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如月尽(きさらぎじん)

           うめ

   徳利を振って音なく二月尽く(杜)

   花のなき壺を並べて二月去る(〃)

 今日は2月の尽日。今月は何かと話題が多く正直に言って、やっと終わったかという感じです。最大の話題は、やはりオリンピックでしょう。これも、やっと終わったかという感じです。オリンピックは、残念ながら暗い話題から幕が開きました。ハーフパイプに出場するK選手の服装と言動が非難されたのは、ご承知の通りです。僕も学生のころは朴歯の下駄に麦藁帽子という異端の服装をしていたから大きなことは言えないけど、TVに映ったKを見て正直に言って不快な感じがしました。私生活なら不精髭を生やそうと㞍が出るほどズボンを下げて履こうと勝手ですが、国を代表するオリンピック選手としてはマナーに反しているでしょう。だけど彼を責める前に、私は彼を取り巻くオトナの責任を言挙げしたいです。親や教師、コーチや役員は、いったい何をしていたんでしょう。最近のオトナは若者に迎合するばかりで、人間としての基本的マナーや社会的ルールについて苦言を呈する人がいません。朝青龍事件にしても、彼自身に問題があったとしても草原の自然児を野放しに育てた高砂親方、相撲協会役員の責任のほうが、より重いはず。朝青龍を追放するなら彼らも相撲界を去るべきでしょう。マスコミの態度は、もっと汚いです。必要以上に煽てあげてヒーローを作るかと思えば、スキャンダルを探し出して針小棒大に報じてヒールを作り出す。でっち上げた話題で新聞を売ろうとするだけで、社会の木鐸というマスコミの矜持などは片鱗も見られません。大新聞やTVの小沢一郎叩きなども、同じ姿勢と言わざるを得ません。話を、ハーフパイプのKに戻しましょう。実は、彼がメタルでも取ったらどうなるだろうと、内心で心配していたのです。あれだけ袋叩きしたマスコミがどんな対応をするのか心配でした。彼があっさり予選落ちしてくれたのでマスコミ各社は、さぞかしほっとしていることでしょうね。

 今日は美智代たちが掃除に来てくれる日でした。昼食を一緒に摂ろうと出前の鮨を用意して待っていたんですが、1時を過ぎても来ないのです。約束の時間に1時間半も遅れて現れましたが、運転手役の旦那の話では東京マラソンで環状七号線が通行止めで迂回してきたというのです。TVを点けるとマラソンはとっくに終わっているのに、派出な衣装を着た芸能人がコースをぶらぶら歩いているのを映しているではありませんか。番組表を見ると、主催の読売テレビは朝の8時から夕方の4時半まで東京マラソンを放映していました。スポーツの名前なら何でも許されるという態度は全く許せない。(昼メシ待たされたから怒りも大きい…苦笑)
 また、オリンピックに話題を戻しますが…。ちょっと大騒ぎし過ぎると思いませんか。僕はオリンピックのアマチュアリズムは、とっくに消し飛んでいるように思えてなりません。某国では入賞者に莫大な報奨金を出しているといいますし、日常生活で国家や企業の被護を受けている選手はザラです。クーベルタンの唱えたオリンピック精神など既に名目化し、選手の殆どはプロ集団なのです。熱狂的な応援合戦を見ていると、とても“平和の祭典”とは思えません。むしろオリンピックが危険なナショナリズムを助長しているのではないかという不安さえ覚えます。

 美智代夫婦を送ってゲスト用の駐車場まで出ると既に薄暮、雨は上がっていました。ひんやりとした大気の中を、二つ三つ綿虫が飛んでいました。これはワタアブラムシ科の昆虫で、白い綿状のものを分泌するのでこの名があります。また、この虫が飛ぶと雪が近いという俗説から雪虫とか雪蛍とも呼ばれます。今週は名残雪が降るかもしれませんね。

   風ふけば
   風に消え
   雪くれば
   雪に紛れて
   如月尽の雪ほたる

   血に染みし
   ナイフのように
   花摘む指濡れて
   きさらぎは
   いま逝かんとす

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by 杜の小径  at 20:25 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

喉赤きつばくらめ―赤光忌

            茂吉
 
    のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて
        足乳根の母は死にたまふなり
          
        *玄鳥=つばくらめ 屋梁=はり 足乳根=たらちね

 これは齊藤茂吉の処女歌集『赤光』の中に、「死にたまふ母」と題されて載った59首の中の1首です。小学5年から短歌を始めた私は次第に定型と情緒過多の詩形を飽き足らなく思うようになり、師の木俣修の死(1983年)を機に短歌と訣別しました。とは言っても自分で作らないというだけで、良い短歌作品はを鑑賞することには吝かではありません。これは、そんな私の心に残っている歌の一つです。

 2月24日は茂吉の祥月命日(赤光忌)に当たるので、書架から『赤光』の初版を引っ張り出して眺めています。やはり「死にたまふ母」の一連は良い。茂吉の母の守谷いくが脳溢血で亡くなるのは大正2年5月23日で、茂吉は危篤の知らせをうけて山形上山(堀田村金瓶)に帰郷、火葬ののち悲しみのまま故郷近くの高湯酢川温泉に身を休めて母への鎮魂の歌を一気に詠みましだ。上掲歌も以下の2首も、その折のもので、殆ど『赤光』に収録されています。
 
  死に近き母に添寢のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる

  赤光のなかに浮びて棺ひとつ行き遥けかり野は涯ならん

 赤光は茂吉が母の野辺の送りの夜空に見た光で、歌集のタイトルもこれに拠ったのでしょう。初版『赤光』は10年後に改定版が出され、その際に初版から78首が外されましたが「死にたまふ母」59首はそのまま残されています。
 
    レクイエム茶房に聴きぬ赤光忌(杜詩夫)





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by 杜の小径  at 00:12 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

麹町倶楽部第132回例会

             こうじ1

 今月も新しい入会者があり、会場の麹町区民会館洋室はほぼ満員の盛況。新入会の奥住鮎子さんは早々に次点を獲り、歌会でのコメントも的確でこれからが楽しみ。成績は以下の通り(敬称略)

【自由詠】

   靴紐通すように
   トンネルくぐり
   やっと着いた無人駅
   ここが ふる里
   雪だけが眩しい(一席 村瀬杜詩夫)

   心を締めつけているもの
   ひとつ
   ほどけてゆき
   春のような
   ひろがりが生まれる(二席 町田道子)

   厳冬の夜
   父さんは
   手拭いで
   ほっかぶりして
   寝ていた(三席 船津健治)

   ターニングポイントが 
   つぎつぎとくる
   らせん階段を登るように
   ゆっくりと
   いきたいのに(次点 奥住鮎子)

アスファルトにも
   凸凹があるって
   教えてくれた
   雨上がり
   足元にも青空(同点次席 小杉淑子)



【題詠/雪】

   雪の重みで
   頭を下げ
   弓なりになった竹
   粉雪散らして
   姿を正す(一席 小田明子)

   夜明け前
   雪に抱かれて
   眠る故郷は
   青い水底に
   沈んでいるようだ(二席 田中みき)

   電線に一羽の
   ふくらヒヨドリ
   雨に濡れ
   何やら独り言(同点二席 渡邊加代子)

   「回り道しようか?」
   「大丈夫です。」
   ハイヒールの女の子が
   雪道ズボズボ
   僕も仕方なくズボズボ(三席 平井敬人)

   てぶくろを
   買いにゆきたい
   子狐の
   小さいてのひらに
   雪が 舞う(次点 下平紀代子)





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by 杜の小径  at 00:01 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

風生忌―老いと死を見詰めた俳人

   富安   富安風生句碑


    盆梅のはらりほろりと情かな(風生)

    九十五齢とは後生極楽春の風(〃)

 これらの句は、「ホトトギス」の元老 富安風生の辞世の句である。1979年(昭和54年)の今日、風生は95年の生涯を閉じた。訃報に接し枕頭に駆け付けた大野林火は、こんな感想を記している。

「明日知れぬ病床で、ひとひらふたひらと花を散らす梅を眺めやっている姿を思うと涙の湧くのを禁じ得ない。人生諷詠ということは究極のところ自らの命を見つめることに他なるまい。一木一草主義ということも、一木一草に自分の命を重ねることだ。この句では、はらりほろりと散る盆梅に風生先生の命が、さながらに重なっているといえるであろう。」

    むづかしき辭表の辭の字冬夕焼(風生)

 ホトトギス派の俳人はあまり好きではないが、風生だけは別格。52歳でキャリア官僚の頂点である逓信(後の郵政省、現総務省)次官に就くが、翌年にはあっさり退官して俳句三昧の生活に入る。その生きざまが、まことに潔い。俗臭芬々たる虚子などとは大違いだ。句風も花鳥風詠という虚子風の写生を超えて、軽妙洒脱、人間の存在に迫るような作品が多い。

    家康公逃げ廻りたる冬田打つ

 家康が三方ヶ原の合戦で武田軍に大敗し、命からがら逃げる途中に馬上で小便を漏らしたという話が伝わっている。この三方が原は風生の故郷に近く、現在は馬鈴薯の名産地となっている。また、以下のような作品は一茶を彷彿させる。

    ほつこりと はぜてめでたし ふかし甘藷(いも)

    よそを掃き ここを掃かさる散銀杏(ちりいちょう)
 
 風生作品のもう一つの特徴は、老いと死を見つめた優しさと冷徹さを併せ持った点である。以下は、その代表句の一部である。

    こときれてなほ邯鄲の薄みどり

    わが生きる心音トトと夜半の冬

    生きることやうやく楽し老の春

     わが老をわがいとほしむ菊の前

    身をもみて枯枝の影の苦しめる

    死を怖れざりしはむかし老の春 
     
 私事になるが、風生先生と私は不思議な縁がある。私は小学校3年の3学期から中学を出るまで愛知県豊川市で過ごした。一方、風生の生家は愛知県八名郡金沢村(現在の豊川市金沢町辺)で、私の家の近くだった。小学生のころ、俳句をやっていた母から「フウセイ先生の家は裏の坂を下りた牟呂用水の傍だよ」と聞いた記憶がある。後年、帰省の折に
牟呂用水の近くに「里川の若木の花もなつかしく」と刻まれた風生の句碑を見つけ、改めて母の言葉を思い出した。
 母としては偶々私の誕生日が風生と同じだったことや高校・大学の後輩だったこともあって私に俳句をやって欲しかったらしい。しかし、当時の私は母の気持ちを無視して短歌と現代詩の道を選んだ。

    畔を焼く火に母しのぶ風生忌(杜詩夫)

            (写真:風生と豊川市牟呂河畔の句碑)





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by 杜の小径  at 03:27 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

狼への郷愁

     2010021400カミ

    傷ついた狼よ
    北斗の下で眠れ
    淋しきものは
    みな
    北を目指す

    傷ついた狼よ
    荒野で休め
    おまえを
    癒せるのは
    一陣の風

 むかし創った狼の五行詩である。この他にも私の創作ファイルには狼の詩が沢山ある。それは私が、狼が好きだから…。こんな一行詩もある。

    冬野行く狼の尾の輝けり

    まっ直ぐに霜踏んで狼が行く

 日本の狼は1905年(明治38年)1月23日、奈良県大台ケ原で捕獲されたのを最後に絶滅したと謂われている。しかし、私の兄は夜道で数匹の山犬(田舎では狼をそう呼んでいた)にアセチレン・カンテラの火を尻尾で吹き消されたこたがあると謂う。家人は野犬だろうと言って信じなかったが、神職の祖父と私だけは信じた。生家は神職で伊弉諾尊、伊弉册尊を主神として祀っていたが別宮に大山祇命を祀り、山住神社と呼んでいた。その「お使い」が山犬(狼)で、その姿を描いた護符を出していた。その護符は、今も居室の壁に貼ってある。

 私が狼に惹かれるのは、そんな幼時体験に由るのかもしれない。が、一方では絶滅したものへの限りない郷愁のような感情も多分にある。若い頃、絶滅したと謂われるニホンカワウソが若しや居るのではないかと四万十川の上流で三日間野宿したことがある。ニホンオオカミも大台ケ原には生き残っているかもしれないと思ってはいるが、さすがに探検行は未だに果たさぬままになっている。

  (写真:左から故郷の山住神社、同 護符、最後のニホンオオカミの剥製)

 昨夜、壁に貼られた山犬の護符を眺めながら、急に秩父の三峰神社へ行ってみようと思い立った。そこの狛犬は、たしか山犬だった。ネットで調べると、果たせるかな次のような記述がみつかった。
三峰信仰の中心をなしているものに、御眷属(山犬)信仰がある。 この信仰については、「社記」に享保12年9月13日の夜、日光法印が山上の庵室に静座していると、山中どことも知れず狼が群がり来て境内に充ちた。法印は、これを神託と感じて猪鹿・火盗除けとして山犬の神札を貸し出したところ霊験があったとされる。それ以来「お犬さま」として崇めるようになった。さらに、この狼が盗戝や災難から守る神と解釈されるようになり、狼の護符を受けること(御眷属信仰)が流行ったと謂う。
 ついでに大山祇神を調べると、この神は天照大神の兄神で、天孫瓊々杵尊(ニニギノミコト)の降臨に際しその妃となった木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)の父神にあたる。(古事記、日本書紀)すなわち、大山祇神は、天から天照大神の子孫の神々が降臨する前からこの国土(山河海)を守護していた神である。一般に「山の神」とも呼ばれるとあった。

 西武国分寺線、同新宿線、同池袋線を乗り継いで秩父鉄道三峰口までえ約2時間。三峰山頂に午前中に着くことができた。狛犬は記憶通りに山犬だった。三つ鳥居を潜って奥殿へ進む。晴れていれば雲取山の眺望を楽しめるが、午後からは雲が厚く垂れ込んで視界が全く利かない。一応ヤッケは用意してきたが標高2000㍍の寒さは、予想以上だ。早々に参拝を済ませて山を下る。道の駅「大滝温泉・遊湯館」で体を温めてから帰路へ。山犬には出逢えなかったが、すっきりした気分になれた。

       (写真:左から三峰神社、同社の三つ鳥居、山犬の狛犬)

 帰宅すると郵便受に宅急便の再配達通知が3枚も入っていた。届いた荷物は三つともチョコレート。そういえば今日はⅤalentine Day だった。二つは姪と友人からだったが、tokyuの宅配瓶は思わぬ方からだった。送り主は俳人の水原亜矢子さん。水原さんとは、一昨年の初夏、パレスホテルで開かれた「水無月乃俳句展」で初めてお目にかかった。一川塾と麹町倶楽部でご一緒させて戴いている下平さんが水原さんの主宰する「久珠」の同人という関係でお伺いしたのだが、早く行き過ぎてしまった。出直そうとしたら中から上品な婦人が「どうぞ、お這入り下さい」と声を掛けて下さり、開館まで小一時間ほど雑談を交わした。水原さんの伯父さんに当たる秋櫻子について話したと思うが詳しい内容は忘れてしまった。私は友人や知己の句会に駄句を投じることはあっても所詮は素人。今さら俳句の勉強でもあるまいと折角のご縁を得ながら、その後は無沙汰にうち過ごしている。ところが水原さんは、私のような者でも一期一会の縁を大切に思って、こんな心遣いをして下さる。省みて忸怩たろものがある。 








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 早過ぎたⅤalentine Day

       慶応 116     ビクトリア

 11日。真理芽から電話。「今日、ママの誕生日でしょ。お墓参りに行く?」11時に車で迎えにいくと言う。(はは~ん、昼飯を奢らせるつもりだな)と思ったが、その予想は甘かった。車に乗り込むと、真由子が、赤い小さな包みを二つ取り出した。「これ、私から。これはママからよ」「………」「ちょっと早いけど、バレンタインのチョコだよ。私たち14日から旅行に行くので…」「どこへ行くんだ?」「猪苗代湖よ。リステルに泊まるの。イーちゃんのブログに良いホテルだと書いてあったでしょ」「僕が行ったのは浜名湖だよ」「それが、猪苗代湖にもあったのよ。チェーンらしいわ」「この寒いのに、なんでまた…」「スノボーに挑戦するのよ」
 
 墓参の際はいつも、眞理芽のお舅さんの実家、戸井田石材店で花と線香を買う。長男のお舅さんが石材店を嫌って新聞記者になってしまったので弟さんが店を継いだが、男の子ができなかったので娘に養子をとって店をやらせている。その夫婦が眞理芽たちと年配が同じだから、立寄る度に1時間ほどぺちゃぺちゃ世間話をする。この日も数日前にスキー旅行から帰ったばかりというので、スキー談義で大盛上がり。「スノボーやるならプロテクターの付いたインナーが絶対に必要だわよ。どうせ、おじいちゃんに買って貰うんだから忘れちゃ駄目よ」などと余計な助言までしている。
 
 イタリアンで食事。好きなものを注文しなさいと言うと、これ幸いとばかり人数分の倍も注文する。それも高そうなものばかり。いつもは食が細い真由子まで驚くほどの食欲を見せる。食事中も「東八道路沿いにヴィクトリアがあるあったわよねぇ」と、すっかりスノボー・セットをこっちに買わせる気になっている。
 結局、二人分のウエアを買わされたうえに、旅行代までふんだくられた。「イーちゃん、有難う」の声を残し、このギャングどもは風のごとく去って行った。Ⅴalentine Dayなんて、無いほうがいい。だいいち、俺はチョコレートが嫌いなんだ。





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by 杜の小径  at 21:37 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

創作和食「賛否両論」へ

   あ1  あ

          あ3      あ2

 予約が取れない店として有名な恵比寿「賛否両論」へ行く。友人がマスター笠原将弘さんの『かんたん和ごはん』をプロディユースした縁で、特別に予約を取ってくれた。気の合った友人を誘って出掛けたが、正直に言ってあまり期待はしていなかった。これまでTVなどで取り上げる人気店では期待を裏切られることが多かったから…。ところが最初の或る事で(これは?)と思わされた。冷酒を飲むための猪口が小籠に入れられて出されたが、人数分の倍の数が入っている。無地と模様入り、模様も形、大きさも違う。気に入ったものをお使い下さいというわけだ。しかも全ての猪口がキーンと冷やされている。この心遣いは尋常ではない。(お主、やるな!)と、最初から一本取られた感じだ。

 料理も酒もマスターにお任せする。最初のワインは、料理に合わせてアルザスの赤。ブルゴーニュのものに比べると色が明るく、苦味がやゝ強い。グッドだ。酒も辛口の「神亀」「飛露喜」などと料理の味にぴったりだった。
 料理は酒の進み具合に合わせて、タイミングよく出されるが、食材とその組み合わせが斬新で美味しい。全十数種類の全部を挙げることはできないが、例えば「イブリガッコのマスカルポーネ添え」。沢庵の燻製にイタリアン生チーズの組合せたものだ。更に「トマト豆腐の金糸葉添え。これはトマトを仕込んだ豆腐にユリの花に蕾揚げを添えたもの。締めはお代わり自由の菜飯に角久の赤だし味噌汁。デザートは5種類の冷菓。食べ放題ということだったが私は柚子シャーベット、きなこ饅頭がやっと。ところが友人たちは5皿をぺろり。若い人には敵わない。
 全員が「美味しかった!」と“賛成論”ばかり。次の予約を取ろうとしたら、4月分の予約受付は3月2日とのことだった。

 店を出るとき、近著『かんたん和ごはん』に笠原将弘さんが、サインをして下さった。(写真上段右)

(写真上段は店の玄関、下段はイブリガッコのマスカルポーネ添え、トマト豆腐)










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「テーブルウェア・フェステバル」

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 奥浜名湖の帰途、東京ドームで開かれている「テーブルウェア・フェステバルー暮らしを彩る器展」へ立寄る。入場料2000円と、このテの展示会としては高価なのに会場は歩くのに苦労するほどの混雑ぶり。9日間の会期の今日が最終日ということもあるだろうが、食文化への関心の高さが窺える。但し私の場合は、麹町倶楽部の清也さんから招待券を戴いているのでタダ。彼には落語家へ招待されたり合宿で大量の差し入れをして戴いたりと、何かとお世話になっている。持つべきものは、こういう友である。清也さん、有難う。

 会場は広大なプレイ・グラウンドを仕切ってテナントが設営されており、この辺がピッチャー・マウンドかななどと、つい余計なことを考えてしまう。豪華な食器や家具を使った黒柳徹子や石坂浩二など各界著名人による「テーブルセッティングによる食空間提案」には、若い女性が集まっていたが、清貧(清は余分か)の暮らしをしている小生には無縁な世界。専ら陶磁器のコーナーで時間を費やす。備前焼のコーナーには人間国宝・伊勢崎淳の作品も出ていたが、もちろん観るだけ。それでも織部の抹茶茶碗、美濃焼の飯椀、小型擂鉢(摺子木付)を求める。肥前吉田焼を眺めていたら隣の嬉野茶の売娘さんが、「嬉野茶は若芽しか使わんから、まっこと生産量が少ないんデス」と話しかけてきた。その笑顔に釣られて5袋+抹茶1缶。嬉野茶は苦味が薄いというが 、今日の茶はちょっぴりホロ苦い。

                コピー ~ あドーム大賞
                           
                                                    あドームあ

    あドーム   あドーム石坂

 (写真:上段は大賞受賞作「おんばしら祭りに」、中段は人間国宝・伊勢崎淳の「備前焼角花入」、下段は左から黒柳徹子の作品、石坂浩二の作品)









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マンサクの花―万葉の丘―湖畔の冬花火

あ万作林 aマンサク  4aマンサク

    まんさくや小雪となりし朝の雨(秋桜子)

 浜松で東海道本線に、更に新所原で天浜線(天竜浜名湖鉄道)に乗り換えて約3時間半、近くて遠い三ヶ日までの旅である。特別な目的があって来たわけではない。今月早々から穂高か白馬の山麓をぶらつくつもりでいたが、雪が深いというので別の処を考えていた。昨年11月に故郷に近い浜名湖畔で開かれた小学校の合同同窓会に出席した。その折に付近の龍潭寺、奥山半僧坊などの古刹を訪ねたが、団体行動だったので奥浜名湖までは足を延ばせなかった。あのときに見損なった万葉の丘や姫街道などを歩いてみようと思い立ったものである。三ヶ日といえば蜜柑の産地として有名だが、その旬はもう終わっただろう。その代わり付近にはマンサクの自然群落があると聞いている。一人旅は宿探しに苦労するが、今回はネットでリステル浜名湖というホテルを予約できた。鄙には稀な気の利いた宿で温泉、サウナ、マッサージ(30分無料)、それにロビーには自由に使えるインターネット・ルームまである。結局、此処で3泊したが毎夕食にメニューが変わり、名物の鰻料理、スッポン鍋、蟹料理などを賞味できた。

 初日は、三ヶ日町鵺代(ぬえしろ)地区のマンサクの群落を訪ねる。漢字では万作と書くが、これは黄色い花を付けた様子が稲の豊年万作の状態に似ているからだという。この山も満開時には山全体が黄色くなるというが、未だ三分咲きの状態で豊年万作を連想することはできなかった。マンサクの語源については、早春に他の花に先駆けて「まず咲く」という説も有力だ。マンサク科の落葉小高木で、普通は寒冷地に生育する。三ヶ日のような標高の低い処に群生して咲くのは珍しい。それに樹齢100年以上、高さ5㍍前後のものが100本以上群生しており、乎那の峯の「マンサク」は日本に自生するものとしては南限にあるとされるとても珍しいという。このため静岡県の天然記念物に指定されている。見頃は今月の中旬から3月上旬頃になるだろうか。天竜浜名湖線の「奥浜名湖駅」がいちばん近いが、そこにはタクシーが無いので歩かれる方は手前の「三ヶ日駅」で降りるのが良い。
    
 浜名湖の支湖、猪鼻湖を望む丘陵一帯を「乎那(おな)の峯」と呼ぶ。これは万葉集の中に、この地区を詠んだ「花散らふ この向つ峯の 乎那(おな)の峯の ひじにつくまで 君が齢かも」という歌があることに拠り、この歌を刻んだ歌碑が建っていた。―意味は、花が散っている向かいの尾奈の峯が時を経て低くなって湖の泥(ひじ)に付くまで、あなたのお命が長く続いて欲しいというもの。これに因んで山中には万葉集に所縁の植物に短い解説板と歌を記してあったが、適切でない解説が見受けられたのはざんねんだ。例えばヤブツバキに「巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ思ふな巨勢の春野を」という坂門人足(さかとのひとたり)の歌を吊るしてあったが、巨勢の野は奈良御所市古瀬の一帯のことで、三ヶ日とは全く関係が無い。それに歌意は(巨勢山に列をなすように並び咲く椿を「つらつら椿」と申しますが、それにあやかってよくよく見ては思い起こします)となり、歌意から見ると「思はな」が適切である。「な」を詠嘆や念を押す働きとすると、かなり無理がある。「ふ」は「は」の誤記と思われる。マタ、ヤマユリのプレートに「道の辺の草深百合の花笑みに笑まししからに妻と言ふべしや」と歌を記してあったがが、歌意から推して草深百合ヒメユリと解すべきであろう。、
 なお三ヶ日中学の校庭には、前記「乎那の峯」の歌と共に「引馬野(ひくまの)に匂ふ榛原(はりはら)入り乱り衣匂はせ旅のしるしに」という奥麻呂の歌碑も建っていた。大意は(引馬野に美しく色づく榛の木の原に入り交じって衣に存分にその香を染み込ませるがよろしかろう。それこそ旅のしるしとなりましょう)となる。浜松市内には引馬坂、引馬城址などの地名も残っているから、この地方をさすことは間違いないようだ。市内には万葉植物約300種、曲水用の小川、資料館などが完備した「万葉の森公園」もある。

          (写真:左からマンサクの群落、マンサクの花、万葉歌碑)   

 あ常夜灯 あ 華厳寺 ああ362号

 翌日は、予てから気になっていた姫街道(ひめかいどう)を歩く。これは東海道見附宿(静岡県磐田市)と御油(ごゆ)宿(愛知県豊川市)を結ぶ東海道の脇街道。浜名湖の北側、本坂峠を越える道で東海道新居関所の厳しい取締まりを嫌った大名の妻女などが利用したからという説、舞阪宿・新居宿間の「今切の渡し」の「今切」を不吉として避けたという説などがある。
 東名高速をはじめ新しい国道の開通で一時は荒廃しかかっていたが、地元の努力で常夜灯など遺跡の修復や案内板の設置などが行われ、最近はマウンテンバイクでツアーする若者なども増えているという。実は高校生の頃、友人と自転車で姫街道を踏破したことがある。その際、鏡岩、狸井戸、狐塚など民話所縁の旧跡を記憶していたが、急ぎの一人旅で再会は果たせなかった。脇堂を真っ赤に塗った華厳寺は再訪できたが、当時は無かった生木のイヌマキを使った山門を見て、流れた歳月の長さを思わされた。

        (写真:左から常夜灯、華厳寺の山門、姫街道―左下は国道362号)
  
   あふゆはなび  あ 手筒花火

 ホテルの薦めで帰京を一日送らせ、特別イベントの「冬花火」を観る。尺玉の打ち上げ、スター・マインの連発、中国花火など、漆黒の湖が舞台だけに、都会で観る花火より迫力がある。圧巻はこの地方独特の手筒花火。半裸の男性たちが火薬を仕込んだ筒を抱えて登場し、火の粉を浴びながら花火を上げる。火薬は全て自分で詰めるが、詰め方を誤ると筒が爆発して命を落とすこともあるという危険な業だ。上げ終わった空筒は玄関の鴨居に飾って厄除けにするという。

       (写真;左から湖上の打ち上げ花火と手筒花火)

【追記】ホテルの使い慣れないPCで疲労困憊、読み直さずにアップします。もし誤字脱字がありましたら、平にご容赦を。明朝早く発って、東京ドームの「テーブルウェア・フェステバル」の最終日を観て帰ります。
 



  








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by 杜の小径  at 02:23 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

節分の夜咄

あしかみ あべしみ あ般若


   をちこちの闇に声あり鬼やらひ(杜詩)

 明日は節分。その前夜に当たる今夜は追儺、俗に謂う「豆撒き=鬼遣らい」が行われる。都会ではあまり聞かれなくなったが「福は内、鬼は外」の鬼打ちの声は、寒夜に幽かに春を感じさせる風物詩でもある。広辞苑に拠ると鬼の語源は隠(おに)で、姿の見えない怪しげなものということらしい。即ち鬼とは人間に災いを齎す災害、疾病、外敵などの象徴なのである。鬼にとっては災難な夜だが、鬼を祀った神社とか鬼に縁のある家などは「鬼も内」と言うらしいから、追われた鬼は其処へ逃げ込むのが宜しかろう。
 私も豆撒きはするが「鬼は外」とは言わない。別に鬼に縁者が居るわけではないが、何となく憎めないのである。追われた鬼はウチに逃げ込めば、目刺しに酒ぐらいは振る舞うよ。鬼だって悪い奴ばかりとは限らない。例えば浜田廣助の『泣いた赤鬼』に出てくる人間好きの赤鬼や自分を犠牲にして友達を助ける青鬼などは、とても豆をぶつける気になれない。それどころか、お願いしてででも友達になりたい。

 京都の壬生に、千年近く受け継がれている壬生狂言がある。これに出て来る鬼も間が抜けていて憎めない。粗筋は、こんな具合である。鬼が節分の用意をしてる後家を見初める。覆面をして後家に近づき、打出の小槌で着物を出して気をひこうとする。鬼は酒を飲まされ泥酔しているうちに後家に小槌を取られ、身包み剝がされて、豆で追い払われるというもの。こういう鬼だと追い払うどころか、ちょっと同情したくなる。
 狂言にも「節分」という演目がある。粗筋は上記の壬生狂言とほぼ同じだが、鬼は蓬莱の島から来たことになっていて、夫が出雲大社へ年参りに出かけた留守の出来事としている。鬼が女房の歓心を買おうとして蓬莱の島で流行っている歌を次々と披露するところが、たいへん楽しい。

 さて、能や狂言には様ざまな鬼が登場し、これに使われる能面の種類も多い。上掲の写真はその一部で、左端が「大江山」「羅生門」などで使われる顰悪尉(しかみあくじょう)の面。中央が「鞍馬天狗」「是外」などで使われる癋見悪尉(べしみあくじょう)の面。右端が「葵上」「道成寺」「黒塚」などの鬼女に使われる般若(はんにゃ)面である。
  
              あ セツブン1草

 いま、ヴェランダに節分草が咲いている。節分の頃に咲くので付けられた名前だが、これは旧暦でのことだから、野生の花が見られるのは来月も半ば過ぎだろう。東京近郊でも群落が普通にみられたが、最近は乱獲で少なくなってしまった。これは先日、いつも山野草を求める信濃町の「花㐂多」で見つけたもの。高山植物のような可憐さに惹かれて持ち帰った。キンポウゲの仲間だから球根を大事に育てれば来年も花を付ける。





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by 杜の小径  at 01:19 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

如月の詩(うた)

                aaa.jpg

      群れ下りて
      土に還る寒雀
      あのなかに
      十二使徒がいる
      ユダがいる


      二羽、五羽、三羽
      みな
      飢えているのか
      眼差遠き   ■眼差=まなざし
      如月の鴉


      如月の
      藍窮まれる
      天のした   ■天=そら
      翔ぶ構えして
      風見鳥 


      枯れ尽くし
      なお一掬の水に立つ ■一掬=いっきく
      蓮
      命の終わりは    ■襤褸=らんる
      襤褸さえ美しい


      ザクッ ザクッ
      踏みつける
      霜柱
      ここからは
      独りで行く道


      遥かなる
      一樹を目指し
      冬野を行く
      同行二人の
      道連れは 風


      命終えて
      宙の闇に消える  ■宙=そら
      流れ星
      人は それにさえ
      願いを懸ける





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