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逝く年への想い

             とり


   逝く年の行く先あるがごとくゆく(杜)

 きょう一日で今年も終わる。天文・自然にはっきりした変化があるわけではないが、人は深い感慨をもって大晦日を迎える。逝く年への哀感と来る年への希望―このドラマチックな変化の一瞬は、今夜半に実感できる。NHKの『紅白歌合戦』が終わると同時にグワ~ンと除夜の鐘が鳴り、被さるように「新年、明けましておめでとうございます」というアナウンサーのナレーションが淡々と流れる。『紅白』の喧騒が瞬時に静謐な鐘の音に変わる演出は見事である。が、私自身は、この瞬間をあまり経験したことがない。テレビなどの電波が届かない、山小屋で越年することが多かったからである。今年は宿痾の脚疾が悪化して山籠りは諦めた。さて、どうやって大晦日を過ごそうかと未だに思案中である。
 有限の命を刻む現身にとって、「正月は冥土の道の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」と言った一休和尚の言葉が、いちばん正鵠を射ているように思われる。人は、その恐怖を忘れるために送年迎年の大騒ぎを繰り返しているのではあるまいか。こうした無常観をマゾヒスティックと笑うことは自由である。ならば「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」と記した鴨長明、「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」と言った松尾芭蕉、更に『平家物語』の冒頭に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」と記した信濃前司行長なども自虐症候群の虜囚と断じなければならないが…。
 
 そうは言っても、昨日は玄関に小さな門松を飾り、パックのお供えも用意した。家内の生前は数日かけて三十種類ほどのお節料理を作って顰蹙を買ったものだが、近年は形ばかり。それでも勉が送ってくれた天竜川の天然鮎を使った昆布巻と蒟蒻の煮〆、栄子から送られた岐阜の富有柿と美智代が持参した蕪で作った柿膾、眞理芽から届いた数の子入りの松前漬などが完成した。これだけでも独り正月には十分過ぎる。娘の眞理芽以外は半世紀も昔の教え子たちの贈物である。お節料理ではないが名古屋の勝子からは、数日前に旦那が手作りの朝鮮人参酒を届けてくれた。たった一年の師弟の縁なのに、今も気遣ってくれる子どもたち(もう孫の居る齢だが)には、頭が下がる。

 午後、野川に沿って下り、武蔵野公園の疎林で冬桜や野鳥の群れを観て過ごす。


   師走の杜は 
   去ってゆくものばかり
   透明な光のなか
   ざわめきもなく
   冬桜 散る 

   二羽 五羽 三羽
   みな
   飢えているのか
   眼差遠き    ■眼差=まなざし
   師走の鴉たち

   大晦日の夜は
   禽になろう   ■禽=とり  
   話し相手は
   ブリキ細工の
   梟




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by 杜の小径  at 03:00 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑
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