FC2ブログ
 

八手の花

                  ヤツデ

             灯の残る路地の暗がり花八手(杜)

 時雨の季節になると木の実も殆ど小鳥たちに食べ尽され、まして咲いている花などはたいへんに少ない。この季節に目につく花と言えば、八手の花くらいだろうか。大ぶりな葉の真ん中に隠れるように咲いている風情がいじらしい。
 私だけの思い込みかもしれないが、八手自体に幽かな孤独感を感じる。山野ではあまり見かけない。主に庭先に植えられているが、花が地味なせいか隅っこの方にぽつんと植えられていることが多い。図体は決して小さくはないのに、転校生のような淋しさが漂っている。で、この花木の素性を知りたくなった。

 元禄時代までの資料には見当たらない。貝原益軒の『大和本草』(1709)に「西に多し…京畿にて未だこれを見ず」というのが初見で、同じ著者の『花譜』(1694)には見当たらない。とすると、300年くらい前に日本へ渡来したのであろう。

 葉の切れ込んだ形が掌を広げたように見えるのが名前の由来らしいが、不思議なことに切れ込みの和は八つではない。殆ど九つで、稀に違うものがあっても七、九、十一と、みな奇数である。古来、日本や中国には奇数を佳とする風習があったせいか、縁起物として、或いは魔除けとして屋敷内、それも玄関近くに植えられることが多かった。

 魔除けと言えば、昔は玄関に鰯の頭、蜂の巣、ニンニクなどを飾った。東北では馬の蹄鉄、私の故郷の中部地方では夏祭に揚げた手筒花火の筒を軒に飾っていた。中には「鎮西八郎為朝恩宿」という札を貼って悪魔の侵入を防いだ地方もある。洋風の家が増えたせいか、人々の考え方が変わったためか、こうした風習も次第に見られなくなった。八手が庭隅に追いやられるのも已むを得ないか…。

   老犬の目の覚めやすく花八手(杜)
 
   玄関に五燭の灯り八手咲く(杜)


 

スポンサーサイト








※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 05:47 |  日記 |  comment (6)  |   |  page top ↑
Comments

No title

 おはようございます。
 冒頭の句とても素敵です。
 まだ日の出前の薄暗がりの散歩の途中で我夢さんが出会った光景なのでしょうか。
 八手といえば、私の小さい頃は、どの家でもトイレの裏に植えられている、ごくごく「当たり前の」植木というイメージでしたが、最近はそういえばあまり見かなくなって寂しい気がします。とくに八手の実には愛着があり、なつかしい植物のひとつとなりました。
 でも、振り返ってみると、八手の花はあまり観察したことがありません。地味なせいでしょうか。近々、どこかで八手に出会ったら、我夢さんの句を思い出しながら、その健気な美しさを鑑賞することにしましょう。
by Toko 2008/11/16 10:54  URL [ 編集 ]

No title

 Toko さん、お早うございます。

 八手の花も洋風の庭ではだんだん見られなくなりましたが
花季は今が盛りですから、お探しになれば見られるはずです。

 そうそう、トイレの脇に植えられていましたね。トイレは
不浄とされ屋敷内の鬼門、丑寅(北東)に建てられることが
多かったので魔除けの意味があったのでしょうね。
by 杜詩夫 2008/11/16 11:44  URL [ 編集 ]

No title

 私は八手と言えば、
高村光太郎の『冬が来た』の詩を思い出します。

  きっぱりと冬が来た
  八つ手の白い花も消え
  公孫樹の木も箒になった
  (つづく)

 私はこの詩が大好きで、この詩を知ってから、八つ手の花に惹かれるようになりました。
 うちのあたりでは、鳥がタネを運んでくるので、滅多やたらと芽が出ます。それはちょっと迷惑しています
by グリーン 2008/11/16 18:02  URL [ 編集 ]

No title

 グリーンさん、僕も この詩が大好きです。
特に4節は透徹した詩人の魂に触れる想いで、
身の震えるような感動を覚えます。

   ……………

   きりきりともみ込むやうな冬が来た
   人にいやがられる冬
   草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た

   冬よ
   僕に来い、僕に来い
   僕は冬の力、冬は僕の餌食だ

   しみ透れ、つきぬけ
   火事を出せ、雪で埋めろ
   刃物のやうな冬が来た 
by 杜詩夫 2008/11/16 18:22  URL [ 編集 ]

No title

こんばんは。家の庭にも昔八手がありました。玄関の脇にひっそりと。今は建替えたのでありませんが。懐かしいです。高村光太郎の詩、『冬が来た』久しぶりに読みました。八手という言葉が使われていたんですね・・・。公孫樹の方ばかり覚えていました。本当に冬が来た、と思うような今日の天気でした。
by ユナ 2008/11/19 17:50  URL [ 編集 ]

No title

 ユナさん、お久しぶりですね。お変わりありませんでしたか。
 八手は地味な花ですからあまり注目されませんが、どこの
家にもあったせいか何となく懐かしい雰囲気をもっていますね。

 最近は詩を創らないのですか。また,作品を見せて下さい。
by 杜詩夫 2008/11/19 19:36  URL [ 編集 ]
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

杜の小径

Author:杜の小径

杜のMENU
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
カウンター