2008/08/22
蛍火三つ―薄幸の美女物語―



夕方から三鷹駅前のコラル美術ギャラリーを訪ね、第12回東京美術工芸展へ出品されている友人の陶芸家・仏師の小笠原晃悦さんの作品を見る。撮影が禁止されていたので、写真をお見せできないのが残念。白磁風の水指、炭火焼成の棗、穴窯透明釉の花瓶など滋味深い作品ばかり。中でも円皿に孔雀模様を絵付けして二度焼きするスリップ技法による絵皿は精緻で印象に残った
終わってから陶芸家を中心の「七人会」ノメンバーと打ち上げの宴。この会では難しい政治・経済などの話はしない。今夜の話題もブンカ・ゲイジュツ論に終始した。テーマを具体的に言うと「世界的な美女は誰か」…これも立派なブンカ・ゲイジュツ論である。途中で美人は下着を穿かないだろう…美人ハクメイ…などという高度な議論も出たが、これは高度過ぎるので割愛しておく。諸兄姉からは楊貴妃、モナリザ、マリー・アントワネット、椿姫(ヴィオレッタ)、カルメンなど外国美人の名前が多く挙げられた。私はヘソ曲がりだから敢て信長の妹お市の方、曽根崎心中のお初、高倉天皇の寵姫・小督局(こごうのつぼね)を挙げた。が、皆からコスモポリタンじゃあないという理由で一蹴された。悔しい。泥んこ遊びの連中に美人の真価が判るかと、醒めやらぬ酔眼を見開いて綴ったのが次の小文である。
市、お初、小督の霊か
夏逝く日
草陰に
小さく光る
蛍火三つ
お市の方は織田信長の実妹。尾張にいた頃より、美貌の持ち主として広く知られていた。20歳を過ぎ、江北の鷹と呼ばれた浅井長政と結婚、信長と長政の同盟を実現させる。その後、長政が信長に反抗する気配を見せると、信長に危機を知らせて窮地を救った。信長は長政の裏切りに激怒し、浅井家の本拠・小谷城に苛烈な攻撃を加えたが、お市は夫・長政の傍を最後まで離れようとはせず落城まで共に戦い続けた。信長の死後、柴田勝家に嫁ぐが、夫勝家が秀吉と対立して賤ヶ岳の戦いで敗れると勝家と共に越前北ノ庄城内で自害した。享年は花の盛りの37歳だった。辞世は「さらぬだに打ちぬる程も夏の夜の夢路をさそう ほととぎすかな」―映画演劇でお市の方をを演じた女優は二十指に余るが、私のイチオシはNHK大河ドラマ『おんな太閤記』でお市を演じた夏目雅子。正直に言うと、美女の筆頭にお市の方を挙げたのは、夏目雅子の面影とダブッていたからである。
ダークホースとして美女の二番手に挙げたのは曽根崎心中のヒロイン・お初。曽根崎心中は、元禄16年4月7日に起こった、堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代・徳兵衛が露天神(つゆてんじん)境内の天神の森で情死した事件をもとに、近松門左衛門が1ヵ月後に人形浄瑠璃として上演した。これが当時の人々の間で大評判となり、露天神には参詣回向の人が大勢押しかけ、同神社は俗に「お初天神」と呼ばれるようになり現在に至っている。これは後に歌舞伎化され、現在でも人気の舞台である。特に徳兵衛・お初道行のシーンは、こうしていても義太夫の名調子が聞こえてくるほどである。―「この世の名残、夜も名残、死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそあはれなれ。あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め、寂滅為楽と響くなりー」
三人目は平家物語の巻六に登場する小督(こごう)。絶世の美女で琴の名手でもあったという。高倉天皇の寵姫であったが当時の皇后は権勢極まりない平清盛の娘・建礼門院徳子、無事に済むわけはない。危険を察知した小督は密かに嵯峨野の草庵に身を隠す。高倉天皇の命を受けた使者が琴の音『想夫恋』を頼りに小督を探し当てる。この場面が能の古典『小督』である。また筝曲でも山田検校が優美で気品溢れる大曲『小督の曲』として残している。一旦は宮中に戻ったが親王を産むと清盛は無理矢理に小督を出家させる。高倉帝は小督が去った悲しみで21歳の若さで病気になり崩御。小督は高倉帝が葬られた清閑寺近くに庵を結んで生涯をかけて天皇の菩提を弔い、44歳でこの世を去ったと伝えられる。以上は『平家物語』に拠るが、異説もある。高倉帝の没後、小督は太宰府にある観世音寺の血縁の僧を頼って九州へ向かうが、田川郡香春町を過ぎるとき雨で増水した彦山川で流され、一旦は村人に助けられるが間もなく亡くなったという説もある。これを裏付けるのが福岡・黒田藩で生まれた『黒田節』の2番の歌詞。
峰の嵐か松風か
尋ぬる人の琴の音か
駒をひかえて聞く程に
爪音しるき想夫恋
夏が終わるころ葉陰に幽かに光る蛍火のように、儚く美しく散った薄幸の美女たち―今月末には越中八尾の「風の盆」を訪ねる。そうだ、今年はこの三人の薄幸の美女たちに捧げる鎮魂の旅にしよう。
(写真;上から勝家・お市の墓、小督の墓、露天神境内のお初・徳兵衛像)
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