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河童忌(我鬼忌)

                         
  河童忌や本屋少なき横網町(杜詩夫)
   
   木の瘤に愁ひ集まる我鬼忌かな(〃)
 
今日24日は芥川龍之介の命日である。太宰治の死を取り上げた直後に芥川龍之介―二人とも三十代で自ら命を絶っている。六月は才能ある作家を死に誘う憂愁の季節と謂うべきか。
『河童忌』は彼の作品に拠る。我鬼は芥川の俳号である。東京本所で生まれたので、隅田川にちなんで澄江堂(ちょうこうどう)主人とも号した。芥川の俳句を余技とする人も多いが、私は生涯に数千句を遺した某々宗匠などよりも優れた本物の俳人だと思っている。
萩原朔太郎はエッセイ『俳人としての芥川龍之介と室生犀星』の中で次のように述べている。
「芥川龍之介氏とは、生前よく俳句の話をし、時には意見の相違から、激論に及んだことさへもある。それに氏には「余が俳句観」と題するエツセイもある程なので、さだめし作品が多量にあることだと思ひ、いつかまとめて読んだ上、俳人芥川龍之介論を書かうと楽しみにしてゐた。然るに今度全集をよみ、意外にその寡作なのに驚いた。全集に網羅されてる俳句は、日記旅行記等に挿入されているものを合計して、僅かにやつと八十句位しかない。これではどうにも評論の仕方がない。…」これは朔太郎の調査不足で、芥川が生涯に創った俳句は600前後とみられる。しかし唯一の自選句集『澄江堂句集』には僅かに77句が収められているに過ぎない。彼の自作に対する厳しい目を感じさせる。同句集から私の好きな作品をいくつか拾ってみよう。

   木がらしや目刺にのこる海の色」
   山がひの杉冴え返る谺かな
   元日や手を洗ひをる夕ごころ
   水洟や鼻の先だけ暮れ残る
   荒あらし霞の中の山の襞
   さみだれや青柴積める軒の下
   松かげに鶏はらばへる暑さかな
   日ざかりや青杉こぞる山の峡
   秋風や甲羅をあます膳の蟹
   秋の日や榎の梢の片なびき

 芥川は薬物自殺を図る直前に妻や友人に遺書を書いているが、自殺の原因については「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉を遺しているだけである。彼の厭世的、あるいは病的な心境は『河童』を初めとする晩年の作品群に明確に表現されているので、興味のある方は改めてお読み戴きたい。


「5月」「自殺」「一高生」「厭世観」というキイワードを並べると、浮かぶ上がるじんぶつがある。(明治36年)5月22日、日光の華厳滝において、傍らの木に「巌頭之感」を書き遺して自殺した一高生 藤村操である。「巌頭之感」には「萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。 我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。」―この言葉に誘われるように文学青年やエリート学生が次々に華厳滝で自殺を企て、その数は既遂未遂を含めて185名にのぼったという。もちろん芥川の死は藤村の死の24年後だし、享年は20年も違うから思索の深さも格段に違うだろう。しかし生年の差は僅かに6歳。芥川の不安に満ちた白皙の顔に、どうしても華厳巌頭に散った藤村操の面影を重ねてしまうのである。(写真:藤村 操)

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