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『気骨の判決』 補遺

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 吉田久が行った歴史的な判決は、東条内閣や誤った教育で洗脳され戦争遂行に酔い痴れていた国民からは、非国民扱いされました。しかし心有る人や法曹人の一部からは壮挙として見られていました。特に戦後は改めて吉田判決が高く評価されたのですが不思議なことに、この裁判記録が東京大空襲の際に焼失したとされており、大審院民事判例集にも登載されておらず「幻の判決文」とされていました。ところが同判決の判決原本が2006年(平成18年)8月、最高裁判所の倉庫で61年ぶりに発見されたのです。何とも不思議なことです。

 ドラマでは触れていませんが、吉田久は東大出の、いわゆるエリート裁判官ではありません。福井県の八百屋の長男として生まれ、高等小学校さえ中退して裁判所の給仕をして生計を立てていました。志を立てて上京後は弁護士の書生をしながら東京法学院(後の中央大学)の夜学に通って勉強しました。明治38年に同校を卒業し高文司法科に合格、司法官試補、検事を経て判事となります。吉田が社会の底辺に生まれ、苦労しながら育ったからこそ、独裁者、東条に抵抗して勇気ある判決を出し得たのだと思います。

 吉田は裁判官を辞めた後も「危険人物」として特高警察の監視下に置かれていました。戦後は鳩山一郎の推薦により日本自由党に加入、同党の憲法改正要綱中の司法権に関する規定を起草したたりしました。昭和21年には貴族院議員に勅撰され、参議院議員選挙法の立案などに携わり、翌年貴族院の廃止により議員を退任した後は中央大学に復帰し、教授として迎えられます。
60年安保の当時、吉田は大学院の研究科長をしており安保闘争に学生が参加することについては批判的な意見を持っていました。ところが指導していた院生の吉田豊(現在 東京学芸大学名誉教授、元中央大学法学部教授)が読んでいたアサヒグラフに座り込みをする学生を殴打する警官隊の写真が掲載されているのを見て、吉田は法学部に貸切りバスを呼んで「学生も教員もこれに乗って国会に行け」と叫んだというエピソードが伝えられています。

 主演の小林薫は「吉田さんは普通の人。苦労して裁判官になったまじめな良識派で、法律に関しては非常に厳格。脆さも持った原寸大の人間として描ければ」としたうえで、「大昔の話のようだけれど、先の郵政選挙を思い出してみても、人間のやることは余り変わらないなと思う。身近に感じていただけるのではないか」と付け加えていたそうだ。    
 私事ですが私も一時期、法曹界に身を置いたことがあります。いま改めて吉田久先輩の生きざまに接し、その志の高さ、勇気の有り様に雲泥の差があることを知り、今更ながら内心忸怩たるものがあります。私は国公一種をクリアして、いわゆるキャリアとして法務省に勤務しました。同省人権擁護局に在任中、有名な“昭和の岩窟王”事件を担当しました。

 戦前の名古屋で繭商人が殺され、金を奪われた。二人の容疑者が逮捕され、彼らの自供により主犯として吉田石松さんが逮捕された。二人の犯人は自分の罪を軽くするために事件と全く関係の無い吉田さんを主犯に仕立て上げたものだった。判決は吉田さんが死刑、二人は無期だった。吉田さんは途中で無期に減刑されたが、各地の刑務所を盥回しされながら終始無罪を主張し、何度も再審を訴え続けた。仮釈放中の吉田さんは5度目の再審を申し立てる一方で毎日、法務省を訪れた。私が吉田老にお会いしたのは、その頃です。厳寒の朝、法務省の入口で土下座した吉田さんが「助けて下さい」と職員の足に縋り付いていた姿が忘れられません。裁判所は法務省の所管、身内の誤判を取り上げるはずもなく、私は密かに吉田さんを日弁連の人権擁護委員会へ案内することしかできなかった。日弁連の努力で二人の犯人の告白テープが証拠となり、やがて吉田さんは二十数年ぶりに晴天白日の身となる。それから10ヶ月後、吉田さん眠るように84年の生涯を閉じられた。

 私は子どもの頃から頑固なところがあった。良く言えば正義感が強かったのかな。上に諂ったり強者に媚びることが出来ない子だった。高校時代に全校ストライキを指導したり、大学時代は学生運動にのめり込んだ。法務省に入ったのも法律を通してソーシャル・リフォームを夢見たのだが、この事件に関わったことでそれが挫折した。やがて法務省を辞めたが、三つ子の魂何とかで性格は変えられなかった。 
 樋口一葉の『ゆく雲』という作品の中で、少女「ぬひ」が世間に気兼ねしながら暮らす様子を述べた次のようなくだりがあります。―「もの言へば睨まれ、笑へば怒られ、氣を利かせれば小賢しと云ひ、控え目にあれば鈍な子と叱かられる」…いまの私はこんな心境かもしれません。不正があれば糺す。間違いがあれば指摘する。これが止められないから、周囲の人からは「偉そうなことを言う」と疎まれるのです。低い次元で疑似共感する齢でもないし、孤高を貫く生き方しかあるまい。ちょっとカッコ良すぎたかな。呵々。
  
                (写真;吉田久大審院判事)






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by 杜の小径  at 17:18 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑
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