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友の忌

さかい1 さかい さかい3

    交わりの淡からずして冬ざくら(杜)

    冬ざくら自然の供華を柵がこひ(〃)

    白つばき退きどき知りし為人(ひととなり)(〃)

 今日は、友人・酒井清の十年目の祥月命日。戸塚に在る菩提寺・妙秀寺へ墓参。敢えて敬称は付けない。生前から公私を通じて、お互いに「酒井」「村瀬」と呼び合ってきた。それは双方の家族は勿論、互いのフィールドでも公認のことであった。彼が逝って十年、墓前で「お前のような友を持てたことは幸せだった。有難う」と語りかけたことだった。
 彼は一代で幼稚園、中学、高校、専門学校を擁する一大教育コンチュエルンを築き上げただけでなく、秘書教育をライフワークとし、社団法人 日本秘書協会を創設して、その初代理事長を務めた。その業績を刻んだ墓誌を読みながら、彼が遺した一言が今更のように思い出された。彼が斃れた日、私が駆け付けた時には既に意識を失っていた。病室に運ばれた彼が最後に洩らした一言は「無念だ」だったと、弟さんから聞いた。彼が描いていた壮大な夢を私は知っていた。それだけに遺した一言の重さがいつまでも忘れられない。彼が生きていたら、日本の実務教育界はもっと違った形になっていたであろう。

 今日の墓参には酒井の秘書を長く務め、酒井家にとっても家族のような存在だった高橋さんが同行して下さった。帰途、食事を摂りながら、高橋さんがぽつりと言った。「理事長は村瀬さんが来て下さるのがいちばん嬉しいと思うわ。なにしろ人に話せないことも村瀬さんだけには話していたもの、良いことも悪いことも…」。

 今日はアメリカから帰朝中の次女の呂美と旦那のジェームスとの家族旅行があって、27日に墓参を済ませたとかで、墓前には新しい花が飾られていた。夕方、奥さんから「いま、お墓へ行ってきました。来て下さったんですね」と電話があった。墓前に供えた酒瓶を見て、こんなことをするのは私くらいだと気付かれたのであろう。

     (写真は中央は高橋さん、左右は墓苑に咲いていた冬桜と白椿)
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by 杜の小径  at 19:46 |  日記 |  comment (4)  |   |  page top ↑
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