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「本日天気晴朗なれども浪高し」

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 昨日今日、朝鮮半島から日本にかけての一帯は高気圧に包まれ晴朗な好天であったが、北朝鮮の原爆実験に続く短距離ロケットの発射で、国際情勢は俄かに風雲急を告げている。将に「本日天気晴朗なれども浪高し」である。日本議会は満場一致で北朝鮮非難の決議を行った。その直前、自民党では防衛族の議員から、この際、北朝鮮の核基地を攻撃できる態勢を整えるべきだという威勢のよい発言がなされた。北朝鮮の挑発的行為を封じ込めるために、日本が国際世論に同調して非難決議をすることは結構だが、この機に便乗して徒にナショナリズムを煽り、再軍備へと舵を着る切ることはもっと危険ではないだろうか。

 今日が5月27日であることに、歴史の因縁のようなものを感じる。104年前の今日5月27日、連合艦隊司令長官東郷平八郎から大本営へ短い電報が入った。―「敵艦見ゆとの警報に接し連合艦隊は直ちに出動、之を撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども浪高し」 ―これによって日本の連合艦隊とロシアのバルチック艦隊との間で日本海海戦の火蓋が切られた。歴史に残るこの電文を起草したのは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の主人公で連合艦隊の参謀だった秋山真之であった。

 対馬海峡を縦隊で東進してくるバルチック艦隊に遭遇した連合艦隊は、とつぜん艦隊を横に転回させた。世に言う東郷ターンである。このT字形戦法は前進してくる敵の先頭艦に砲火を集中できるメリットはあるが、敵前に両手を広げて立つようなデメリットもある危険な戦法だった。結果的にはこれが成功して、日本の連合艦隊は大勝利を得る。
 同年12月20日、戦時編成だった連合艦隊は解散した。その際、前記秋山真之が作成し、東郷提督が読み上げた「連合艦隊解散の辞」は、次の言葉で締めくくられていた。「…神明はただ平素の鍛錬につとめ戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直ちにこれを奪ふ。古人日く、勝って兜の緒を締めよ、と。」
 これに感動した米大統領ローズヴェルトは全文を翻訳してアメリカ陸海軍に配布している。36年後、日本海軍が今度はアメリカと戦い、敗れ去ったのは歴史の皮肉だろうか。
 連合艦隊の旗艦だった三笠は、その後記念艦となり、現在も横須賀にその雄姿をとどめている。
    
          (写真:海戦中の三笠。東郷の右側に立つのが秋山参謀)
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by 杜の小径  at 23:05 |  日記 |  comment (6)  |   |  page top ↑
Comments

No title

「…この機に便乗して徒にナショナリズムを煽り、再軍備へと舵を着る切ることはもっと危険ではないだろうか。」

 今朝のテレビ各局の放送を見ていたら、先生と同じような論調でしたね。私も自民党の防衛族議員が水を得たように先制攻撃論を述べているのを見て、不快な気持がしました。
by 中村紫水 2009/05/27 07:46  URL [ 編集 ]

心配です

 紫水さん、コメントを有難う。
 
 自民党の国防部会で、北朝鮮の核基地を先制攻撃できる態勢を
執るべきだと発言した中谷元防衛庁長官、山元一太議員などは、
いずれも「戦争を知らない」世代です。戦争の本当の悲惨さ怖さを
知らない人々が日本を逆戻りさせようとしています。心配ですね。
by 杜詩夫 2009/05/27 08:42  URL [ 編集 ]

No title

 す、すいません・・・。
東郷提督が読み上げた『連合艦隊解散の辞』の内容って簡単にいうとどういう意味なのでしょうか・・・うぅ。すいません。
 私は昔の人の思想とかそういうのにはものすごい興味があり、またまた影響を受ける時もあるのですが、なにせ原文は難しすぎて理解できません
是非、教えていただけるとありがたいのですが・・うぅ。
by ばかボン 2009/05/27 21:18  URL [ 編集 ]

No title

 こんばんは。歴史を史料によって振り返ることは、たいへん良いことです。他人が研究した結論を鵜呑みにするのでなく、具体的史料によって自分独自の結論を得るという姿勢が大切なのです。
 ご希望の史料は参考のため原文を掲げましたが、失礼ながら若い人には文語体は難解だと思います。今回は下に現代語訳を付けておきました。他の史料を読む場合も、現代語訳で構いませんよ。

 この史料は日露戦争が終わって戦時編成の連合艦隊を解散し、平時編成に戻すこととなり、解散式が1905年12月21日に行われたときのものです。その解散式において連合艦隊司令長官・東郷により「聯合艦隊解散之辞」が読まれたのです。訓示は東郷の筆ですが、文章の原稿を書いたのは参謀の秋山真之と言われています。たいへんな名文で、司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』の最後にも掲載されていますが、全文は掲載されていません。
アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトはこの訓示に感銘を受け、その英訳文を軍の将兵に配布しています。ついでにルーズベルトの英訳を付けておきましょう。なお、これらの原文は、神奈川県横須賀市の記念艦三笠に所蔵されています。


           「連合艦隊解散の辞」
二十閲月の征戦已に往時と過ぎ、我が連合艦隊は今や其の隊務を結了して茲に解散する事となれり。 然れども我等海軍軍人の責務は決して之が為めに軽減せるものにあらず。此の戦役の収果を永遠に全くし、 尚益々国運の隆昌を扶持せんには、時の平戦を問はず、先づ外衝に立つべき海軍が常に其の武力を海洋に保全し、一朝緩急に応ずるの覚悟あるを要す。而して武力なるものは艦船兵器等のみにあらずして、之を活用する無形の実力にあり。 百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば、我等軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず。 近く我が海軍の勝利を得たる所以も、至尊の霊徳に頼る所多しと雖も、抑亦平素の練磨其の因を成し、 果を戦役に結びたるものして、若し既往を以て将来を推すときは、征戦息むと雖も安じて休憩す可らざるものあるを覚ゆ。 惟ふに武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦に由り其の責務に軽重あるの理無し。事有れば武力を発揮し、 事無ければ之を修養し、終始一貫其の本分を尽さんのみ。過去の一年有半、彼の風濤と戦ひ、寒暑に抗し、屡頑敵と対して生死の間に出入せしこと固より容易の業ならざりしも、観ずれば是れ亦長期の一大演習にして、 之に参加し幾多啓発するを得たる武人の幸福比するに物無し、豈之を征戦の労苦とするに足らんや。 苟も武人にして治平に偸安せんか、兵備の外観巍然たるも宛も沙上の楼閣の如く暴風一過忽ち崩倒するに至らん、洵に戒むべきなり。
昔者神功皇后三韓を征服し給ひし以来、韓国は四百余年間我が統理の下にありしも、一たび海軍の廃頽するや忽ち之を失ひ、 又近世に入り徳川幕府治平に狃れて兵備を懈れば、挙国米艦数隻の応対に苦み、露艦亦千島樺太を覦覬するも之と抗争すること能はざるに至れり。 翻て之を西史に見るに、十九世紀の初めに当り、ナイル及トラファルガー等に勝ちたる英国海軍は、祖国を泰山の安きに置きたるのみならず、 爾来後進相襲で能く其の武力を保有し、世運の進歩に後れざりしかば、今に至る迄永く其の国利を擁護し、国権を伸張するを得たり。 蓋し此の如き古今東西の殷鑑は為政の然らしむるものありしと雖も、主として武人が治に居て乱を忘れざると否とに基ける自然の結果たらざるは無し。 我等戦後の軍人は深く此等の實例に鑒み、既有の練磨に加ふるに戦役の実験を以てし、更に将来の進歩を図りて時勢の発展に後れざるを期せざる可らず。 若し夫れ常に、聖諭を奉體して孜々奮励し、実力の満を持して放つべき時節を待たば、庶幾くば以て永遠に護国の大任を全うすることを得ん。 神明は唯平素の鍛練に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を褫ふ。 古人曰く勝て兜の緒を締めよと。
明治38年12月21日  連合艦隊司令長官 東郷平八郎

by 杜詩夫 2009/05/27 21:19  URL [ 編集 ]

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          「上記史料の現代語訳」
二十数か月にわたった戦いも、葉や過去のこととなり、わが連合艦隊は、今やその任務を果して、ここに解散することとなった。しかし艦隊は解散しても、そのためにわが海軍軍人の務めや責任が、軽減するということは、決してない。この戦役で収めた成果を、永遠に生かし、さらに一層国運をさかんにするには、平時戦時の別なく、まずもって外の守りに対し、重要な役目を持つ海軍が、常に万全の海上戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である。
ところで、その戦力であるが、戦力なるものはただ艦船兵器等有形の物や数によってだけ、定まるのではなく、これを活用する能力すなわち無形の実力にも実在する。百発百中の砲は、一門よく百発一中、いうなれば百発打っても一発しか当らないような砲なら百門と対抗することができるのであって、この理に気づくなら、われわれ軍人は無形の実力の充実、即ち訓練に主点を置かなければならない。先般わが海軍が勝利を得たのは、もちろん天皇陛下の霊徳によるとはいえ、一面また将兵の平素の練磨によるものであって、それがあのような事例をもって、将来を推測するならば、たとえ戦いは終ったとはいえ、安閑としてはおれないような気がする。
思うにに武人の一生は戦いの連続であって、その責務は平時であれ、戦時であれ、その時々によって軽くなったり、重くなったりするものではない。事が起これば、戦力を発揮するし、事がないときは、戦力の涵養につとめ、ひたすらその本分を尽くすことにある。過去一年半かの風波と戦い、寒暑を冒し、しばしば強敵とまみえて生死の間に出入りしたことは、もちろんたいへんなことではあったが、考えてみると、これもまた、長期の一大演習であって、これに参加し、多くの知識を啓発することができたのは、武人として、この上もない幸せであったというべく、なんで戦争で苦労したなどど、いえたものであろう。もし武人が太平に安心して、目前の安楽を追うならば、兵備の外見がいかにりっぱであっても、それはあたかも、砂上の楼閣のようなものでしかなく、ひとたび暴風にあえば、たちまち崩壊してしまうであろう。まことに心すべきことである。
むかし神功皇后が三韓を征服されて後、韓国は四百余年間、わが支配の下にあったけれども、一たび海軍がすたれると、たちまちこれを失い、また近世に至っては、徳川幕府が太平になれ、兵備をおこたると、数隻の米艦の扱いにも国中が苦しみ、またロシアの軍艦が千島樺太をねらっても、これに立ち向うことができなかった。目を転じて西洋史を見ると、十九世紀の初期ナイル及びトラファルガー等に勝った英国海軍は、祖国をゆるぎない案泰なものとしたばかりでなく、それ以後、後進が相次いで、よくその武力を維持し、世運の進歩におくれなかったから、今日に至るまで永く国益を守り、国威を伸張することができた。
考えるに、このような古今東西のいましめは、政治のあり方にもよるけれども、そもそもは武人が平安な時にあっても、戦いを忘れないで、備えを固くしているか、どうかにかかり、それが自然にこのような結果を生んだのである。
われ等戦後の軍人は、深くこれ等の実例を省察し、これまでの練磨の上に、戦役の体験を加え、さらに将来の進歩を図って、時勢の発展におくれないように努めなければならない。そして常に聖諭を泰戴して、ひたすら奮励し、万全の実力を充実して、時節の到来を待つならば、おそらく、永遠に護国の大任全うすることができるであろう。
神は平素ひたすら鍛錬につとめ、戦う前に既に戦勝を約束された者に、勝利の栄冠を授けると共に、一勝に満足し、太平に安閑としている物からは、ただちにその栄冠を取上げてしまうであろう。昔のことわざにも「勝って兜の緒を締めよ」とある。
by 杜詩夫 2009/05/27 21:20  URL [ 編集 ]

No title

     
 「上記史料のルーズベルトによる英訳」
"The war of twenty months' duration is now a thing of the past, and our United Squadron, having completed its function, is to be herewith dispersed. But our duties as naval men are not at all lightened for that reason. To preserve in perpetuity the fruits of this war; to promote to an ever greater height of prosperity the fortunes of the country, the navy, which, irrespective of peace or war, has to stand between the Empire and shock from abroad, must always maintain its strength at sea and must be prepared to meet emergency.
This strength does not consist solely in ships and armament; it consist also in immaterial ability to utilize such agents. When we understand that one gun which scores a hundred per cent. of hits is a match for a hundred of the enemy's guns each of which scores only one per cent. it becomes evident that we sailors must have recourse before everything to the strength which is over and above externals. The triumphs recently won by our Navy are largely to be attributed to the habitual training which enable us to garner the fruits of the fighting.
If then we infer the future from the past, we recognize that though war may ceases we can not abandon ourselves to ease and rest. A soldier's whole life is one continuous and unseasing battle, and there is no reason why his responsibilities should vary with the state of the times. In days of crisis he has to display his strength; in days of peace to accumulate it, thus perpetually and uniquely discharging his duties to the full. It was no light task that during the past year and a half we fought with wind and waves, encountered heat and cold, and kept the sea while frequently engaging a stubborn enemy in a death or life struggle; yet, when we reflect, this is seen to have been only one in a long series of general maneuvers, wherein we had the happiness to make some discoveries; happiness which throws into comparative insignificance the hardships of war.
If men calling themselves sailors grasp at the pleasure of peace, they will learn the lesson that however fine in appearance their engines of war, these, like a house built on the sand, will fall at the first approach of the storm. From the day when in ancient times we conquered Korea, that country remained for over 400 years under our control, to be lost immediately as soon as our navy declined. Again when under the sway of the Tokugawa in modern days our armaments were neglected, the coming of a few American ships threw us into distress, and we were unable to offer any resistance to attempts against the Kuriles and Saghalien.
On the other hand, if we turn to the annals of the Occident, we see that at the beginning of the 19th century the British Navy which won the battles of the Nile and of Trafalgar, not only made England as secure as a great mountain but also by thenceforth carefully maintaining its strength and keeping it on a level with the world's progress, has throughout the long interval between that era and the present day safe-guarded the country's interests and promoted its fortunes.
For such lessons, whether ancient or modern, Occidental or Oriental, though to some extent they are the outcome of political happenings, must be regarded as in the main the natural result of whether the soldier remembers war in the day of peace. We naval men who have survived the war must take these examples deeply to heart, and adding to the training which we have already received our actual experiences in the war, must plan future developments and seek not to fall behind the progress of the time.
If, keeping the instructions of our Sovereign ever graven on our hearts, we serve earnestly and diligently, and putting forth our full strength, await what the hour may bring forth, we shall then have discharged our great duty of perpetually guarding our country. Heaven gives the crown of victory to those only who by habitual preparation win without fighting, and at the same time forthwith deprives of that crown those who, content with one success, give themselves up to the ease of peace. The ancients well said:
"Tighten your helmet strings in the hour of victory."
(Dated) 21st December, 1905.
TOGO HEIHACHIRO.
I commend the above address to every man who is or may be a part of the fighting force of the United States, and to every man who believes that, if ever, unhappily war should come, it should be so conducted as to reflect credit upon the American nation.
「余は以上の訓示を合衆国の軍隊の一員たる者ならびに、もし万一不幸にして戦いが生じた時、祖国の名誉を護るために身を捧げんとする人たちに推薦する。」
THEODORE ROOSEVELT.
CHARIES J. BONAPARTE,
Secretary.
(セオドア・ルーズベルト大統領「書簡」より)

by 杜詩夫 2009/05/27 21:21  URL [ 編集 ]
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