FC2ブログ
 

節分の夜咄

あしかみ あべしみ あ般若


   をちこちの闇に声あり鬼やらひ(杜詩)

 明日は節分。その前夜に当たる今夜は追儺、俗に謂う「豆撒き=鬼遣らい」が行われる。都会ではあまり聞かれなくなったが「福は内、鬼は外」の鬼打ちの声は、寒夜に幽かに春を感じさせる風物詩でもある。広辞苑に拠ると鬼の語源は隠(おに)で、姿の見えない怪しげなものということらしい。即ち鬼とは人間に災いを齎す災害、疾病、外敵などの象徴なのである。鬼にとっては災難な夜だが、鬼を祀った神社とか鬼に縁のある家などは「鬼も内」と言うらしいから、追われた鬼は其処へ逃げ込むのが宜しかろう。
 私も豆撒きはするが「鬼は外」とは言わない。別に鬼に縁者が居るわけではないが、何となく憎めないのである。追われた鬼はウチに逃げ込めば、目刺しに酒ぐらいは振る舞うよ。鬼だって悪い奴ばかりとは限らない。例えば浜田廣助の『泣いた赤鬼』に出てくる人間好きの赤鬼や自分を犠牲にして友達を助ける青鬼などは、とても豆をぶつける気になれない。それどころか、お願いしてででも友達になりたい。

 京都の壬生に、千年近く受け継がれている壬生狂言がある。これに出て来る鬼も間が抜けていて憎めない。粗筋は、こんな具合である。鬼が節分の用意をしてる後家を見初める。覆面をして後家に近づき、打出の小槌で着物を出して気をひこうとする。鬼は酒を飲まされ泥酔しているうちに後家に小槌を取られ、身包み剝がされて、豆で追い払われるというもの。こういう鬼だと追い払うどころか、ちょっと同情したくなる。
 狂言にも「節分」という演目がある。粗筋は上記の壬生狂言とほぼ同じだが、鬼は蓬莱の島から来たことになっていて、夫が出雲大社へ年参りに出かけた留守の出来事としている。鬼が女房の歓心を買おうとして蓬莱の島で流行っている歌を次々と披露するところが、たいへん楽しい。

 さて、能や狂言には様ざまな鬼が登場し、これに使われる能面の種類も多い。上掲の写真はその一部で、左端が「大江山」「羅生門」などで使われる顰悪尉(しかみあくじょう)の面。中央が「鞍馬天狗」「是外」などで使われる癋見悪尉(べしみあくじょう)の面。右端が「葵上」「道成寺」「黒塚」などの鬼女に使われる般若(はんにゃ)面である。
  
              あ セツブン1草

 いま、ヴェランダに節分草が咲いている。節分の頃に咲くので付けられた名前だが、これは旧暦でのことだから、野生の花が見られるのは来月も半ば過ぎだろう。東京近郊でも群落が普通にみられたが、最近は乱獲で少なくなってしまった。これは先日、いつも山野草を求める信濃町の「花㐂多」で見つけたもの。高山植物のような可憐さに惹かれて持ち帰った。キンポウゲの仲間だから球根を大事に育てれば来年も花を付ける。
スポンサーサイト








※ スパム対策の為、暫くの間コメントは承認制にさせていただいております。
  コメントを頂いてから表示までにお時間をいただく場合がございますが、
  何卒ご理解くださいますよう、お願い致します。(管理人)

by 杜の小径  at 01:19 |  日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑
Comments
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

杜の小径

Author:杜の小径

杜のMENU
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
カウンター