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叶清游さんの闘癌歌集『大切な時間』

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 夕刻、散歩から戻ると郵便受けに分厚い書籍小包が届いていた。叶清游さんの歌集『―癌との戦い―大切な時間』だった。三回に及ぶ膀胱癌の手術…絶望と微かな希望の狭間で揺らめく気持ちが、叶さん独特の硬質な詩体で赤裸々に詠われている。5時間ほどかけて一気に読み終えた。実は明後日に博多湾の能古島で開かれる師・檀一雄先生の花逢忌に出席するため、今夕東京を発つ予定でいた。が、出発を延ばし私はいま、その読後感を書こうとしている。この感動を、どうしても今日のブログに残しておきたいと思ったから。

   愚問だと
   判っていても
   医師に聞く
   私に残された時間は
   どれだけか

 叶さんは「あとがき」で、「この歌集は、いつか訪れる別れの日の私からの<便り>」と書かれている。「残された時間」を医師が言うはずもなく、叶さんは次のような心境になる。

   まっしぐらに来た
   いま
   老いの
   時空で
   一呼吸する。

   明日が
   終焉の
   時としても
   今宵は
   静かなものだ

 叶さんの本名は和田静夫。社会党の重鎮として参・衆議院議員を経験し、将に「まっしぐら」に生きてこられた。しかし三回に及ぶ手術は人生の修羅場を経験してきた叶さんを、時には八十三歳の孤独な癌患者に戻してしまう。

   手の甲を眺める
   幾星霜を経た
   手の甲を眺める
   癌床に血脈の浮く
   手の甲を眺める

   癌除去後の体調の衰えが
   思考を妨げる
   同じ処に止まって
   一つの思いに明け暮れる
   此岸は迷いの里
 
   生きたい
   生きたい
   死にたくない
   死にたくない
   癌と向きあう

 ともすれば萎えようとする心を支えたのは、叶さんのバックボーンとなっている反戦の信念と新しい政治体制への期待だったのかも知れない。闘病詠の中に、こんな歌も散見される。

   硫黄島に
   戦死者の臓物を
   身に擦りつけ
   死体のふりする
   地獄絵図

   八月三十日は
   日暈が現れ 
   一票が
   白虹となり
   日を貫く

 *村瀬注:白虹とは太陽の周りに現れる日暈(ひがさ)のこと。「白虹日を貫く」は司馬遷の『史記』に見える言葉で、革命を指す。この歌は民主党の圧勝を詠ったもので、叶さんの博学ぶりと革新一筋に歩まれてきた信念の強さが窺える。
 さまざまな心の葛藤を乗り越えて、いま叶さんは透徹した悟りの境地に在るようだ。次の作品は、読む者をして崇高な気持ちにさえ導いてくれる。

   癌
   知れば知るほど
   死が近くなる
   この間(ま)こそ
   生きる場だ

   癌との戦いは 
   他者に委せられない
   私が
   私と
   戦う

 叶さんとは、吉祥寺歌会で数年間ご一緒だった。一口に言って温顔寡黙の士である。叶さんの先輩・鈴木茂三郎さんが学生時代に駆落ちした先が私の親戚の蒲郡千日寺だったという縁もあって、個人的にも可愛がって戴いた。また偶然にも現在ウイーンでピアニストとして活躍中の篤子お嬢さんが幼い頃、私の知人の桐生トシ子さんに教えを受けたことから叶ご夫妻と桐生さんのコンサートにご一緒したり、その篤子さんの凱旋コンサートにご招待戴いたりしたこともある。私が「五行歌の会」を離れてからも小生のブログ『杜の小径』をご愛読下さっていたようで、時どきお電話を戴いたりした。しかし迂闊にも、私は叶さんのご病気のことには全く気付かなかった。今にして思えば、あの電話はご病床からだったかも知れない。そう思うと慙愧に堪えられない。一日も早くご本復されることを心からお祈りする。
 
 この歌集を、できるだけたくさんの方に読んで欲しいと願っています。歌集をご希望の方は村瀬まで、ご一報下さい。僭越ながら先着二十名の方に謹呈致したいと思います。
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