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ブッポウソウ補遺

 3ブッポウソウ このはずく コノハズク

 ブッポウソウの観察記録がアップできなくて、ごめんなさい。来年は、もう少し早目に出掛けることにします。出発に際して書いたことでもありますが、今回尋ねたのは「ブッ ポー ソー」と鳴く「声のブッポーソウ」ではありません。あれはフクロウの仲間で正しい名前はコノハズクと言います。実は今から70年ほど前、ある事件が起きるまでは、日本人の全てが「姿のブッポウソウ」が本物と信じ込んでいました。

 昭和10年6月7日、日本放送協会名古屋中央放送局(現在のNHK名古屋放送局)は愛知県南設楽郡鳳来寺村(現在の新城市)の鳳来寺山でブッポウソウの鳴き声の実況中継を全国放送で行いました。今月9日のブログで紹介した山です。覚えていらっしゃいますか。
 ラジオが未だ珍しい時代でしたから、この中継は大反響を呼びました。ところが、この放送を聴いていた東京・浅草の傘屋さんから、「うちの飼っている鳥も、同じ鳴き声をする」と知らせてきたのです。その鳥を見せてもらうと、フクロウの仲間のコノハズクでした。この鳥が生放送中、ラジオから聴こえてきた鳴き声に誘われて同じように鳴き出したというのです。それまでは姿の美しいカラスほどの大きさの鳥が鳴き声の主だと誰しもが信じていたので大騒ぎになりました。専門家の前でじっけんすると、確かに「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴きました。これで本当のブッポウソウは判ったのですが、既に違う鳥に名前を付けてしまっていたので、それ以来、非公式にコノハズクを「声のブッポウソウ」、ブッポウソウを「姿のブッポウソウ」と呼ぶようになりました。(あゝ、ヤヤコシイ)

 ついでに蘊蓄話を、もう一つ。空海に仏法僧を詠んだ次のような漢詩があります。カッコの内は読み方です。

   閑林独座草堂暁(閑林に独り座す草堂の暁)
   三宝之声聞一鳥(三宝の声を一鳥に聞く)
   一鳥有声人有心(一鳥に声有り人に心有り)
   声心雲水倶了了(声心雲水倶に了了)

 三宝とは仏教の根源を成す三つの宝、即ち仏、法(経典)、僧(僧侶)のことです。意味は「静かな山中の堂に座っていると、仏道の三つの宝を一声に籠めて鳴く鳥がいた。無心な鳥の声であっても聴く人に心があれば、鳥の声と聞く人の心が雲と水のように融け合って悟りの境地に達することができる」いうのでしようね。
    
           (写真;左がブッポウソウ、右の2枚がコノハズク)





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by 杜の小径  at 16:44 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑

天竜村へ

テンリュウ はごろもざき橋 てんりゅう

 翌朝、ホテルから浜松市の野鳥仲間Kさんに電話を入れ、秋葉街道から鳴瀬の滝方面へ渡る大輪橋の様子を尋ねる。昨年は橋を塗り替えたせいか営巣しなかったが、一昨年は橋桁の巣に出入りするブッポウソウを至近距離から観察できた。それで、今年の様子を尋ねてみた。返事は“There is no”.(居ないよ)だった。警戒心が強くて、ちょっとした環境の変化で来なくなると言う。Kさんは、天竜村なら遇えるかもしれないと言う。今月はじめに、村内で三か所の営巣を確認したそうだ。ただ、とうに巣立ちが終わっているので既に南へ渡ってしまったかもしれないと言う。

 天龍村は、静岡県に近い長野県の最南部に位置し、明石山脈と伊那山脈の山林地帯の村。天竜川に面した急峻な斜面に美しい茶畑が続く。村内に平岡ダムがあり、古くからブッポウソウの飛来地として有名である。村鳥をブッポウソウにしているほどで、小学生が巣箱造りに協力するなど村を挙げて保護活動に取り組んでいる。平岡駅前に遊んでいた小学生に案内してもらって、巣があるという村役場と羽衣崎橋を訪ねる。村内各所を2時間ほど回ったが、ブッポウソウの姿は無かった。「来年はもっと早く来いや」という小学生たちの声に送られて、天竜村を去る。
 伊那大島駅まで引き返し、大鹿村の中央構造線博物館を見学したあと、鹿塩温泉に泊まる。

        (写真;左から天竜村の茶畑、羽衣崎橋、小学生が作った巣箱)







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by 杜の小径  at 16:41 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

先ず高遠・美輪湖へ

木俣歌碑 美和湖 けいりゅう

   天竜下れば飛沫(しぶき)がかかる
   持たせやりたや
   桧笠(伊那節)

 天竜川の飛沫に濡れる暇もないほどの慌ただしい旅、伊那谷から戻りました。伊那谷は西を中央アルプス、東を南アルプスに囲まれた天竜川に沿った細長い盆地です。先週は伊良湖岬に寄ったあと豊橋から飯田線に乗りましたが、今週は逆に岡谷から入りました。
 出がけ、早朝5時にNHK教育TVで「短歌」の再放送をやっていて、その中で生前の木俣修が自作の朗読をしていました。17歳から指導を受けた恩師です。放送を観終わったとき、最初の訪問地を高遠に決めました。其処には木俣の歌碑があります。それに近くの美和湖周辺は野鳥も多く、運が良ければブッポウソウに遇えるかもしれないと思ったのです。

 高遠城址公園はコヒガンザクラの名所。さすがにこの時季は人影がまばらです。歴史博物館を訪ねたあと、庭先の木俣修の歌碑の前に立ちました。

    いにしへの流人の悲話を思ふ眼に時雨過ぎゆく高遠の山
 
 流人とは絵島のことです。木俣は随筆集『途上の虹』の中で、高遠について次のように述べています。―「高遠というところに興味を持っていたのは、山の城下町で中村不折とか伊沢修二とかいった人々が生まれたところであるということや、江戸の将軍家宣のころの悲劇の女性江嶋(原文のママ)の流罪地であるということからであった。それにまた太田水穂の歌集『雲鳥』のなかにある「花ぐもりいささか風のある日なり昼野火燃ゆる高遠の山」という歌が早くから私の印象に強く残っていた。」

 美和湖周辺を時間をかけて観察したが、ブッポウソウの姿は無い。ダム管理支所に寄って様子を尋ねると、最近は見たことがないという。念のため藤沢川に沿った杖突街道を登ってみたが空振り。諦めて戻る。ところで、高遠遠藩主内藤家の菩提寺・満光寺の兼子展世住職は畏友 高原伸夫さんの友人だが、未だ拝眉の機を得ていない。今回は時間が無いので失礼して、美和湖近くのさくらホテルに泊まる。

          (写真;左から木俣修歌碑、美和湖、藤沢川の渓流)






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by 杜の小径  at 16:37 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑
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