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寒梅忌―ある友を偲ぶ

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    夫(つま)の忌の近づき八ツ手花盛る(芙美子)
 
 酒井芙美子さんから第53回大西行際の招待状に副えて、この句が送られてきた。彼女は『狩』同人の俳人で、親友・故酒井清君の夫人。現在は長女の樹里さん一家と横浜で暮らしている。長女のご主人は酒井が遺した高校の役員をされている。酒井は私にとって刎頸の友である。「芙美子さんの句を拝見したら、酒井に会いたくなりました。29日の忌日に墓参りに行きますよ」と電話する。「えっ、29日は呂美が旅行に連れていってくれると言うから居ないわよ。城司も雪芳の里帰りで中国に行くし…」「な~んだ、10年経つと冷たいもんだな。命日に誰も墓参りしないの?」「その代り27日に皆でお墓参りするわよ」「じゃあ、僕が代わりに行きますよ」「よかった、お願いするわ。お掃除はちゃんとしとくからね」
 と、いうことで電話を切ったが、一人でというのも心細い。思案していたら、チ-ンと電子レンジの切れる音がした。ご飯が炊き上がったようだ。そうだ、高橋さんを誘ってみよう。私が一人住まいを始めたとき、電子レンジでご飯が炊けるという小さな釜を贈って下さったのが、高橋さん。何だか、酒井が「おい、よしさんが居るじゃないか」と教えてくれたような気がした。直ぐに電話して、経緯を話す。「まあ、よく思い出してくれたわねぇ。行く、行く」と二つ返事が返ってきた。彼女は長く酒井の秘書を務め、仕事が終わると酒井を混えてよく麻雀卓を囲んだものだった。性格が男っぽくて、腕捲りしながら激しい麻雀を打っていた姿が思い出される。また公私に亘って酒井家とは親しく、芙美子さんとも仲良しだった。直ぐに芙美子さんに知らせると、「村瀬さんと、よしさんが来てくれたら主人もきっと喜ぶわ。後で私からもよしさんにお礼を言っておきます。と喜んで下さった。

 酒井とは朝日新聞がオレゴン大学式討論法で全日本学生討論会を主催したときも、NHKが「青年の主張」を企画したときも、常に最初から一緒に関わってきた。後に彼が第19代学生連盟の委員長となり、私が第20代の委員長となった因縁もある。当時、副委員長を務めた藤波孝生(早大・後に内閣官房長官)、山本卓也(慶大・後に弁護士)も既に故人となり、今度の墓参では私の後、第21代委員長を務めてくれた田中鐡男君(学習院・ニチケン会長)の逝去も報告しなければならない。あゝ、私だけが残されてしまった。(閑話休題)

 酒井とは私的にも兄弟以上の付き合いをしてきた。未だお互いに若かった頃、芙美子さんから切羽詰まった声で電話がかかってきた。酒井が血便を出したが、どうしても病院に行かない。何とかして欲しいと言う。当時、私の甥が慶大病院の内科医だったので一計を案じ、酒井に電話をした。「最近、体の調子が悪い。慶応病院の人間ドックに入るんだが一人では心細い。君も一緒に入院してくれ」ということで、二泊三日のドック入りをしたが、結果は酒井の血便は痔。囮で付き添った私の方に直腸ガンが発見されたという思い出もある。
 彼の次女呂美ちゃんが結婚するときも大変だった。アメリカへ留学中に恋人が出来た。相手はハーバード大学出身の弁護士だが、酒井が頑として結婚を許さない。実は長男の城司君は南京大学に留学後、アメリカのジョージワシントン大學に留学したのだが、中国留学中に知り合った中国人の雪芳さんと結婚していた。だから、酒井にしてみれば全部外国人に取られたしまうような気持ちだったのかもしれない。私は彼に言った。君が長男に城司(ジョージ)、長女に樹里(ジュリー)、そして次女に呂美(ロミ)と名前をつけたので俺が「ずいぶんバタ―臭い名前ばかりだな」と言ったら、君は何と答えた。「これからはインターナショナリゼーションの時代だ。世界に通用する名前でなくちゃあ」と言ったじゃないか。それが相手も見ないで呂美の結婚に反対するなんて。君を見損なったよ」―それから1か月後、酒井から電話が入った。「おい、会ったぞ。アイツ、俺の前に両手をついて、呂美と結婚させて下さいと涙を流したんだ。あんな男は今どき日本人でも居ないぞ」―もちろん結婚はOKとなったが、その脚本を私が書いたとは遂に知ることなく彼は逝ってしまった。今度の墓参で、このことを明かしたら彼は何と言うだろう。化けて出るかな。

 そうそう、彼の忌日を私は勝手に「寒梅忌」と名付けている。酒豪だった彼が特に好んだのが越後の銘酒「越の寒梅」だったから…。写真も、それに因んだものである。
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by 杜の小径  at 23:31 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑
Comments

突然ですが

 村瀬先輩、ご無沙汰しています。1期下の大江 龍です。覚えていて
下さったでしょうか。「青年の主張」の記事を、懐かしく拝読しました。
現在は「青春のメッセージ」と呼び方が変わりましたが、先輩たちが
始められた企画が半世紀も続いているのは凄いことですね。
 当時、内幸町に在ったNHKホールで行われた第1回放送の収録には
私も聴きに参りました。たしか、共通の演題が「現代の不安」でしたね。
第2回から地区予選をしましたが、最初はNHKの指名で出演者を決めた
のではなかったでしょうか。10人ほどの方がスピーチされたように記憶
していますが、村瀬先輩と海部俊樹さんのスピーチが印象に残っています。
 改めて連絡をさせていただきます。ぜひ、拝眉の機を得たいと存じます。

by 大江 龍 2009/12/16 23:04  URL [ 編集 ]

懐かしいね

 大江さん、もちろん覚えていますよ。ご活躍の様子は
仄聞しています。一度お会いしたいと思っていましたが、
お忙しいだろうと遠慮していました。近いうちに、ぜひ
お会いしましょう。
 酒井君の墓所の直ぐ近くに立教の宮川君の家があって、
時々お墓参りをしてくれています。彼を覚えていますか?
学生国会で共産党の委員長をやった男です。今は巨大な
チェーン店のオーナーです。変われば変わるものですね。
お手隙のおりに、ぜひご連絡下さい。

by 杜詩夫 2009/12/17 10:22  URL [ 編集 ]
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