった。日弁連の努力で二人の犯人の告白テープが証拠となり、やがて吉田さんは二十数年ぶりに晴天白日の身となる。それから10ヶ月後、吉田さん眠るように84年の生涯を閉じられた。

 私は子どもの頃から頑固なところがあった。良く言えば正義感が強かったのかな。上に諂ったり強者に媚びることが出来ない子だった。高校時代に全校ストライキを指導したり、大学時代は学生運動にのめり込んだ。法務省に入ったのも法律を通してソーシャル・リフォームを夢見たのだが、この事件に関わったことでそれが挫折した。やがて法務省を辞めたが、三つ子の魂何とかで性格は変えられなかった。 
 樋口一葉の『ゆく雲』という作品の中で、少女「ぬひ」が世間に気兼ねしながら暮らす様子を述べた次のようなくだりがあります。―「もの言へば睨まれ、笑へば怒られ、氣を利かせれば小賢しと云ひ、控え目にあれば鈍な子と叱かられる」…いまの私はこんな心境かもしれません。不正があれば糺す。間違いがあれば指摘する。これが止められないから、周囲の人からは「偉そうなことを言う」と疎まれるのです。低い次元で疑似共感する齢でもないし、孤高を貫く生き方しかあるまい。ちょっとカッコ良すぎたかな。呵々。
  
                (写真;吉田久大審院判事)











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by 杜の小径  at 17:18 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

『気骨の判決』を観る

きこつ1 きこつ3 きこつ6

 NHKスペシャルドキュメント『気骨の判決』(8月16日放映)を観ました。太平洋戦争末期、「東条内閣による翼賛選挙は無効」と断じる勇気ある判決を下した裁判官、吉田久に光を当てた作品でした。久しぶりに感動しました。吉田を演じた小林薫のほか、山本圭、石橋蓮司、田辺誠一、麻生祐未、京野ことみなどの各出演者も抑えた演技で好感が持てました。
 ご覧にならなかった方のために、粗筋を紹介しておきます。いずれ再放送されるでしょうが…。

 翼賛選挙とは、東条内閣が戦争を遂行するために行った衆院選挙。軍部に協力的な翼賛政治体制協議会(翼協)が推薦候補を選び、非推薦者には露骨な選挙妨害が繰り返された。選挙後、鹿児島選挙区の落選議員・兼吉征司を始めとする各地の候補者から選挙無効の訴えが大審院(現在の最高裁)に起された。裁判官の多くは時局を気にして尻込みするが、大審院第三民事部の部長判事(裁判長)だった吉田久(小林薫)は、渋る大審院長・児玉高臣(石橋蓮司)を説得し、裁判官の西尾(田辺誠一)・梶原(田中哲司)と共に鹿児島に乗り込む。「選挙妨害は組織的に行なわれたのか」を究明するため、200人に及ぶ証人尋問を行うが翼賛体制への支持が強く、誰もが選挙妨害の事実を話そうとしない。国民学校校長・伊地知(國村隼)は「誤りは東京から来たあなたたちにある」と、吉田たちへの敵意を露わにする。
 吉田たちは、鹿児島県県知事・木島浅雄(篠井英介)が「翼賛候補者を支援するように」と伊地知たち地元有力者に命じた文書を手に入れ、木島知事の証人尋問を行なう。しかし、木島は事実を認めようとしない。
 一方、吉田の自宅には特高による監視が行なわれ、監督省庁である司法省の大臣(山本圭)は原告側敗訴の判決を出すように命ずる。さらに時の首相・東条英機が直接、大審院に乗り込み「司法権が戦争遂行の障害になってはならない」と圧力をかける。 “戦争のために真実を曲げていいのか?…いよいよ判決の日、憲兵や特高警察で埋められた傍聴席を前に吉田は、「翼賛会によって妨害された選挙は無効」という判決を言い渡した。この判決宣告の4日後、吉田は司法大臣 松阪広政に辞表を提出し裁判官を辞職する。

             (写真;小林薫が演じた吉田久)
 










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ブッポウソウ補遺

 3ブッポウソウ このはずく コノハズク

 ブッポウソウの観察記録がアップできなくて、ごめんなさい。来年は、もう少し早目に出掛けることにします。出発に際して書いたことでもありますが、今回尋ねたのは「ブッ ポー ソー」と鳴く「声のブッポーソウ」ではありません。あれはフクロウの仲間で正しい名前はコノハズクと言います。実は今から70年ほど前、ある事件が起きるまでは、日本人の全てが「姿のブッポウソウ」が本物と信じ込んでいました。

 昭和10年6月7日、日本放送協会名古屋中央放送局(現在のNHK名古屋放送局)は愛知県南設楽郡鳳来寺村(現在の新城市)の鳳来寺山でブッポウソウの鳴き声の実況中継を全国放送で行いました。今月9日のブログで紹介した山です。覚えていらっしゃいますか。
 ラジオが未だ珍しい時代でしたから、この中継は大反響を呼びました。ところが、この放送を聴いていた東京・浅草の傘屋さんから、「うちの飼っている鳥も、同じ鳴き声をする」と知らせてきたのです。その鳥を見せてもらうと、フクロウの仲間のコノハズクでした。この鳥が生放送中、ラジオから聴こえてきた鳴き声に誘われて同じように鳴き出したというのです。それまでは姿の美しいカラスほどの大きさの鳥が鳴き声の主だと誰しもが信じていたので大騒ぎになりました。専門家の前でじっけんすると、確かに「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴きました。これで本当のブッポウソウは判ったのですが、既に違う鳥に名前を付けてしまっていたので、それ以来、非公式にコノハズクを「声のブッポウソウ」、ブッポウソウを「姿のブッポウソウ」と呼ぶようになりました。(あゝ、ヤヤコシイ)

 ついでに蘊蓄話を、もう一つ。空海に仏法僧を詠んだ次のような漢詩があります。カッコの内は読み方です。

   閑林独座草堂暁(閑林に独り座す草堂の暁)
   三宝之声聞一鳥(三宝の声を一鳥に聞く)
   一鳥有声人有心(一鳥に声有り人に心有り)
   声心雲水倶了了(声心雲水倶に了了)

 三宝とは仏教の根源を成す三つの宝、即ち仏、法(経典)、僧(僧侶)のことです。意味は「静かな山中の堂に座っていると、仏道の三つの宝を一声に籠めて鳴く鳥がいた。無心な鳥の声であっても聴く人に心があれば、鳥の声と聞く人の心が雲と水のように融け合って悟りの境地に達することができる」いうのでしようね。
    
           (写真;左がブッポウソウ、右の2枚がコノハズク)










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天竜村へ

テンリュウ はごろもざき橋 てんりゅう

 翌朝、ホテルから浜松市の野鳥仲間Kさんに電話を入れ、秋葉街道から鳴瀬の滝方面へ渡る大輪橋の様子を尋ねる。昨年は橋を塗り替えたせいか営巣しなかったが、一昨年は橋桁の巣に出入りするブッポウソウを至近距離から観察できた。それで、今年の様子を尋ねてみた。返事は“There is no”.(居ないよ)だった。警戒心が強くて、ちょっとした環境の変化で来なくなると言う。Kさんは、天竜村なら遇えるかもしれないと言う。今月はじめに、村内で三か所の営巣を確認したそうだ。ただ、とうに巣立ちが終わっているので既に南へ渡ってしまったかもしれないと言う。

 天龍村は、静岡県に近い長野県の最南部に位置し、明石山脈と伊那山脈の山林地帯の村。天竜川に面した急峻な斜面に美しい茶畑が続く。村内に平岡ダムがあり、古くからブッポウソウの飛来地として有名である。村鳥をブッポウソウにしているほどで、小学生が巣箱造りに協力するなど村を挙げて保護活動に取り組んでいる。平岡駅前に遊んでいた小学生に案内してもらって、巣があるという村役場と羽衣崎橋を訪ねる。村内各所を2時間ほど回ったが、ブッポウソウの姿は無かった。「来年はもっと早く来いや」という小学生たちの声に送られて、天竜村を去る。
 伊那大島駅まで引き返し、大鹿村の中央構造線博物館を見学したあと、鹿塩温泉に泊まる。

        (写真;左から天竜村の茶畑、羽衣崎橋、小学生が作った巣箱)







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先ず高遠・美輪湖へ

木俣歌碑 美和湖 けいりゅう

   天竜下れば飛沫(しぶき)がかかる
   持たせやりたや
   桧笠(伊那節)

 天竜川の飛沫に濡れる暇もないほどの慌ただしい旅、伊那谷から戻りました。伊那谷は西を中央アルプス、東を南アルプスに囲まれた天竜川に沿った細長い盆地です。先週は伊良湖岬に寄ったあと豊橋から飯田線に乗りましたが、今週は逆に岡谷から入りました。
 出がけ、早朝5時にNHK教育TVで「短歌」の再放送をやっていて、その中で生前の木俣修が自作の朗読をしていました。17歳から指導を受けた恩師です。放送を観終わったとき、最初の訪問地を高遠に決めました。其処には木俣の歌碑があります。それに近くの美和湖周辺は野鳥も多く、運が良ければブッポウソウに遇えるかもしれないと思ったのです。

 高遠城址公園はコヒガンザクラの名所。さすがにこの時季は人影がまばらです。歴史博物館を訪ねたあと、庭先の木俣修の歌碑の前に立ちました。

    いにしへの流人の悲話を思ふ眼に時雨過ぎゆく高遠の山
 
 流人とは絵島のことです。木俣は随筆集『途上の虹』の中で、高遠について次のように述べています。―「高遠というところに興味を持っていたのは、山の城下町で中村不折とか伊沢修二とかいった人々が生まれたところであるということや、江戸の将軍家宣のころの悲劇の女性江嶋(原文のママ)の流罪地であるということからであった。それにまた太田水穂の歌集『雲鳥』のなかにある「花ぐもりいささか風のある日なり昼野火燃ゆる高遠の山」という歌が早くから私の印象に強く残っていた。」

 美和湖周辺を時間をかけて観察したが、ブッポウソウの姿は無い。ダム管理支所に寄って様子を尋ねると、最近は見たことがないという。念のため藤沢川に沿った杖突街道を登ってみたが空振り。諦めて戻る。ところで、高遠遠藩主内藤家の菩提寺・満光寺の兼子展世住職は畏友 高原伸夫さんの友人だが、未だ拝眉の機を得ていない。今回は時間が無いので失礼して、美和湖近くのさくらホテルに泊まる。

          (写真;左から木俣修歌碑、美和湖、藤沢川の渓流)






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ブッポウソウに逢えるかなぁ

               3ブッポウソウ

 覚悟はしていましたが、信州から戻って東京の暑さに魂消ました。クーラーが嫌いでここ何年も点けたことが無かったのに、昨夜は「除湿」で…。使い慣れないからかボケたのか、朝まで消し忘れて喉がからから。
 
 これから、また出掛けます。昨年はブッポウソウを観に出かけたら、橋を塗り替えたせいか営巣していませんでした。一昨年その橋の名前をブログに書いたら大勢の方が押し掛け、地元の方を驚かしてしまいました。で、詳しい場所は書けませんが天竜川の流域をちょっと覗いてきます。16日に娘一家が墓参に来るというので、今回は長い旅が出来ません。取り敢えず岡谷から飯田線に乗り換え、沿線の高遠美和湖、伊那大島、青崩峠などを歩いてみます。ブッポウソウは9月には南に渡ってしまうので逢えるかどうか判りませんが、とにかく出掛けることにしました。

 あっ、ご存じでしょうが、ブッポウソウはコノハズク(声の仏法僧)のことではありません。ブッポウソウ科の鳥で羽は写真のように青緑色で美しいのに、声はゲッゲッツとカエルみたいです。それで「姿の仏法僧」と言われます。

                    パンダカット

 
立秋が過ぎたのに、暑さは来週から本格的になるようです。みなさま、ビールの飲み過ぎに注意しましょう。では…。









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東三河への旅

伊良湖崎灯台 恋路ヶ浜 日出の石門

 6日(木) 豊橋で新幹線を降り、豊鉄バスで伊良湖岬へ。此処は高校時代から幾度となく訪れ、殊に10月中旬には鷹の渡りが見られるので殆ど毎年来ている。無数の鷹類が蚊柱のように集まる光景は壮観である。今日はソスリ一羽を観ただけ。伊良湖岬は上昇気流が適しているらしく、鷹類だけでなく、2000キロ以上も飛翔して渡りをする唯一の蝶・アサギマダラも観察できる。

         (写真;左から伊良湖岬灯台、恋路ヶ浜、日出の門)

 ノスリ アサギマダラ 大アサリ焼き


   綻びた翅
   畳めずにいる
   蝶に
   伊良湖岬の
   空が重い

 伊良湖は近くの渥美市場から新鮮な魚介が届くので、食も旅の楽しみ。なかでも私が必ず食べるのがオオアサリの浜焼き。正しくはウチムラサキという貝らしいが、地元では昔からオオアサリと呼んでいる。名物だけにレストランやホテルでも食べられるが、私は道端で立ち食いするのがいちばん美味しく思われる。内を開けた貝に醤油を垂らしただけだが、炭火で焦げる醤油の香りが堪らない。伊良湖ビューホテル泊。

   渥美の海が
   暮れるころ
   蛤は
   小蟹を抱いたまま
   焼かれ

         (写真;ノスリ、アサギマダラ、焼きオオアサリ)

豊川稲荷本殿 豊川海軍工廠被爆者供養塔 妙厳寺の精進料理

 7日(金) 豊橋に出て、高校時代の友人5人と会食。Kだけに来豊を連絡しておいたが伝え聞いた連中が集まってくれた。このうちのWは兄さんが豊川海軍工廠へ学徒動員中に同級生十数名と共に爆死され、今日が命日だという。我々の先輩でもあるので、一緒に豊川に行って慰霊碑に詣でる。
 
 昭和20年8月7日昼過ぎ、B29爆撃機124機とP51戦闘機からなる大編隊は、12波の波状攻撃を豊川海軍工廠に加えた。これにより約2,700人の尊い命が奪われた。この中には勤労奉仕中の国民学校児童、動員中学生、女子挺身隊員が含まれていた。
 妙厳寺(豊川稲荷)境内に在る合同慰霊碑に詣でたあと、Wの兄さんや先輩たちの眠る工廠跡地の動員学徒墓苑に向かう。此処には出身学校ごとに墓碑、慰霊碑が建てられている。夜は妙厳寺の宿坊に泊まる。Kが付き合ってくれた。
 この寺には思い出がある。高校生のころ「禅」に興味を持ち、1年ほどこの寺の講座に通ったことがある。講師は元京城帝大教授、佐藤泰舜老師だった。この方は後に永平寺七十四世貫主になられた。夕食の精進料理は昔のまま。もずく、飛竜頭の味が懐かしい。
  
        (写真;左から豊川稲荷本殿、海軍工廠慰霊碑、懐かしの精進料理)
長篠城跡 長篠城本丸跡馬防柵 

鳳来寺 鳳来寺山登山口 湯谷温泉

8日(土) 久し振りに飯田線に乗る。 長篠城で降り、城跡や「長篠の戦い」の跡を訪ねる。自然を利用した城なので石垣や濠などの遺構は少ない。城は写真でも見られるように豊川の支流である寒狭川と宇連川の合流点にあり、自然の地形を巧みに利用した戦国末期の城郭の遺構が今もよく残っていた。
 此処は武田騎馬軍団と織田・徳川連合軍が戦った処で、初めて大量の鉄砲が使われた合戦として知られている。昔来たときはは何も無い原っぱだったが現在は馬防柵らしきものも再現され、資料館には往時の鉄砲や甲冑などが展示されていた。                
 
 長篠で昼食を摂ったあと、鳳来寺山へ登る。現在は山頂までパークウェイが出来て車で行かれるらしいが、敢て1,425段の石段を登る。この山はブッポウソウの名所だったが道路を造ってから鳴かなくなったらしい。高校生のころ、後にこの町(新城市)の市長になった山本良央君と参道にテントを張ってブッポウソウを聞いたことがある。その彼も昨年自ら職を辞し、今は悠々自適の生活をしている。今回の鳳来寺行は急に思い付いたので、彼に連絡しなかった。このブログを見たら怒るだろうなぁ。良チャン、ゴメン。
 
 夜は近くの湯谷温泉に泊まる。昔は岩に張られた鉄鎖に掴まって下りる近道があったが、今日は本長篠に戻って飯田線に乗る。

(写真;左から長篠城祉全景、同本丸跡、連合軍の馬防柵。下段は鳳来寺山、山参道入口、湯谷温泉)

                    パンダカット

 明朝、立川発7:21の「あずさ」で信州へ発ちます。用事は火曜日までですが、ちょっと寄り道するかもしれません。信州も今年の夏は暑いようです。皆さま、ご機嫌良くお過ごし下さい。では…。



           










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by 杜の小径  at 20:00 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑

原爆忌

     kinoko.jpg   オバマ

   原爆忌のいのち素直に髪洗ふ(杏子)
   
   砂滾る浜あゆみゆく原爆忌(杜)

 第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍は広島市に原子爆弾を投下した。これは人類が実戦で初めて使った核兵器だった。この一発により広島市の人口約35万人のうち、約14万人が一瞬で死亡した。三日後に長崎市にも原爆が落とされ、やく万人の人命が失われた。犠牲者の鎮魂と平和への祷りを籠めて、この両日を原爆忌と呼ぶ。

 毎年同じように祷りと誓いが繰り返されてきたが、被爆国日本の声は必ずしも核廃絶の大きなうねりにはならなかった。アメリカが最初の核実験を行ったニューメキシコ州アラモゴードの原爆博物館には広島、長崎に落としたものと同型の原爆が陳列されており、その脇では原爆のイヤリングが土産物として売られているという。もちろん、悲惨な被害を示す写真などの資料は陳列されていない。こうした現実を見ると六カ国協議への期待も空しく思えてならない。

 だが今年はちょっと様子が違う。4月5日にオバマ米大統領がチェコ・プラハで行ったスピーチに世界が注目した。彼は核のない世界を目指すと宣言し、それは核兵器を広島・長崎に対して実際に使用したアメリカの道義的責務であると結んだ。原爆の使用は戦争の早期終結のためにやむを得なかったという、これまでのアメリカのスタンスを根底から変える画期的なスピーチだった。
 続いて先月、IAEA(国際原子力機関)事務局長に天野之弥ウィーン国際機関代表部大使が当選した。最初の被爆国から事務総長が出れば、世界へのアッピール度も違ってくるに違いない。こうした世界の潮流に対して麻生首相の鈍い反応が気がかりだが、日本国民はこの機会に核廃絶のために立ち上がりたい。

   (写真;広島上空の原爆キノコ雲、プラハで演壇に立つオバマ大統領夫妻)

                   パンダカット

   今日から三河地方に出かけます。来週はじめに戻ります。
   暑い日が続きそうです。どうぞ、ご自愛ください。再見!




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by 杜の小径  at 01:34 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

『縛り首の木』

        しばりくび      しばり

 昨日から始まった裁判員制度による殺人事件の裁判―あれを見ていたら、半世紀ほど前に公開された『The Hanging Tree』(縛り首の木)というアメリカ映画を思い出した。粗筋は新興の金鉱地にやって来た暗い過去を持つ医師(ゲイリー・クーパー)が、小さな女性山主(マリア・シェル)を襲おうとした町の顔役を射殺する。このため医師は、町の人々に丘の上へ追い詰められる。そこには、縛り首の木が立っている。今まで何人がこの木に吊るされただろう。医師も…あわや…。

 米国西部の開拓が始まった頃は一種の無法時代で、酒場で飲んだくれた男たちにより簡単に死刑が決められた。刑は殆どが絞り首で、見せしめとして公開で縛り首が行われた。今度の陪審員制度も本質的にはこれと変わらない。一歩誤ると衆愚裁判になりかねない。これが、明治以来続いてきた牢固とした司法制度に新しい風穴を開けたことは間違いない。しかし問題点もたくさんあるようだ。日本は一応、立法、司法、行政の三権が分立している建前にはなっているが、実態では行政が突出した権力を持っている。これは総理官房の中枢に入った元警察庁長官が野党々首の献金事件をでっちあげた最近の事例でも明らかだ。こんな国では、将来“民主的司法”を口実に何をするか判らないという不安がある。一口に民主的と言うが、それは衆愚的という側面を持っている。今から六十数年前、我々は全国民挙げて戦争を賛美し、もし一人でもそれに反する者が居れば非国民として“縛り首”にしてきた。あの西部劇の中の民衆と同じだった。

 第一回裁判で、陪審員から証人に対する質問が一度も出なかったことが気になった。検察官の証人質問が終わった直後に裁判官が休憩を宣し、再開後に陪審員から特に質問が無いようだからと、そのまま閉廷したという。休憩中に裁判長から「今日はお疲れでしょうから質問は止めましょう。それでいいですね」みたいな働き掛けがあったかどうかは判らない。しかし、やろうと思えば出来たはずだ。裁判長はそれだけ大きな指揮権、影響力を持っている。陪審員制の導入で司法が民主化されたなどと喜ぶの早い。

 関係者は法律用語を日常語で話していたのが良かったと手放しで喜んでいたが、果たしてそうだろうか。裁判用語には多くの研究や判例が凝縮されたものが多い。それを難解というだけで簡単に捨て去ってよいだろうか。それと例えば「未必の殺意」は法律関係者なら直ぐ解るが、一般市民には「石を群衆に向かって投げるとき、もしかしたら死ぬ人が出るかもしれないと思って投げるような殺意」などと、いちいち説明しなければならない。恐らく従来の数倍の時間が掛ることになるだろう。一方、裁判に不慣れな陪審員の疲労を考えれば一刻も早く裁判を終わらせる必要がある。その結果、裁判の内容が拙速主義に陥り、雑になる危険が大きい。この制度は3年後に見直すというが、民主的という美名に釣られて問題点を見落とさないで欲しい。
 結論的に言えば、司法への名目的な参加より司法へのオブザベーションこそ必要なのである。







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by 杜の小径  at 13:05 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

もっと面白い「動物の謝肉祭」だって

あさおか2 あさおか1 あさおか3

 クラシックの中でいちばんおもしろい曲はって聞かれたら、みんながサン=サーンスにの「動物の謝肉祭」とこたえるでしょうね。この曲はもともと、いたずら好きの彼が友だちを楽しまそう(驚かそうかな)という遊び心で作曲したもの。個性豊かな動物たちがいっぱい飛び出してくるし、随所に魔法が仕掛けられているんだ。

 僕の知人に浅岡洋平っていう天才がいてね。この“魔法の秘密”をファンタジーな映像と共に一つひとつ紐解いてくれるんだって。ゆうべ送られてきたチラシには「飛び跳ねる音・炸裂するリズム。2 台のピアノが奏でるド迫力のクラシック!」って書いてあった。まさか、ピアノがダンス踊るわけじゃあないだろうけど…。

 普通のクラシックコンサートとは、どう違うの? って聞いたら、「来れば判る。子どもと一緒に楽しめるコンサートです」だって。興味がある方は行ってみてください。チケットはちょっとお高いけど、2005年から毎年やってきた「ワールド・オブ・ストリングス公演」「ワールド・オブ・モーツァルト公演」「ワールド・オブ・ピーターとオオカミ公演」が大好評だったから、4回目もきっと素晴らしいと思う。行かれる方は村瀬までご連絡ください。

 日時;9月27日(日曜日) 14;30開場あ 15:00         
 会場;浦安ブライトンホテル 2Fバンケットルーム(JR新浦安駅前)
 チケット;おとな4000円 こども2000円 
 出演;ピアノ中川 賢一、小坂 圭太バオイリン花田 和加子、亀田 夏絵 ビオラ金 孝珍 チェロ中 美穂 コントラバス細野 理絵フルート羽鳥 美紗紀 クラリネット中 秀仁 パーカッション中山 航介  

 プロヂューサー;浅岡洋平のプロフィール             
 指揮者、チェリスト、音楽監督としての多彩な活動に加え、数多くのコンサートリーズをプロデュース、アカデミックな経歴とは、かけ離れた自由奔放な発想で現代の音楽シーンに新たな息吹をもたらし、各界から注目を浴びている。東京芸術大学在学中、第31回文化放送音楽賞を受賞、同大学院よりロータリー財団の奨学生としてジュリアード音楽院へ留学。同校大学院在学中にアーティスト・インターナショナル賞を受賞、カーネギーリサイタルホールにてニューヨークデビュー、活動拠点をニューヨークへ。レナード・バーンスタイン 、J・F・ケネディが受賞したことで名高い、アウトスタンディング・ヤングパーソンズアワードを始め、数多くの賞を受賞し、カーネギーホール、リンカーンセンター等にて多数のコンサートに出演。ロックフェラー財団に招聘され、イタリアにて始まったリサイタルシリーズでは、現代の作曲家の作品を積極的に取り入れ、高い評価を受ける。デビューアルバムの「Toward the Sea」は、様々な音楽誌で注目を集め、音楽の友社においてベストレコーディング賞を受賞、クラシック部門において第1位に選ばれた。 スペインの作品をテーマにした「Cantos de Espana」は「レコード芸術」等各紙で絶賛されている。紀尾井ホール、大阪ザ・フェニックスホールをはじめ全国5カ所での帰国リサイタルツアーでは、清水和音との熱演に、各地で絶賛を浴び、熱烈なファン層を増やしている。







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葬送曲

       サド佐渡裕     ドヴォルザークの

 今週の「題名のない音楽会」(テレビ朝日)は、45周年記念番組。ゲストはソプラノ歌手の森麻季とバイオリン奏者の川久保賜紀だった。今回は司会者の佐渡裕が前司会者の羽田健太郎と一度も共演したことがないというので、生前の羽田の演奏映像を用いて共演を実現させた。
 メイン演奏は没後200年のF.J.ハイドンの曲「交響曲第44番第3楽章」。ハイドンは自分の葬儀にこれを演奏して欲しいと遺言していたという。「悲しみ」(Trauer)という通称は、このことに由来している。長調でありながら弦は始終ミュートで演奏されるので、悲しげでありながら或る種の安堵感も感じさせるという不思議な楽章になっている。

 自分の葬送曲は何にしようかと、漠然と考えている。参列者(もし、あるとすれば)を無理に悲しませるような曲は嫌だ。ドヴォルザークの「新世界より」はどうだろう。序奏が弦の旋律によって始まる第1楽章は、葬送の曲にぴったりではないだろうか。いま手許に在るのはラファエル・クーベリック指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のディスクだが、透明感のある演奏が気に入っている。

    (写真:左から「題音」で指揮する佐渡裕、「新世界より」のジャケット)






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八月(葉月)

フヨウ bee19bbc3dea2ea2.jpg コスモス


   八月の木やとほくより風来り(双々子)
   
   魚棲まぬ湖(うみ)の葉月の深みどり(敦子)

   支那菓子のくづれやすさよ秋暑し(真砂子)
  
   火を焚きて炎かなしき葉月かな(杜)

 今日から8月。この月には葉月、萩月の異称もある。残暑は未だきびしいが、道端に咲く芙蓉、コスモスや空行く雲の動きにも秋めく気配を感じる昨今である。歳時記も8月から秋の部に入る。
8月は鎮魂の月でもある。6日の広島に続き9日は長崎の原爆忌、15日は終戦記念日である。中旬には京都の大文字、徳島の阿波踊りなど各地で魂鎮めの祭が行われ、各家庭でも祖霊を祀る盆の行事を行うことが多い。

 私個人の予定は、例月通り旅が中心となる。
 8月6日~8日  愛知県渥美半島、豊川市、新城市
 〃 10日~12日 蓼科高原(新しい時代を拓く詩人会議)     
 〃 15日~16日 徳島市阿波踊りまたは天竜川朔行(調整中)
 〃 24日~25日 山形県蔵王CC及び福島県サンマリーナ玉庭GC
 〃 29日~   富山県八尾の風の盆前夜祭及び本祭






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