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木枯らし1号

           岳沢

    木枯らしを背中(そびら)に聞けば魔笛めく(杜)

 きのう、東京では木枯らし1号が吹いた。霧雨のなかの木枯らしに体温を奪われ、まるで真冬のような寒さだった。体感温度は6℃くらいに感じた。上掲の一行詩はそのときの作である。『木枯らし』となればショパンのエチュードを連想するのが普通である。木枯らしによって絶え間なく降り積もる落ち葉をイメージした難曲は、クラシックに暗い私でも知っている。それが、なぜモーツアルトの『魔笛』なのか。理由は簡単である。一行詩の中にショパンの『木枯らし』が入りきれなかっただけのことである。カッコ付けて言えば、これが文学における「虚構の真」である。もし、人がその意図を問うなら、私は答えるだろう。―「1791年、ウイーンのヴィーデン劇場で『魔笛』が初演されたとき、モーツアルトは死の床にあった。時に12月、彼の耳には聞こえるはずのない聴衆の拍手の代わりに、修習啾々たる木枯らしが聞こえていたかもしれない」と。ソレデ、イイアノダ。

 話は変わるが、私は木枯らしの中に身を曝すのが嫌いではない。凍る北風の中で沈黙を続ける木や草や石ころと、自分が同化するような感じは好きである。先月の麹町倶楽部で発表した次の作品は、そうした感慨を込めたものである。2年前、穂高の岳沢でものした下段の作品も同じである。

   まぎれなく
   われも
   冬野の中のもの
   広げた両手に
   風 ぶち当たる

   木も石も
   霧に冷えゆく
   岳沢のガレ場
   温かき血流れる
   この身が憂し
 
 話はまたまた変わるが、松任谷由実に『木枯らしのダイアリ―』という曲がある。正確な歌詞は思い出せない。古い日記を読み返しながら、「あの頃はけんかばかりしていた」と去った恋人を想う歌だった。最後のフレーズだけは、よく覚えている。それを記して今日の日記を締めることにしようよう。

     ♪ ♪「木枯らしよ めくって 新しいダイアリー」♪ ♪

        
           (写真は一昨年の岳沢行)


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