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鮓の話(5)― 神話の里の発酵技術

 酢は食べるにしても、ちょいと抓むもの。鮓の話も何回も続くと食傷ぎみ。ぼつぼつアガリにしようかと思っていたら、島根出身の詩人Kさんから電話が入った。― おい、出雲は酒、酢など発酵食品の発祥の地だ。忘れるなよ。― と。
『出雲風土記』―(有名な国引き神話も載っており、現存する各地の風土記の中では最も完本に近い)―には、こんな記述がある。「佐香郷(さかのさと)郡家(こおりのみやけ) の正東(うのかた)四里一百六十歩なり。佐香の河内に百八十神集い座して、御厨立て給いて、酒を醸させ給いき。即ち百八十日喜讌して解散坐(あらげま)しき。故、佐香と云う」―意味は、「河内に沢山の神々が集まって煮炊きする調理場を建て、酒を作られた。そして長い間、毎日酒宴を開いたあと去って行かれた。そこで酎みずき(酒宴)の「さか」に因んで佐香という」。これは、現在の平田市に鎮座している佐香神社で、今は松尾神社と呼ばれている。先年京都に遊んだとき、嵐山に同名の神社が在り社前の幾つもの酒樽が積み上げられていた。やはり酒の神で、帰化人の秦氏を祀っているのも出雲の松尾神社と同じである。日本書紀によると応神天皇の頃に弓月君(ゆづきのきみ:融通王)が朝鮮半島の百済から百二十県の人を率いて帰化し秦氏の基となったという。私は、この秦氏の原点は出雲にあるような気がする。出雲神話に出てくる因幡の白兎の話は極めて象徴的で、白兎は白いチマチョゴリを着た渡来人、それを騙す鱶は海賊または悪質な渡来仲介人という説もある。

 出雲地方は、李白、豊の秋、金鳳、天祐,國暉などの銘酒の産地である。この酒造りを支えてきたのが、出雲杜氏(とうじ)と呼ばれる人々である。酒造りに携わる職人を蔵人といい、その頂点に立つ職人を杜氏という。杜氏は、酒蔵において醸造工程の総指揮を司る、いわば醸造の大黒柱なのだ。伝統ある出雲杜氏は、江戸時代後期ごろ、農家の冬場の出稼ぎ労働として、松江市や出雲市、平田市、大社町で酒造りを手伝うようになったのが始まりと謂われる。その丁寧で的確な仕事ぶりは、たちまち中国五県で評判を呼び、県外の酒蔵からは出雲杜氏と呼ばれるようになった。

 松江の神魂(かもす)神社は最古の大社造建造物で、国宝に指定されている。この神社で毎年正月に行われる「祷人(とうじん)渡し」の行事で参詣者にふるまわれるエノハ(別名・ギンダイ)の発酵ずしを「御鮓」と謂う。宮司の秋上家が作るのが慣わしとなっており、製法は秘伝。出来上がりは、ご飯は極端に少なく塩気が極めて強い。生のほか、火で炙っても食べるが、火を近づけると忽ち塩気が白く固まりだす。この酢を桶に収め、さらに特有の〆縄で巻き付けて棒に縛り付けたのが「御鮓御輿」で、神事の前に、これを担った氏子連中が町内を練り歩く。これは出雲地方の熟れ鮓の元とみられ、優れた発酵技術を持つ出雲杜氏が深く関わっていたとみられる。

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