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 白馬岳から従いてきた女

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 白馬山麓のコッテージは、友人のものである。スキーも冬山もやらない無粋な男で、夏の間だけ執筆用に使っている。近くに倉下の湯という掛け流しの温泉があるし、冷蔵庫や家電一式、薪ストーブまで完備している。長い間風を入れないと家が傷むぞと脅して、冬の間は時どき使ってやっている。もちろん、代償は払わない。庭の手入れをして、夏に咲く花木でも植えておいてやろうと思っている。もう一つ 彼には断れない理由があるのだが、そのことは黙っていてやろう。

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 このところ胸がちくちく痛むので肺ガンかもしれないと、精密検査の予約を入れてある。また11日は妻の誕生日なので、墓参に行ってやろうと思い立った。で、先日冷酒を奢ってやった雪女にメールすると、叔父さんがタクシーをやっているから頼んであげる、と言う。それはいいが、東京は行ったことがないので私も一緒に行くと、勝手に決めている。断るとどんな悪さをされるか判らんので、叔父さんと一緒に帰るんだよと念をおしてからしぶしぶ承諾した。

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 ほどなくタクシーが来た。孫悟空の金遁雲のような形をしている。こんな ふわふわしたもので乗れるかと危ぶんだが、中はちゃんとしたシートがあって、乗り心地は悪くない。
さて東京まで幾らかかるか心配になって聞くと、金は貰っても使えないから塩を二升呉れと言う。春先、雪が融けかかったとき体に振り掛けるんだが、信州は塩が採れないので困っているのだそうだ。これらは全て雪女を介しての会話で、運転手の雪男は私には直に気口を利こうとはしなかった。急ぐかと聞くから今日中に着けばいいと答えると、それじゃあ穂高を空から見せてやろうと言う。雪雲タクシーは、ゆっくりと空に舞い上がった。タバコ、吸いたかったどうぞだってよと、女が雪男の言葉を伝えた。へーぇ、人間界じゃあ、どこもかしこも禁煙だぜ。もちろんタクシーの中も…。売っといて吸わせないというのは道理に合わねぇだってよ―女がまた通訳してくれた。この雪男、見かけによらずいい奴かもしれない。

 ねぇ、後ろをご覧よ。女の声に振り返ると、タクシーはいつの間にか夥しい雪雲を引っ張っていた。いま東京は日照りが続いてるでしょ。私たちは雨は運べないから雪を土産に持っていってあげるよ。―でも、東北や上越の人たちは大雪で困ってるぜ。―ありゃぁ、ロシヤと北朝鮮の連中が意地悪してんだよ。私たちゃぁ、あんな悪いことはしないよ。―おまえ、なんで江戸弁で喋るんだ。―おまえさんだって東京ことば遣ってんだろうに。天竜の田舎生まれのクセしてサ。―こいつら、何もかもお見透しだ、油断はならないとは思ったが、悪い感じはなかった。―叔父さん、ちょっと天竜川の方へ回ってあげてよ。―車は雪雲を引き連れたまま、諏訪湖の上空から南へ針路を取り、ゆっくりと天竜川に沿って飛び始めた。私は、問わず語りに故郷の雪女について語り始めていた。

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 雪女は殆ど全国に居ると信じられてきたが、呼び方はユキオンナの他にユキオナゴ、ユキジョロウ、ユキオンバ ユキンバなど地方によってさまざまに異なるようだ。同じように姿形もかなり違っているらしい。
私の生まれた天竜川沿いの地方では雪女をユキオンバと呼び、雪の降る夜に山姥(ヤマンバ)の姿で現われると伝えられている。(写真)時には牛方や馬方、桶屋、小間物屋などの旅職人や振売(売り声を挙げながら干し魚等を売り歩く人)が悪さをされたというが、多くは藤蔓を食べては糸を吐いて織物を手伝ったり、子育てを手伝ったりする優しい老婆だったようだ。
 
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 私の生まれた佐久間の西渡地区には山姥神社まである。(写真右)その近くには子生石(コウミタワ)」と呼ばれる岩があり、天徳年間に「山姥」がここで三つ子を産み育てたという。石には陣痛で苦しんだ山姥の指痕がくっきり残っている。(写真右)生まれた三人の子が竜頭峰の山の主「竜築房」、神之沢の山の主「白髪童子」、大山祇神社奥の院の「常光房」で、今も地元の人々の信仰を集めている。我が家から近い水窪地区と千代葱で勇名な飯田市千代の大山祇神社には、その伝説が残っている。私が母から聞いた話では、山姥は木の皮を綴ったものを身にまとって怖い顔をしているが優しい老婆で、釜を借りて米を炊ぐと二合の米が釜一杯になったという。特に変わったところもなかったが、縁側に腰掛けたときに床がミリミリと鳴ったそうだ。

 さっきまで饒舌だった雪女が、珍しく神妙な顔で私の話を聞いている。―おい、どうしたんだ。急におとなしくなったじゃないか。―私のお婆ちゃん、つまりこの叔父さんのお母さんがね、むかし諏訪湖にワカサギを獲りに行ったまま行方不明になったんだよ。もしや、そのヤマンバが婆ちゃんじゃないかと思って…―じゃあ、山姥神社へ寄ってみようよ。タクシーを神社の上まで案内すると、二人は揃って掌を合わせていた。

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 突然、ケイタイが鳴った。山荘を貸してくれた友人だった。―おい、来週は空いていると言ったよな、一杯やろう。また面白いネタを頼むぞ。―私は昨日からの出来事を掻い摘んで話した。―また、酔ってるな。そんな話が小説のネタになるか。こないだの雪女と冷酒飲んだ詩小説、あのほうが色気があっていい。あれを貰うからな。―駄目よ、あの話はナイショ。終りの方は声をひそめて、女が囁いた。真っ白な雪女の頬がほんのりとあからんでいた。

 スマフォのスイッチを入れると、アナウンサーが叫んでいた。―珍しく東京に雪が降りました。これで一ヶ月続いた東京捌くも解消されるでしょう。
 振り返ると、タクシーが引っ張ってきた雪雲が、いつの間にか空いっぱいに広がって東京の空を覆っていた。―俺たちが引き返したら、すぐ天気になるよ。また、白馬へおいで。  運転手役の山男がはじめて振り向いて、そう言った。(この章、気が向けば…つづく)
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by 杜の小径  at 11:47 |  日記 |   |   |  page top ↑

河村さん、小沢さん、そして『ちびくろサンボ』

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 妙なタイトルをつけてしまったが、この三題噺どう繋がるか筆者にも見当がつかない。
冒頭の写真はギリシャ神話の正義の女神テミスである。日本では裁判所をはじめ、法曹関係者のシンボルとしてバッジなどの使われることが多い。右手に持つ剣は破邪顕正、左手の天秤は公正、目隠しをしているのは権力や財力からの誘惑に乗らないことを表している。こんな写真を掲げたからといって、正義の論が展開されると思われては困る。これから書こうとするのは、ニュースを裏側から見るというジャナリスト根性―いや、もっと正直に言うと、単に筆者の気散じ、憂さ晴らしに過ぎない。そう思ってお読み戴きたい。

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 先ず、トップバッターは河村名古屋新市長。60万余票を集めた断トツの勝利で、名古屋市長に再選された。昨日は各TV局で引っ張り凧だった。相変わらずの名古屋弁で、口にするのはゲンゼイ一本槍。選挙運動もハッピ姿に野球帽で自転車を乗り回すというパフォーマンスぶりだった。おまけに今回は自民党を出て知事選挙に立候補した大村氏、応援に駆け付けた橋下大阪府知事を加えてパフォーマンス三人男の揃い踏み。アクが強過ぎて聊か鼻につく。ドングリ眼でギャアスギャアスと捲り立てるのを見ていると、ヒキガエルみたいで気持ちが悪かった。減税というと聞こえはいいが、恩恵を受けるのは金持ちばかりで一般市民は数百円減税の裏で福祉予算などが削られることに、なぜ気がつかないのだろう。名古屋市の借金は1兆円近いとみられるが、それへの具体的な対策は何も無い。1割減税で税収は2,300億減るが、市会議員の報酬を半分に減らしたとしても せいぜい100分に1ぐらいにしかならない。後は福祉や教育予算への皺寄せは必至だろう。名古屋市民は、そこまで考えて河村氏を選んだのだろうか。パフォーマンスに幻惑されて後悔した小泉構造改革の記憶を、もう忘れているようだ。地鶏、宮崎牛、マンゴーの宣伝だけで公約の企業誘致などは10%程度という実績で、さっさと中央政界への転身を考えているタレント知事と同じ道を歩もうとしているのではないか。今日の新聞もTVも、八百長相撲と新燃岳噴火に報道が集中して、名古屋政変はもう忘れかけられている。河村さんよ、あんまり市民を舐めたら どえらいことになるでよう。

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 カエルのパフォーマンスで騒がしいのは、地方政界ばかりではなかった。いま国会では、予算審議が酣のはずである。ところが、やっていることは小沢一郎氏を証人喚問せよとか、辞職させよとか、くだらねえことばかりを大小のカエルが喧しく鳴き合っている。小沢問題は、簡単に言えば政治資金の届け出の書き方を間違えたかどうかという問題じゃあねえか。国民生活に直結した予算審議をソトップして騒ぎ立てるほどのことじゃああるまい。タニガキカエルをはじめとした野党カエル、カンカエル以下の民主カエルの意図ははっきりしている。ヒール役の小沢カエルを叩くことで人気投票の票を稼ぎたいたいのだ。新聞やTVも「強制起訴」と騒ぎ立てるから、国民は内容も解らぬまま、強制起訴というからにはさぞかし大罪を犯したのであろうという暗示にかけられてしまう。小沢氏はプロの検事が2回に亘って取り調べた結果、犯罪の事実は無いということで告訴を見送った事案を、言わばアマチュアの検察審査会が告訴すべしとしたため、法律に従って“強制的に“起訴されたものである。いったい、この検察審査会とは どんな組織かご存じだろうか。最近話題になっている裁判員制度の検察版と思えばいい。裁判員制度は裁判に一般国民の意思を直接反映させようと抽選で選ばれた裁判員が裁判に陪席する制度である。検察審査会は、告訴権を検事だけに独占させておいては万一にも罪を免れる者が出るのを防ぐため、民間人を審査員にして告発権を与えようという制度であるが、この制度には問題点も多い。法律のことは全く解らない素人の審査員には弁護士の中から選ばれる審査補助員が付いて専門的な助言を行うのだが、その内容をチェックしたり公にされることは無い。もし補助員の中に悪い奴がいて私怨で或る人物を陥れようとすれば、いくらでもできる。何れ裁判をするのだからといっても、「強制起訴」されたというだけで被告が社会的の葬られてしまうのは小沢問題を見れば明らかである。無実の者を恰も犯人のように扱った責任は、いったい誰がどのようにとるのであろうか。審査員制度には指導補助員の発言内容の誤りをチェックする方法、補助員の発言に疑義がある場合の会議録を公開するなど、これから検討しなければならない問題点が多い。
 みなさんも、政治家の派手なパフォーマンスに騙されて、世論とか与論の裏に潜む真実を見失う衆愚の一人になりませんように…。

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 衆愚という言葉が出たついでに、締めとしてコワ~イ話を紹介させて戴く。現在25歳以上の方なら恐らく全員がご存じと思うが、当時『『ちびくろサンボ』或いは『ちびくろ さんぼ』という翻訳絵本が多くの方に読まれていた。写真左は岩波書店版、右はポプラ社版だが、2社以外に70種類ほどが独自の翻訳と挿絵で出版していた。
この本の原作は絵も共に英国の主婦・ヘレン・バンナーマンさによって書かれ、英国のグラント・リチャーズ社より出版された。内容は黒人少年が虎と戦って負けた虎がバターになってしまったたり、悪いサルに攫われた双子の弟を大鷲の協力で救い出すといった単純なものだった。ところが版権の管理が曖昧だったので世界中で海賊版が次々に出回り、筋もかえられたり、原作ではインドの少年だったサンボがアメリカインディアンの子どもにされたりした。こんな事情から、日本でも多くの出版社が競合するということになった。

 この本が、1988年を境に一斉に書店から姿を消した。原因は岩波書店に送られてきた「黒人差別をなくす会」からの『ちびくろ さんぼ』は黒人差別だから直ちに販売を中止せよという抗議文で、岩波書店は直ちに同署を回収した。抗議文は他の出版社にも送られ、他社も一斉に発売を中止した。地方の図書館や小学校の中には同署を集めて焼くという始皇帝やナチの焚書もどきの光景まで現出した。

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 本の内容も絵も黒人を差別したり侮辱したりした箇所は無く、同署の排斥運動に疑問を持つ人も少なくなかったが、狂気のように沸き立った世論には抗すべくもなかった。なにしろ叡智の集団のような岩波書店が真っ先に絶版に踏み切ったから、他も考える暇もなくこれにならったのだ。この風潮はサンボだけにとどまらず、カルピス社の黒人を使った広告(写真左)、タカラ社の「だっこちゃん」(写真右)なども姿を消す運命となった。
多くの出版社を震え上がらせ、世論に火を点けた「黒人差別をなくす会」とは、一体どんな団体だったのだろう。本部は堺市にあり、書記長は有田太氏。当時小学4年生だった。ちなみに会長有田利二氏は太書記長のお父さん、副会長はお母さんの喜美子さんで、当時の会員は以上の3名だけだったという。会員が3人だから、家族でやったのから悪いなどとは決して思わない。彼らは彼らなりの信念をもって抗議したのであろう。筆者が恐ろしいと思うのは、一通の抗議文に恐れ戦いて自社出版物を破棄した出版社の態度、何らの検討、議論もなく雪崩のように『ちびくろサンボ』を抹殺した世論、与論の在り様である。将に衆愚としか言い様が無い。筆者もまた、沈黙を通した衆愚の中の一人。省みて忸怩たる想いに堪えない。

 岩波書店版『ちびくろ さんぼ』(ヘレン・バンナーマン:文 フランク・ドビアス:絵 光吉夏弥:訳)は、2005年4月15日に瑞雲舎(井上みほ子代表)によって複刊された。せめてもの救いである。瑞雲舎のホームページによると、「小社でも検討に検討を重ねた結果、その内容や文章表現に何らの差別は無いと判断し、復刊することにしました」としてある。









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by 杜の小径  at 17:00 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

近事片々―春来たる

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    追はれたら吾が家に来たれ鬼の子ら(杜詩夫)

    追はる鬼 拾ふ子もゐぬ豆を撒く( 〃 )

    冷え込みを独りごつして節分会( 〃 )

    雪山を下りきて買へり追儺豆 ( 〃 )

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 一週間のご無沙汰でした。
 昨日、信州から戻りました。雪の中で秘湯を巡りましたが、会うのは朴訥な村人と野鳥のみ。こうした時間が今の私にいちばん大切なものだと、改めて気付いた日々でした。

 今夜は節分。スーパーで求めた柊と鰯は鬼遣らいではなく魔除け。鬼や雪女は大歓迎、ちゃ~んとお酒も用意しましたよ。

 9日茶会、10日慶応病院眼科定期健診、11日墓参(亡妻の誕生日)を済ませたら、再び信州へ戻ります。
明日は立春、20日間の寒も明けます。心なしか今日の日差しは、ちょっぴり暖かかったです。ではお元気で。 

               s-e330-0224-02[1]

    筆立の筆ぼうぼうと春立てり (杜詩夫)
   
    寒明けや 想ひ空っぽにして歩く ( 〃 )

    賜りし壺に梅挿し語り合ふ ( 〃 )






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