スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at --:-- |  スポンサー広告 |   |   |  page top ↑

ハロウインって?

                3200030945[1]

「あなたにとってハロウインって、どんな日ですか?」
 リポーターの質問に、若い母親が答える。
「一年でいちばんτ切な日です。」
 続いて質問は父親と小さな坊やに向けられる。
「そうですね、いちばん楽しい日ですか。」
「う~ん、・・・う れ し い ひ」
 今朝のテレビ、場所はデズニーランドの門前でのインタビューである。


image[3]

 いちばん大切で、いちばん楽しい日という言葉が耳に残った。お正月よりも、クリスマスよりも大切な日って、どんな日なんだろう。私はハロウインについて、カボチャのランターンを飾る日くらいの知識しかなかった。早速、ウィキペディアで調べてみた。「ヨ―ロッパを機源とする民族行事で、カトリックの諸聖人の日(万聖節)の前晩(10月31日)に行われる。諸聖人の日の旧称"All Hallows"のeve(前夜祭)であることから、Halloweenと呼ばれるようになった」とあったが、何のことやらよく解らなかった。
 私は決してナショナリスト、国粋主義者ではないが、日本人が雛祭、端午の節句、お盆などの伝統的行事を疎かにして、外来のわけの判らない行事を「いちばん大切な日」と言う若い人たちに聊か抵抗を感じる。
20080817083450[1]

 話は跳ぶが、外来種といえば いま外来生物の生態系への影響が危惧されている。ルアーフィッシングのために輸入したブラックバスが湖沼のワカサギや稚アユを食い荒らし、沖縄では毒蛇のハブを退治するために輸入したマングースがヤンバルクイナなどの天然記念生物を襲って問題になっている。こうした直接的な被害のほかに生態系への影響も憂慮されている。そのために「外来生物法 -特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律-」という長ったらしい法律を制定しているがなかなか実効を挙げていない。

 再び話を戻すが、外来生物の規制のほかに外来行事の過度な宣伝も、少し自主規制してもらえないだろうか。浅草の街をサンバの踊り子が練り歩いたり、ソーラン節がジャズにアレンジされて通りを埋めているのを見ると、此処はどこの国かと思わされる。全国のお母さん、せめて節句には雛人形や武者人形を飾り、お盆には迎え火を焚いて胡瓜馬で祖霊をお迎えしてください。それが、いちばん大切なことではないだろうか。

 あっ、遼くん,一打差で二位かぁ…残念!  ほんに今夜はハロウイン。では、どこかで一杯やってこようっと。Bye-bye


スポンサーサイト





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 17:14 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

 近事片々―泡盛・ヒレ酒、そして…

 前〃夜は、某同人誌の編集会議。これまでオブザーバーとして時どき寄稿してきたが、十回目を出すに当たり内容、体裁を本格的なものにしたいということで、その指導を依頼されていた。この日は幹事に私のファンダメンタルを示し、全員の同意を得た。その後が、いけなかった。沖縄料理店で泡盛をご馳走になりながら何かひっかかるものを感じていたが、けっきょく帰宅した時は日付変更線を過ぎていた。

 PCを開くと、『南の風』の高原氏から原稿の催促。飲みながら気になっていたのは、このことだった。締切りは、とうに過ぎている。エッセイと詩8篇、今日中にお願いしたいと、丁重だが言外に厳重な気配を感じさせる申し入れである。当然だ。酔いも一瞬に吹っ飛んだ…とはいかない。シャワーを浴びてから朝までかかって詩「鴉よ」8篇はやっと仕上げたが、エッセイのほうは勘弁してもらう。
  2010_1029_170021-DSC_0475.jpg

 昨夜は「くろしお会」。中央線沿線に住む小学館ОB有志による飲み会で、もう十年くらい続いている。「くろしお会」といっても海とは関係ない。最初に集まった飲み屋の名前に過ぎない。そんな会だから、都合のよい者が月に一回集まって気楽に酒を飲むだけの会である。昨日は会員の小笠原さんが所属する木曜会の展覧会が国分寺・司画廊で開かれていたので、取り敢えず其処に集合。「短パンをはいた女」(写真)ほか2点を出品されており、なかなかの傑作。「毎回必ず女性の絵を描くねぇ」と冷やかしたら、今回はお嬢さんがモデルという返事だった。

                      2010_1029_170400-DSC_0481.jpg

 この日は小学館ОBの「小友会」の総会の日。来る筈だった岩井元常務は、小友会の会長だから抜けるわけにはいあかない。というわけで、集まったのは前記小笠原さん(元『教育技術』編集長)のほかは東樹詞さん(元『幼稚園』編集長)、滑川さん(元『小学三年生』『絵本』編集長)と私の4名だけ。(写真:左から滑川、小笠原、東樹各氏)

 二次会は「天松」。この日は展覧会場に集まったが、いつもは、この店が最初の集合場所になっている。秋田の郷土料理と天麩羅がウリの店だが、最近は旬のものは大抵揃えてある。秋田弁丸出しの女将の人柄が良いのと、予約を入れれば奥の個室を取ってくれるのが気に入っている。この夜のメインはスッポン鍋と鮎。酒はヒレ酒だったが、これが強力。女将がマッチで火を点けると青い炎を上げて燃えるほどだ。ところが口当たりが
いいから酒量が進む。ムシが知らせたのか、二次会以降はエスケープしてタクシーで帰宅。

 予感は当たった。高原さんからメールが来ていて、一部に4行の詩が入っていたという。五行詩が4行では仕様が無い。さっそくお詫びと訂正のメールを送る。実は友人に贈った本の扱いで彼にちょっと文句を言ったばかりだが、今度のことで攻守処を変えてしまった。当分、彼には頭が上がらなくなった。

 




                




※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 08:22 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

最低点だった自作への想い

                image[1]

 一昨日は、麹町倶楽部の例会であった。以前は翌日に入賞した全作品を紹介していたが、このところ心に残る作品だけをブログで取り上げている。皆さんはたぶん、自分が入賞しないからだと思われていることだろう。事実はその通りだから、そう想われても仕方がない。でも、それはちょっと、いや大分ちがう。ここのところを上手く説明しないと却って誤解を招きそうだが、一度は言うべきことだから誤解を懼れず書いてみる。

 これは以前から事あるごとに発言してきたことだが、私は歌会で参会者が点数で他人の作品を評価し、輸贏を争うという遣り方は necessary evil(必要悪)だと思う。初心者を交えて歌会を活性的に運営する手段として点数評価は必要とは思うが、それが持つ矛盾と非合理性については強い自覚が必要だという意味である。たとえば初めて歌会に参加した新人が、とんでもない作品に最高点を入れる場合もある。或る意味で「素人」の評価が新鮮で、むしろ正鵠を射ている場合もあるだろうが、統計的に見て必ずしも文芸的に正確な評価でない場合のほうが多い。短歌の歌会や俳句の句会でも互選は行われる。しかし、それは参考であって、参会者が最も重要視するのは主宰またはそれに代わる人の選に入るかどうかである。「五行歌」には、それが無い。それが民主的だと言う。文芸の世界に民主的などという言葉は馴染まない。極言すれば芥川賞、直木賞を大衆投票で決めるようなものだ。結論的に言うと、指導(添削)と実力のある指導者による的確な評価を放棄した集団は、もはや文芸結社とは言えない。

 じゃあ、どんな五行歌が良いんだというご質問が出ると思う。答は明快である。詩としての内容・形式を整えた作品が良いのである。嘗て「五行歌の会」では「五行歌は歌であって詩ではない」というのがプリンプシルであった。主宰が五行歌で世界を制すると英語圏への進出を公言した際、私は、その意気を壮としながらも、詩でない五行歌をどう英訳するのだろう。5line songかな、詩ではないから、まさか5line poemとは訳せないだろうとブログに書いた。ところが蓋を開けたら、そのまさか5line poemとなっていた。その代りプリンシプルが、いつの間にか「五行歌は5行で書く詩である」に変えられていた。大主宰が、よもや辺境のブログと呼ばれる私ごときのブログをご覧になったのではあるまいが、面妖な経緯ではある。(閑話休題)
 
 私にとっては友人と言うよりも師に近い詩人・内村剛介は「詩とは反吐(へど)である」と言った。詩は作ろうとして作るものではなく、内に溜まり昇華した想念が自然に湧き出すもの、それがポエジーだと私なりに解釈し、詩作ノモットーとしてきた。そういう私からみると、最近の五行歌は寂しく哀しい。狂歌、川柳もどきは未だしも、地口のレベルにも達しない吉本協業的以下のギャグや語呂合わせが幅を利かせている。とき将に初冬、寒心抑えるすべも無い。
                 dou01111.jpg

 さて、ここまで来たら私の恥ずかしい作品を(自分では毫末も恥ずかしいと思っていないが)を紹介しないわけにはいかないだろう。将に俎上の鯉、皆さんの忌憚の無いご批判を仰ぎたい。

   【自由詠】

   雀は えらい 
   熊も、蜂も山椒魚も
   耕さず、蒔かず刈らず
   炊ぐこともなく    ■炊=かし
   生きていく

   【題詠/実り】

   一段目は汗
   三段目の涙
   いちばん上で祈り
   苦労積み上げた段々畑
   十俵三斗の稲 実る

 自由詠について、麹町倶楽部のHP上で長崎のニシベさんは「荘子?」と問われた。私は以下のように答えた。
―「万物斉同」という点では荘子に似ているかもしれませんが、本作品は違うものです。短く説明できませんが、壮子のパラドキシカルな論理とか反世俗的な隠遁思想とは似て非なるものです。「不耕不蒔而不偸」は、小生独自の生きる規範、言わば物指です。神は信じられませんが「生」の不可思議さには、常に敬虔な気持ちを持っています。実は、この作品は歌会の最下位でした。でも小生は恥ずかしいとは思いません。たった一人でも理解してくれた人がいたこと、それは異端者の無上の歓びです。―
 詩形については、読点の遣い方を工夫したつもり。最低点だったが一人だけ2点入れてくれた。じぶんとしては、それで満足している。

 題詠(実り)については、未だ反応は判らない。題詠は突き上げるポエジーで書きあげる詩というより一種の「言葉遊び」に類するから、詠題の消化法とか措辞など、どうしても技巧的にならざるを得ない。そういう前提でお読み戴きたい。
 内容に解説の要はあるまい。詠題「実り」を段々畑という場を借りて展開したものである。苦心の箇所は、「汗」「涙」「祈り」を段々畑の石垣に仮託して「苦労積み上げ…」とした点。1,2,3句の助詞に変化を持たせた点。結句は収穫を前に「今年は十俵を超しただろうか」というお百姓の感慨を「十俵三斗…」と具体的に表現してみた。段々畑の稲と違って格別の作品とは思わないが、題詠としては、まあレベルには達しているかなと思っている。
  




※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 08:33 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

「後の月」考 

                                                                     0f5d724733a45e14.jpg

 午前三時五十分、月は中天に在った。空は晴れてはいない。処々に東へ流れる雲の塊は在るが、西の方やゝ南寄りの雲の切れ間に望(もち)の月が輝いている。今日は陰暦九月十三日、この日の月を後(のち)の月と呼ぶ。今年最後の名月ということから名残の月と謂うこともある。
   
   木曽の痩せも まだなほらぬに後の月(ばせを)

 これは江戸中期に各務支考が編集した『笈日記』に載っている芭蕉の句。意味は木曽路の旅で痩せた体力が未だ回復しないのに、もう九月十三日になってしまったというもの。下巻の有名な「草の戸も住みかはる世や雛の家」に続いて三月の箇所に載っている。これだとさっきの説明に合わないが、この句には「仲穐の月はさらしなの里、姨捨山になぐさめかねて、猶あはれさのめにもはなれずながら、長月十三夜になりぬ」と但書が添えてあるから、間違いない。「仲穐の月」の「穐」は「秋」の原字である。古代の中国では収穫の時期、亀の甲羅を焼いて作物の出来不出来を占った。だから穀物を表す「禾」(のぎへん)の横に「亀」を書いて秋の意味とした。現在でも芝居の世界では「千秋楽」でなく「千穐楽」と書く。小屋で火はご法度だし、亀のほうが縁起が良いからである。(閑話休題)←この言葉は嫌いだ。どうして私はいつも、すんなり主題に入って行けないのだろう。尤も、それができれば今ごろは売れっ子の商業作家になっていただろうが。

                          IMG_3712.jpg

「後の月」を見るために いつもより早く家を出た。すこし風があって頬の辺りが冷たい。この風で雲が流されたのか、月がよく見えるようになった。さすがに星は見えないが、月の30度ほど南寄りに金星が見えはじめた。こうなると欲が出て、プロムナード沿いの街灯が邪魔になる。それと、国分寺か府中の街の灯りだろうか、西空を染める灯りも気になる。

        dsc_1827[1]

山でビバークしたとき観る夜空の美しさは、平地では想像できないと思う。周りが漆黒の闇、おまけに空気が澄んでいるから手の届きそうな処で月や星が光っている。太古の人たちは、こんな月を見ていたんだ。その畏怖と憧憬の中から神話や伝説が生れたのであろう。現代人が都塵にまみれた月や星を眺めても、所詮は古代人の感覚をトレースしているに過ぎない―そんな気がする。月を詠むについても、然りである。 

                                     220px-Diane_de_Versailles_Leochares.jpg

 ギリシア神話ではゼウスの双子の兄アポロンが太陽神で妹のアルミテスが月の神となっている。日本の神話は記紀や風土記が底本になっているが、一応はイザナギの子が太陽神アマテラス、月神ツクヨミ、海神スサノオとなっている。余談ついでに詳しく言うと、イザナギが妻イザナミを追って死の世界・黄泉の国へ行った穢れを祓うため左目を洗ったときアマテラス、右目っを洗ったときツクヨミ、そして鼻をあらったとき海神スサノオが生まれたとされている。なぜ一応かというと、これに異を唱える説があるから。アマテラスを天照と漢字表記するので、いかにも太陽神のように見えるが実は記紀の中で太陽神を裏付ける記述は岩戸隠れの一箇所しかない。これに対しアマテラスが機織をするなど月に関わる記述はかなり多いから、実はアマテラスは月の神であるというのである。そういえば万葉集にも、以下のように天照が月を指すと示唆するような歌が多い。 

  ひさかたの 天照る月は神代にか出でかへるらむ年はへにつつ(巻7)
  ひさかたの 天光(て)る月の隠りなば何になぞへて妹をば偲ばむ(巻11)
  ひさかたの 天照る月は見つれども吾が思ふ妹に逢はぬ頃かも(巻15)

 では本物の太陽神は誰かということになるが、どうもタカミムスビという神が有力である。記紀では登場場面が少ないが、他の史料ではアマテラスより上位の神とするものもある。詳しく書く余裕がないが、その活動が皇室・朝廷に直接的に大いに関係していると考えられたため、神祇官八神として皇居の八神殿で祀られていることからも、本来は日本神話で主役級の神と思われる。恐らく大和朝廷に併合された出雲朝廷などの有力な部族の始祖ではあるまいか。日本神話には謎が多い。(写真:ギリシア神話の月神・)

 「後の月」が先になったり横道に逸れたりで、自分でも驚いている。これも月の魔力のせいと、どうかご容赦を…。







※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 19:51 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

象が来たゾォー

  全国を旅していると、珍しい地名に出逢う。京都の先斗町は有名だからポントチョウと読めるが、名前の由来については地元の方でもはっきり知らない。ポルトガル語のponto(先の意)が語源だという人も、なぜ「先」なのかは説明できない。あるお茶屋の女将は「鼓の音ですえ」と言うし、郷土史家は 鴨川と高瀬川に挟まれてポンと突き出た地形だからと、女将と似たり寄ったりの説。東京に住んでいる方でも、一口坂を正しく読める人は少ない。まして、その由来については言うも更なり。正解はイモアライザカ。此処で芋を洗った訳では無い。江戸時代は疱瘡をイモと呼び、不治の病とされていた。頼るは神仏のみという時代に、坂の途中から湧き出す水でを洗うと霊験灼かだという噂が広まり地名となったもの。

   a1463b51d26b6d5e.jpg  088l[1]

 江戸城の西端にある半蔵門。この由来をご存知だろうか。この門は江戸城の搦手門、すなわち非常事態のとき将軍は、この門から脱出して甲州街道経由で天領の甲州(山梨県)へ逃げ延びる。そのため伊賀忍者の服部半蔵の配下が警備に当たっていた。これが半蔵門の由来…な~んだ、ちっとも面白くねぇと仰る方に、江戸っ子が伝える、とっときの由来話をご紹介しよう。
 嘉永7年夏、堺の豪商から将軍家定に象が献上された。搦手門から江戸城へ入れようとしたが、象が大き過ぎて半分しか入れなかった。そこで半ゾウ門。この話には続編がある。已む無く入口が2間ほど広い南隣の櫻田門から城内に曳き入れた。ところが長旅でお腹を空かした象は、場内に茂る青草を食べ始めて動こうとしない。世にこれを櫻田門内の変と謂う。(この話は大声で人に話さないほうがいいかもしれない)(写真:右は半蔵門)

image[3]

 話は変わるが、森永卓郎という経済アナリストがいる。バラエティー番組などにも出演するところが嫌いだと言う人もいるが、私は好きでだ。小泉・竹中の聖域なき構造改革路線に反対し、早くから小泉不況の到来を警告していた。崎陽軒のシュウマイ弁当の醤油入れなどゲテモノを集めたりするところが私と似ている。何よりもヒステリックな嫌煙運動に反対して、敢然と愛煙の孤塁を守っているところがいい。ところが、その彼がTVで薦めるものだから、まんまと「通販生活に嵌ってしまった。(写真:森永卓郎)
2010_1016_125829-DSC_0487.jpg

最初はぶら下がり棒から始まって、ランニングマシン、ローイングマシン、乗馬マシン、布団干、収納袋etc…。狭い部屋に置ききれるはずもなく、早いものは2か月くらいで家政婦さん夫婦が片付けてくれる。残った布団干は朝顔の支柱代わりになっているし、衣桁と柱に枝状の突起の付いた洋服掛は寝室に林立しており、毎晩ジャングルを掻き分けるようにしてベッドに辿り着かなければならない。なんとか役に立っているのは熱湯を噴き出すフローリング磨きくらいである。ところが、性懲りもなく今度はマッサージチェアを買ってしまった。「先生、もう通販で買っちゃあ駄目だよ」と口うるさい家政婦さんがアメリカの娘の処に行っているから気が緩んだらしい。TVでは奥様でも手軽に動かせますと言っていたが、届いた現物はまるで巨象だ。玄関の戸を外してやっと運び入れたが、置く場所が無い。書斎の小机を外に出したがベッド状に倒すと襖に閊えてしまう。仕方なく襖を外してベッドサイドに仕舞い、何とか巨象を収容した。この作業を見守りながら半ゾウ門の話を思い出した次第である。(写真:巨象のマッサージマシン、右奥が熱湯噴出式床磨機)

 この話をするために、なんと長い前○だったことか。さて、みなさん、○の中にはどんな文字を入れたらよいでしょうか。








※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 19:33 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑

滅びゆく奥天竜の花祭

5.jpg 9.gif

 今年の正月、三十年ぶりに故郷に帰った。豊橋で乗り換えた飯田線は天竜川に沿って進む。中央構造線と天竜川断層に挟まれたV字峡を通るのでトンネルが多く、鉄道ファンの間では地下鉄飯田線と揶揄されている。やっと佐久間に着く。ダム建設ブームで村から町に変わり、更に一昨年の市町村合併で浜松市に繰り入れられたが、林業の衰退と久根銅山の閉鎖で過疎化が進み、佐久間駅は無人駅となっていた。

   靴紐通すように
  トンネルくぐり
  やっと着いた無人駅
  ここが ふる里
   雪だけが眩しい

 この一帯には、毎年十二月から翌年二月の厳冬期にかけて行われる花祭という伝統行事が残っていた。祭が行われる花宿は、村の旧家が持ち回りで受け持つ。土間の四隅に柱が立てられ、そこは舞庭(まいど)と呼ばれる。中央には大きな釜を据えて湯を沸かし、ここで激しい湯立神楽が夜を徹して舞われる。見所は五色の花笠をかぶった子どもたちによる花の舞だ。続いて鬼の面をつけ、赤い衣装に草鞋を履き、大きなマサカリを手にした山見鬼、榊鬼、朝鬼が登場し、釜の周りを力強い足取りで踊り回る。観衆からは「テホヘ、テホヘ」と掛け声がかかり、花祭は最高潮に達する。   
 こうした花祭も私の故郷の遠州最西域や信州南部では既に衰退し、戦後は奥三河(愛知県南設楽郡地域)に国の重要無形民俗文化財として残るだけになっていた                     

 現在も読売テレビで放映されている、「遠くへ行きたい」という旅番組がある。この番組の七百回記念の脚本を任されたとき、私は消えかかっている故郷の花祭を取り上げることにした。小学三年生で故郷を離れているので、三十数年ぶりの佐久間は戸惑うことばかりだった。例えば桧皮葺(ひはだふき)だった集落の屋根は殆ど瓦とトタン屋根に変わっており、肝腎の花祭を収録するときも近在から踊り手や鬼役を集めなければならなかった。
 苦労の末に約一か月掛けて完成した記念番組は、テレビロケに初めてビデオを使ったという話題性もあって各新聞が取り上げ同番組の最高視聴率を記録した。

 あの日から、三十年余りが経った。ロケに協力してくれた古老たちも亡くなり、花祭も佐久間では下川合という集落に細々と残っているだけだという。(写真;『遠くへ行きたい』の一カット)

    雪しまく
    師走の舞庭(まいど)
    大釜に湯滾り
    人も滾る
    天竜の花祭

    エホヘ エホヘ
    なんにも無い
    奥天竜の村が
    花祭のいっとき
    威勢のいい囃子に沸く
 
    地団駄を踏む
    赤鬼の角に
    雪しまくとき
    村人は
    一瞬の幻想に酔う

    十畝(せ)のワサビ田 
    守っておくれ
    小さな願い胸に
    トキ婆さんは
    湯立神楽に額づく
    
    山見鬼役の
    源爺は腰が痛い
    榊鬼も朝鬼も歳をとった
    大マサカリが泣いていた
    今年の花祭

    天竜杉運んだ
    木馬(きんま)が消え  
    筏も消えた
    神楽舞う鬼も
    面をとれば皺が深い
   
    赤鬼も青鬼も
    面を外せば杣(そま)の顔  
    だが、
    彼らに帰るべき山は
    もう無い

    木の洞(うろ)に棲みつきし  
    梟も死に絶え
    故里とは名のみ
    エトランゼに
    舞庭の風は冷たい
                 
            (以上は『南の風』10月号に掲載したもの)





















 





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 10:56 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑

大餡巻と柘榴と

 教え子の妹M子から、柘榴が二個送られてきた。「昨日、姉から先生が柘榴が好きと聞きましたが、庭の木にはもう二個しか残っていません。手許にある雑品と併せてお送りします。来年は全部送るからね。でも多過ぎる?」という手紙が添えてあった。 
               2010_1010_133625-DSC_0486.jpg
    
  2010_1010_123853-DSC_0479.jpg   2010_1010_133459-DSC_0484.jpg

小包には柘榴のほかに大餡巻、無花果、みつ豆の材料、菜園で採れたゴーヤ、葱などまで詰め込んであった。
 M子は家政婦代わりをしてくれている美智代の二つ違いの妹で、お母さんが給食婦をしていたので姉と一緒にいつも山の上の小学校で遊んでいた。こんど姉夫婦がアメリカ旅行をするので母親を預かることになったという。
 大餡巻は、初耳の方が多いのではあるまいか。餡をカステラのようなもので捲いただけの菓子だが、なにしろデカイ! 大きさを比べるためにライターと一緒に写してみた。昔は知立の名物だったが現在は三河地方一帯で売られているようで、先年、豊橋駅に降りたら売店でヤマサの竹輪と並べて売っていた。無花果はコンポートにした。まだ味はみていないが、形が奇麗だから、これも写真に。(写真:上段が柘榴、下段は問題の大餡巻と無花果のコンポート、これも大きい)

 先週はK子のご主人が自分で釣った木曽川の鮎と珍しい天然白舞茸、ロジンという地元の茸などを送ってくれた。その前の週はS子が浜松から梨を…。このように季節が変わるごとに、昔の教え子たちが一人暮らしの私を気遣って果物や山菜などを送ってくれる。ご主人や奥さんは勿論、その子どもたちとも身内のように付き合っている。中には「動けんようになったら田舎へおいでんよ。私らぁが面倒みてあげるでねぇ」と言ってくれる子もいる。これが数十年昔、それもたった一年だけの教え子だと言っても誰も信じてくれない。こっちから連絡しないかぎり電話すらしてこない身内などより、よっぽど情が深い。昔から「遠くの親戚より近くの他人」と謂うが、「近くの身内より遠くの他人」ということもあるようだ。
 それにしても、大餡巻斗無花果のコンポートは、どうしたものか。





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 03:20 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

柳瀬丈子さんの詩と墨絵のコラボ展

                 1.jpg

                      風の
                      通り道に
                      立っている
                      伝言を しかと
                      受けとめたか

                      コアセルベートの海を
                      泳いでいる
                      「自画像」は
                      永遠に
                      決まらない

                      もつれ飛ぶ
                      蝶ふたつ
                      人のかたち
                      脱ぎたし

2.jpg 3.jpg

 柳瀬丈子さんと絵本作家 岡田潤さんのコラボ展に行ってきた。柳瀬さんの作品を見た編集者のH氏が、岡田さんを紹介して成立シタコラボレーションだとか。柳瀬さんは自分の詩の奥底の在るものまで造形化されていると満足のご様子だった。一方、岡田さんも、詩を拝見して流れ出すようにイメージが湧いてきましたと仰っていた。私はこれまで詩と異分野とのコラボはいろいろ見てきたが、これほどの成功例を見たのは初めてである。この日は会場近くにお住まいの詩歌人 コバライチ*キコさんに案内していただいたが、彼女も同感のようだった。幾度となく詩を読んでは絵を眺め、また詩を読んで絵に見入った。その度に新しい感動に包まれ、倦むことがなかった。初日ということもあって会場はかなり混雑していたがなかなか去り難く、ついに2時間もお邪魔してしまった。(写真左は左端から柳瀬さん、コバライチさん、岡田さん。右は会場風景)
            
柳瀬歌集

 なお、このたび柳瀬さんの第二詩集『風の伝言』(写真)が上梓され、会場で披露されていた。当日展示の作品は、すべてこの歌集に収録されている。その一部をご紹介しておきます。
いずれ詳しく紹介させて戴くが、昨夜は繰り返し読んでいるうちに夜が明けてしまった。それほど素晴らしい歌集です。
                  
                 4.jpg

                  歩いている
                  ただひたすらに
                  歩いている
                  この汗の先に
                  何があるのか

                 6.jpg

                  一つの穴を
                  掘り続ける
                  不器用な
                  一徹が
                  闇を貫く

         8.jpg

                  いつの日か
                  出合うべき者に
                  ふさわしくあろうと
                  月の光で
                  己を磨いている

                  7.jpg

                  群にいて
                  そして ひとり
                  この
                  明らかな
                  さびしさ

       9.jpg

                  いつだって
                  「いま」しかない
                  さあ
                  おまえ自身を    
                  蹴れ

*柳瀬丈子さんの詩と墨絵のコラボ展は、13日(水)までです。
 会場は中央線荻窪駅南口から徒歩3分ギャラリー美音です。
  ギャラリー美音  杉並区上荻1-5-2 コロナビル 7F
☎.03-3398-2978/fax.03-3391-1826




                 

                 
                   





※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 08:57 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑

叶 静游さんの旅の詩(抄

自然
 5月15日のブログで、叶清游さんの闘病歌集『―癌との戦い―大切な時間』を紹介しました。
叶さんは11月に再々々手術をなさいますが、それに先立ちヨーロッパを中心にピアニストとして活躍されているお嬢さんの篤子さん一家とドロミテ、チロル、ザルツブルグ、ウイーンを巡る旅を楽しまれました。その折の作品を写真入りで送っていただきましたので、その一部をご紹介します。叶さん独特の硬質な叙景詩に仮託した透徹した死生観をご観賞下さい。この作品に感想を、ぜひお寄せ下さい。叶さんにお渡し致します。なお、叶さんは引き続きアメリカに滞在中のご次男一家を訪ね、10月24日に帰国後、11月1日の再々々手術に臨まれます。なお作品には奥さまの和田郁子さまが撮影された写真45葉がてんぷされていましたが、コピーできないので残念ながら割愛いたしました。掲載写真は村瀬ファイルからでZす。
チロルの朝

   病を余所に
   どうして
   ここにいるのか
   それは奇勝の
   ドロミテだから

   大自然が
   生きている
   無言の世界に
   生きている
   奇岩と湖のドロミテ

   形も色も
   文化を伝える
   残された時間を
   精一杯
   旅する

   旅に
   新しい発見がある
   秘境の風穴が
   涼風を送る
   天然の水に寛ぐ
   
   ミズリーナ湖から
   トレ・チーメを望む
   自然のしじまに
   自分の
   息吹きだけがある
         
ドロミテ1

   ドロミテの自然に
   溶け込む
   わが身は
   知らず知らずに
   癌の疼きを忘れる

   裾野から藍を貫き
   垂直に立ち上る
   懸崖の峰に
   薄い白雲が漂う
   ドロミテの奇勝

   予後の身を恐れて迷い
   決断しなかったならば
   きっと後悔しただろう
   担当医の顔を窺がわず
   来てよかったドロミテ

   静かに
   時が
   流れ
   うっとりと
   ドロミテに沈む

   アルモラーダの氷河は
   ドロミテの
   女王に相応しい
   陽光燦然と
   冠雪が耀く

   旅人たちが
   トリエステの丘陵に
   苔むす石畳を踏み
   古色豊かな
   教会を訪れる

   残り時間は
   ありがたいもの
   ゆとりをもって
   異郷の孫たちと
   未来を語りあう
                    アンドルみずうみ

   アントル湖畔を
   ドロミテの
   峻岳が取巻く
   青空が白雲を流し
   寂として音もない

   八十三歳の最後の月を
   ドロミテの
   幽鬼の山並みといる
   清浄な空気が
   癌を洗う

   屹立する
   ドロミテ岩峰は
   紺碧の空に
   万古の血脈も顕に
   生きている

   ミズリーナ湖の
   緑青の
   水底に
   誘いこまれる
   心のときめき

   ドロミテの岩峰が
   黙って見下ろしている
   悠久の思いを秘めて
   生き喘ぐ人間を
   見詰めている

   ドロミテの夕景は
   全山ことごとく
   赤肌に染まる
   寂として声なく
   咳だけが伝わる

   ドロミテの
   威容に
   小さな人間が
   たじろぐ
   超脱の世界

   優美な
   自然に
   感嘆する
   小さな私は
   流星のよう
コルティナの町

   真のブルーを
   知っているか
   ドロミテの映える
   空の色は
   澄んだ心の色

   静かなことは
   美しい
   穏やかなことは
   慎ましい
   ドロミテが光る

   ナビが示す道順を
   問い直しながら
   運転する
   娘に身を預けて
   ドロミテの曲がり道を抜ける

   夕餉のパンを
   美味しいと褒めれば
   朝食のテーブルに
   自製の焼き立てを
   贈ってくれたウェトレス

   ダム建設で
   四村一八一戸が沈み
   レッシュン湖となる
   湖上に教会の
   尖塔が顔を出す

   レッシュン湖は
   尖塔の影を写し
   緑水を湛える
   沈んだ村民の
   墓石が見守る

   緑一色の
   山並みが
   温かく
   フイッス村を囲み
   風光る
        
アルプスの牧場

   せせらぎの音フイッス村の
   草原に
   牛の鈴が
   軽やかに流れ
   アルプス下しが渡る

   チロルの
   牧歌的な秋に
   旅人は
   揺れる心を
   鎮める

   チロル帽の
   少年が笛を吹き
   旋律が風にのる
   牧草地に
   子馬が踊る

   チロルの朝に
   鐘の音が渡り
   尖塔が霞む
   時雨しめやかに
   身の締まる

   フイッスの村人が
   にっこり長女を迎える
   ピアニストを愛する
   文化が薫り
   子供たちの瞳が澄む

   日本人の殆どが知らない
   サンクトヨハンポンガウには
   私たち愛用の
   田舎の風を帯びる
   山あいの宿がある

   リーヒンシュタイン渓谷が
   昨夜の降雨で
   濁流と化し
   猛々しく
   岩を噛む
                     渓谷

   万丈の岩壁に
   緑が這い
   一陣の風が
   有情無情を洗う
   リーヒンシュタイン渓谷

   ゴーサウス湖は
   藍の湖面に
    山岳を倒影し
   静かさが
   没我の境に誘う

   ウイーンの空の下で
   娘、孫たちと
   四方山話に
   花が咲く
   大切な思いの一夜

   孫たちが育っている
   銀行の調査マンに
   心理学徒に
   高校三年生に
   ウイーンの空は明るい

   ウイーンのホイリゲに
   日本人観光客が寛ぐ
   民謡を奏でる
   楽師たちとの交歓に
   協和の輪が広がる

   緑のドナウを
   視界に治める
   デュルンスタインの
   水色の教会が
   青空に映える
                     ウイーン

   二〇一〇九月二0日を記憶しよう
   ウイーンの空の下で
   祖父母が開いた招宴は
   孫に「信ずる道を行け」との
   未来を卜するシグナルだ

   八十三歳最後の月は
   ウイーンにいる
   言葉の違う
   孫たちと
   ブロークンしている

   日本を巡る
   世界を旅する
   冠を正し
   青い鳥を追う
   決して落ち込まない


                    




※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 15:01 |  日記 |  comment (18)  |   |  page top ↑

妻と娘

               CFSSO714011205ex[1]

 妻が逝って9年になる。28日の祥月命日には、彼女が好きだったスイトピーを携えて墓に詣でた。いつもは墓の管理をお願いしている石材店で求めるのだが、季節の花しか置いてない。今日だけはと、街の花屋に頼んでスイトピーを取り寄せてもらった。
 嫁いでいる娘、真理芽から電話があれば一緒にと思ったが、お昼を過ぎても連絡が無いので独りで行く。25日に彼岸の墓参を済ませているので行かなくてもいいと、思っているのだろう。尤もである。こういう合理主義は、私のDNAを受け継いでいるのであろう。

                コピー ~ ライブ
 
妻も、これで満足していると思う。一人娘を嫁に出すに当たって、私は孫の一人に村瀬の姓を継がせるという条件を付けようとした。妻は言下に、「それは駄目よ」と反対した。これまで我儘な私に唯々として従ってきた妻が、初めて見せた毅然とした態度だった。真理芽には真理芽の人生がある。これからどんな苦労が待っているかもしれないのに、親が足を引っ張るような重しを付けてどうするの―私に反論を許さぬ気迫に満ちていた。

 初めての孫が生まれたとき、妻は自分たちを「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばせなかった。妻は「おじいちゃん、おばあちゃんが二組もいたら、孫がマゴつくでしょ」と笑っていたが、真意は嫁ぎ先のご両親への配慮だったのだろう。それ以来、私たちは頭の部分を省略した「い~ちゃん」、「あ~ちゃん」と呼ばれることになった。

 病が篤くなってもう筆談しかできなくなったころ、「ごめんなさい」で始まる一枚のメモを渡された。そこには真理芽にかなりのお金を渡したと、乱れた文字で記されていた。私は即座に指でマルをつくり、OKのサインを返し
た。妻は嬉しそうに頷いた。

 妻が逝って9年、彼女の意を汲んで娘と孫に対しては即かず離れずの距離を保つように心掛けてきた。だが、頑固で我儘な本性はどうしようもない。いくら努力しても、とても彼女には及ばない。この日も墓に向かって、「これでいいのかなぁ」と尋ねたことであった。

 募域の片隅に彼岸花が咲いていた。私が彼岸へ渡れるのはいつになるだろうか。
  
   妻の忌や今年は淡し彼岸花(杜詩夫)

                   




※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 00:58 |  日記 |  comment (6)  |   |  page top ↑
プロフィール

杜の小径

Author:杜の小径

杜のMENU
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。