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白馬から タダイマ!

        ザゼンソウ  ミズバショウ
 
 時ならぬ雪に追い立てられるように、白馬から戻りました。白馬一帯は例年になく残雪が深く、吹き溜まりでは1㍍を超えるほど。特に15日は前夜半から雪が降り出し、標高1200㍍のヒュッテ付近では零下3℃を記録しました。
 
①コピー ~ はく甲斐駒 ② ③ ④はく小蓮華、乗鞍⑤はく五竜、唐松 武田菱

 往路は絶好の天気で、高速道の最高地点 富士見SA付近では右手に八ヶ岳連峰、正面に北アルプス、左手に南アルプスと180度のパノラマを堪能できました。何度も通ったみちですが、あんな経験は初めてです。白馬村に入ると五竜岳の正面に、くっきりと武田氏の紋・四つ割菱が見えていました。
  (写真:上段左から南アルプス連峰の鳳凰三山と甲斐駒ケ岳及び八ヶ岳連峰) (中段左から北アルプスの針の木岳、蓮華岳、爺ケ岳、鹿島槍ヶ岳及び小蓮華山、白馬乗鞍岳)(下段左から五竜岳、唐松岳及び五竜正面に見えた武田菱の雪形)

                 にほめ

◇夢の山小屋

 宿は、いつもの「にほめの一歩」。オーナーの渡辺浩平さんに言わせると“夢の山小屋”だそうです。絢爛豪華に非ず、瀟洒に非ず、かと言ってボロに非ず。雰囲気を筆舌で表し難いです。浩平さんは口が悪い。「名人の淹れたコーヒー飲みたいか?」てな具合。顔も悪い。でも男より女性客が多いのは、自然に関する知識が深いからでしょう、きっと。小屋の裏は唐松と赤松の林で、今だとミズバショウが咲いています。
  アカゲラ アオゲラ コゲラ

  アトリ ウソ1 リス

 小屋の周りに餌台が置いてあるので、上のような野鳥が見られます。リスも現れます。夜になれば裏の林からフクロウが呼びかけます。
 (写真上段:左からアカゲラ、アオゲラ、コゲラ 中段左からアトリ、ウソ、イカル 下段左からシメ、シジュウカラ、リス)

              コピー ~ 湧水


◇姫川の源流

   北には青い海がある
   姫川は山の憂鬱を
   日本海へ吐き出している
 
 “郷愁の詩人”田中冬二の詩が好きで、白馬へ来るたびに姫川の源流に寄ります。姫川は白馬山麓の佐野坂を源流とし、標高2000㍍を超える白馬連峰の伏流水を源とする平川、松川などの支流を集めながらフォッサマグマ(糸魚川・静岡構造線)に沿って南から北へほぼ一直線に流れ、糸魚川で日本海に注ぎます。古事記には糸魚川市付近を治めていた豪族の娘、奴奈川姫(ぬなかわひめ)に大国主命が出雲から求婚しに来たという神話が残されており、この奴奈川姫が姫川の名の由来とされています。
                (写真:姫川の源流地点)

       ふくじゅそう 雪の源流

◇親海湿原(およみしつげん)

 姫川源流から歩いて10分ほどの処に親海湿原があります。1000㍍近い標高にもかかわらず、例年なら高山帯に生育するホロムイソウなどの珍しい湿原植物が見られます。しかし今年は全面が深い雪に覆われ、立ち入ることさえできません(写真左)。来月になればミツガシワの群落が見られるでしょう(写真右)。
  ホロムイソウ カキツバタ サワオグルマ サワギキョウ
 
6月になればカキツバタ・サワオグルマ・サギスゲ、7月はコオニユリ・サワギキョウ・コバギボウシ・ドクゼリなどが湿原を彩ります。その頃に、また訪れることにします。
     (写真:左からホロムイソウ、カキツバタ、サワオグルマ、サワギキョウ)

     ヤマセミ    コブシ


◇犀川上流へ
 
翌日は信濃川の支流、犀川上流を訪ねました。信州の民謡「安曇節」の一節に ♪槍で別れた梓と高瀬 めぐり逢うのが押野崎♪ とあるように、槍ヶ岳山頂から南に流れる梓川は途中で良井川が合流して犀川になり、更に高瀬川と合流して千曲川となり、新潟県に入って信濃川となり日本海に注ぎます。
 此処を訪ねたのは、ヒュッテのオーナー浩平さんが「ヤマセミがみられるかもしれない」と言ったから。ヤマセミは長い間追い続けている鳥で、昨年も南アルプスまで出かけましたが鳴き声しか聞けませんでした。浩平さんの案内でダム湖の周辺を2時間ほど探した結果、ダムを横切る姿を1枚だけ撮ることができました。山桜の蕾は未だ硬かったですが、渓谷に差し出た辛夷の蕾は綻びかけていました。
           (写真:左からヤマセミ、辛夷の蕾)

    唐松岳遠望   ヤドリギ

    ジンジャーマン d3b6261b.jpg f3760c5a.jpg

 帰途、大峰高原へ。ガスで霞んでいたが唐松岳、天狗平、不帰の嶮の遠望が見事でした。
 モズ、ジョウビタキ、ハクセキレイなどの野鳥を見ましたが、思いがけなくベニマシコに逢えたのがいちばんの収穫。20㍍を超える栗の木に、デコレーションのようにヤドリギが寄生していました。秋なると赤い実を狙ってたくさんのヒレンジャクがやって来るd(ょう。
 高原近くのレストラン「ジンジャーマン」で晩い昼食。店内に古い民俗楽器を飾った不思議な雰囲気の店。浩平さんの先輩のみせだという。焼きカレーの味が絶品でした。
  (写真:上段左から唐松岳の遠望、栗の木に寄生したヤドリギ、下段はジンジャーマンと焼きカレー)

 2010_0413_131305-DSC_0133.jpg 2010_0413_133725-DSC_0153.jpg 2010_0413_131947-DSC_0136.jpg
 
◇塩の道(千国古道)
 千国街道の地蔵峠に行ってみました。オクチョウジザクラ、ミスミソウ、イワハタザオなどの珍しい花を見るためです。
 日本各地には、海と山を結ぶ道がたくさんあります。これらは海岸部から塩を運んだことから「塩の道」と称されました。その中で最も古く長い塩の道が、日本海沿岸の糸魚川から御前に達する総行程350㌖kの「塩の道」です。 古代には、この道はヒスイや黒曜石も運んでいました。このうち越後の糸魚川から信州、松本までのおよそ120㌖の道は「塩の道・千国街道」と呼ばれています。日本海から直ぐに急坂となるこの道は,北アルプスを越える峻険な道です。それには千国越え、石坂越えなど六つのルートがありましたが、最も峻険な道は地蔵峠越えのルートで、地元では大峠と呼び、戦国時代は武田・上杉の合戦にまつわる歴史の道でもありました。地蔵峠の頂は千国街道の最高地点で、標高1215㍍あります。


オクチョウジザクラ
ミスミソウ ニリンソウ1 イワハタザオ

 急坂を登りながら双眼鏡で探すと、上の方に霞のように咲いているオクチョウジザクラを見つけました。しかし、そこまで辿り着くのがたいへん。ジグザグの急坂を登り、更に道の無い崖を登って、やっと花に辿り着くのです。このように苦労はしましたが、チョウジザクラの他にミスミソウ(一名 雪割草)、イワハタザオなどを撮ることができました。チョウジザクラの名前は萼筒が長く、花を「丁」の字に見たてたもの。ミスミソウは葉が三角形をしているから。イワハタザオは茎が旗竿に似て、岩場に生える草だから。
(写真:上段はオクチョウジザクラ、下段は左からミスミソウ、ニリンソウ、イワハタザオ)

片倉館 かたくらふ

◇高遠は断念

   何をせよとや ふたたびの春の雪(杜)

 上諏訪温泉 片倉館で旅の疲れを癒す。ここは昭和2年にシルクエンペラーといわれた片倉兼太郎が欧米並の文化交流施設をと建設したもので、美術館、大浴場が併設されている。特に千人風呂と呼ばれる大浴場が有名で、深さ1.1m。浴槽底には玉砂利が敷かれ、程よい刺激を足の裏に与える仕組みになっている。上諏訪で一泊して、高遠のコヒガンザクラをを訪ねることにする。ところが翌朝は、またも大雪。これでは とても杖突峠は越えられないと高遠行きを諦め、ひとまず東京へ引き上げました。来週は暫く人間ドック入りですから、雑用を片付けて今週中に高遠を訪ねようかと思っています。桜は、もう散り始めているでしょうが…。
             (写真:左から片倉館、同館の千人風呂)









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by 杜の小径  at 14:37 |  日記 |  comment (4)  |   |  page top ↑

白馬岳へ

                コピー ~ 白馬2
  
 明朝早く発って、白馬岳へ向かいます。とりあえず落倉高原の小屋「にほめの一歩」がベースキャンプです。小屋のオヤジ浩平さんによると、今年は未だ雪が深いとのこと。現地での行程は山を熟知した彼まかせです。帰途、ちょっと寄り道をするので、帰京は週末になるでしょう。
 PCも携帯も持参しないので、しばらくの無沙汰になります。良い写真でも撮れたら、来週にでもご報告します。では…。
    
 コピー ~ 白馬
                         コピー ~ 白馬1

                                 
(写真上:左から、白馬鑓ヶ岳、杓子岳、、白馬岳) (写真下:白沢峠から後立山連峰の五龍岳、唐松岳の夕景を望む)-いずれも昨春撮影したものです。





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by 杜の小径  at 21:00 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

深渓・巨杉・老桜と逢う旅

    表紙2      表紙3

 木曽三川(きそさんせん)という言葉をご存知でしょうか。濃尾平野を流れる木曽川、長良川、揖斐川の総称です。この三つの川は河口に近づくにつれて互いに接近し、堤防一つで仕切られた状態で伊勢湾に注ぎます。今回の旅は三川の源流を踏査しようという目的でしたが、時間の関係で主に長良川上流に絞って歩きました。

    板取川 
 
 同行はTさん。私の大昔の教え子のご主人で、三菱系の病院にお勤めの方です。昔は銃猟に凝っていましたが数年前から仏心に目覚めて銃を捨て、最近は専ら釣竿とカメラを持って出かけています。我が家の冷蔵庫は年じゅう山河の珍味で溢れていますが、その補給源はTさんです。今回の旅もTさん宅がベースキャンプ。いつもは優しい旦那さまですが、山遊び、いや自然観察の時は「銃後の妻」を命じているようです。

     千本桜 道三の桜

 東海・中部地域の山々はTさんと何回も訪れていますが、今回の山行きは特に感動的でした。俗に筆舌に尽くし難いと言いますから、レポートはなるべく写真で行うようにします。
 早朝、三川の中央を流れる長良川の堤防に沿って北上。板取川の上流・洞戸で案内役の永家さんと落ち合いました。ウェントワース・ミラー似のイケメンで、地元の名門・永家氏の一族。

  カラクリ   ウスバサイシン
                 ヒメギフチョウ


 永家さんの庭に咲いているカタクリを写していると、通りすがりの老人が、「これは色が悪い。こっちにたくさん咲いているよ」と先に立って歩き出した。道の無い崖のような斜面を猿のように登り、こっちを見下ろしている。さっきまで間伐をしていたらしく、数本の杉が伐り倒されていた。老人がその下枝を片付けると、下からカタクリの群落が現れた。その一つに留まり、ヒメギフチョウが蜜を吸っていた。ヒメギフチョウの近縁種ギフチョウは1883年(明治16年)4月24日、名和靖によって岐阜県郡上郡祖師野村(現下呂市)で採集されました。この近くです。近年は広 葉樹林の減少から幼虫の食草であるカンアオイが激減、チョウ自体も絶滅危惧種となっています。ヒメギフチョウは更に少なくなっています。近くを探すと、ウスナサイシンも直ぐ見つかりました。根元を探ると暗紫色の花も咲いていました。

コゴミ あああ
タラの芽
 
 このあいだTさんは永家さんと山菜を探したようですが、未だ時季が早くタラの芽、コゴミなどを少し採り、あとは永家さんの庭でシイタケを採りながら私を待っていました。

  野麦峠

 板取川に沿って一気に登り、滝波山の絶景ポイントへ。あいにくガスっていて写真では見にくいですが、左側の山が乗鞍岳、右が御岳、その真ん中辺りが野麦峠です。

クレソン  サンショウウオ

 帰路につき暫く下ると道路脇から滾々と清水が湧きでている場所がありました。流れる湧水に沿って緑の帯のように見えたのは、なんとクレソンでした。昨年、白馬山麓の姫川の水源にも大量のクレソが茂っていましたが、なぜ高山に西洋野菜が繁茂しているのか理由は謎です。周りの土が荒らされているのは、昨夜イノシシが木た証拠だということでした。クレソンを食べるのではなく、根を掘り起こしてミミズなどを食べるためとのこと。何となく根元を探ると、チラリと動くもの。その場ではカジカの稚魚ではないかということでしたが、先ほどTさんから電話が入って、サンショウウオの幼生かもしれないとのことでした。

川連渓谷1 渓谷2

  川連渓谷3

 そこから500㍍ほど下った処が、川連渓谷(かおれけいこく)。50㍍もある断崖の下をコバルト色の水が流れていました。昨年はこの場所で2名が事故死したと聞いて、高所恐怖症の私は急いで断崖から離れました。写真のピントが甘いのは、そのせいです。

株杉1   株杉2

株杉3  株杉4

株杉5  株杉6


 蕪山の麓近くまで下りたとき、永家さんが「面白い処へ案内しましょう」と仰った。30分後、私は声を失ってその前に佇んでいた。写真をご覧戴きたい。屋久島の縄文杉そっくりの杉の巨木が並んでいた。あちらは1本だけだが、ここはざっと数えても30本以上。しかも極めて限られた狭い場所に密集している。自分の庭のようにこの辺りを歩いているTさんも、噂には聞いていたが見たのは初めて、どうしてこんな奇景が有名にならなかったのだろうと不思議がっていた。

    淡墨桜
  
 陽はだいぶ西に傾いていたが、思い切って尾根を二つ越えて根尾川の渓谷の淡墨桜に向かう。ウキークディーで時刻も夕方ということで見物客は意外に少なく、比較的ゆっくりと観ることができた。近くに同種ノサクラが10本ほど植えられ、ずいぶん賑やかな感じがする。新しく植えたのか、それとも若木が大きくなったのだろうか。いずれにしても、前回、前々回のときは気付かなかった。やむを得ないことかもしれないが、毅然とした孤高の印象は薄くなってしまった。

















 







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野川好日

                  広重画

 桜の季節になると友人などから良い処にお住まいですねぇと、よく言われます。小金井の桜は江戸時代から有名で、『江戸近郊道しるべ』(村尾下嘉陵著、1819刊)『江戸名所花暦』(岡山鳥著、1827刊)、『江戸名所図会』(長谷川雪旦絵、1834刊)など有名な名所案内には必ず登場しています。ところが私はこの町に住んで7年、意識して「小金井の桜」を見物したことはありません。小金井公園の桜は素敵ですねぇと言われても、私自身は桜の季節に其処を訪ねたことがないのです。ただ、マンション近くの新小金井街道、野川河畔などの桜は、通りがかりに見ています。
 昨日は、野川周辺をぶらついてみました。両岸に植えられたヤマザクラ中心の桜も見事でしたが、プロムナードのハナニラ、コデマリ、ミツマタ、モクレン、シュウカイドウ、ベニバナマンサク、地味な花ではアオキ、ヒイラギが咲いていました。

 駅から離れたこの辺りは観桜客が殆ど来ず、親子連れや、ザリガニ獲りの子どもたちだけ。花の下で、ゆっくりと半日を過ごしました。あっ、そうそう、野川の畔でイタドリ12をゲットしました。(「杜の小径」にも関連記事)

 間もなく木曽川源流を訪ねる旅に出かけます。現地からの情報では根尾谷の淡墨桜も三分咲きとか。日程の都合がつけば立寄るつもりです。昨日のことは、取り急ぎ写真だけアップしておきます。

  野川のサクラ    遊歩道ノサクラ

 2010_0406_140319-DSC_0214.jpg     2010_0406_141442-DSC_0239.jpg
2010_0406_141456-DSC_0240.jpg 2010_0406_140534-DSC_0226.jpg ママ~、まってぇ~

  (版画は広重描く『小金井橋夕照』。他の写真解説はmixi の「フォト」をご覧下さい)










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三鬼忌(さんきき)

           さんき

   美作の茶屋の麦飯 三鬼の忌(節子)

   山の端に雲とどまらず三鬼の忌(杜)

 4月1日は、西東三鬼(さいとう さんき)の忌日。上掲句のように、三鬼は美作(岡山県)の津山で生まれました。本業は歯科医でしたが、患者に勧められて俳句を始め、「師と季語を持たない新興俳句の旗手」と呼ばれる存在になりました。1940年(昭和15年) 京大俳句事件に連座、特高(特別高等警察)により治安維持法違反で検挙されますが第1句集『旗』は伝統墨守の俳界に衝撃を与えました。

 1962年(昭和37年) 4月1日、戦争を批判しながら昭和初期の俳句界を彗星のように通り過ぎた三鬼は、胃がんのために61歳で逝去しました。以下に、三鬼の代表句を挙げておきましょう。

   水枕ガバリと寒い海がある(『旗』所収)

   算術の少年しのび泣けり夏(〃)

   右の眼に大河 左の眼に騎兵(〃)

   おそるべき君等の乳房 夏来たる(『夜の桃』所収)

   秋の暮 大魚の骨を海が引く(『変身』所収)





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春を食べる

         わらび1    ツクシ

   その人の昔に触れず花薊(杜)    *薊=あざみ
  
   蕗の薹 地も身ごもりの季となり(〃) *季=とき
   
   花あけび 人の愁ひを知るごとく(〃)
   
   二つ三つ ふくらむ莟 花菜漬(〃)  *莟=つぼみ
   
   生きるとは傷つくことか土筆摘む(〃) *土筆=つくし

 上に拙作の一行詩を並べてみました。さて、この5句に共通することは何でしょうか。 いずれも花の句? ブ~、違います。最後の土筆はスギナの地下茎から伸びた胞子茎(芽胞)で、花ではありません。正解は、いずれも食べられる山菜だということです。

 私が人一倍春を待つのは寒がりのせいでもありますが、より大きな理由は山菜を食べたいからです。いや、田舎育ちからかな? まあ、どっちでもいいや。とにかく山菜が好きなんです。でも、女々しいなどとは言わないで下さいね。昔、山菜採りは男女を問わず貴族の間でも盛んに行われていたんですよ。例えば万葉集には天智天皇の皇子、志貴皇子(しきのみこ)のこんな歌が載っていますよ。

  石(いわ)ばしる垂水(たるみ)の上の早蕨(さわらび)の萌え出づる春に なりにけるか
    *垂水=滝のこと  早蕨=芽を出したばかりの蕨
 
 今回の旅でも故郷の山野を歩いてみましたが、さすがに山菜採りには早過ぎたようです。で、豊橋から浜松に抜けるバイパス沿いの道の駅「潮見坂」で、土筆、蕨、菜花を求めてきました。菜花とは菜の花の茎を短く太くして莟を多く付けるように改良した園芸品種だから、正確には山菜とは言えないかもしれませんね。

 今日、それらを使って山菜ご飯を炊いてみました。レシピを簡単に紹介しておきましょう。①蕨は木灰(無い場合は糠でも可)で15ほど茹でてアク抜きをする。②土筆は関節にあるギザギザの袴を取り、軽く茹でる。③3合の米を洗い、米と同量の水に1時間ほど浸す。④炊く時は底に5㎝ ほどの昆布を敷き、乾燥シジミ70g、刻んだ油揚げ2枚分、2㎝ ほどに刻んだ ①と②を加え、更に醤油大匙2杯、酒少々を加えれう。⑤炊飯器のスイッチが切れたら、20分ほど蒸らす。⑥蒸し終わったら昆布を取り出し、残りの具を満遍無く掻き混ぜる。次に7分で出来る花菜漬を紹介します。①菜花は水洗いして根元を揃えておく。②熱湯を沸かし、それに花菜の根元を30秒、葉先を5秒浸してから水に漬ける。③3㎝ほどに刻んだら、塩をまぶしビニール袋に入れて揉む。これで香り豊かな即席漬の完成です。

【留意点】 ①山菜ご飯は醤油を入れ過ぎると焦げ付くので薄味に仕上げること。②油揚げは予め熱湯で油抜きしておくと、さっぱり仕上がる。③乾燥シジミが無い時は、浅蜊の剥き身、刻んだ蛸、剥き海老などダシの出る魚介で代用してもよい。

【注意点】 ①山菜採りでは、個人所有の山や入会権のある管理地へは無断で立ち入らないこと。②よく知られた山菜以外は採らないこと。例えば二輪草の若葉はお浸しにすると美味ですが、花が咲かないうちは猛毒のトリカブトにそっくりで、間違えて命を落とした人もいる。知らない野草は取らないように、くれぎれも注意しましょう。秋の茸も同じです。
 
               (写真:左から蕨、土筆)






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