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百歳の句集―つづき

                  岸原さん

 俳人 岸原猷子さんが百歳になられたのを記念して、4人のお嬢さんが協力して句集『初鏡』を上梓された話を昨日のブログで紹介した。そのブログをご覧になったお嬢さんの一人からお電話があって、「母がたいへん喜んでいました。母は村瀬さんのファンですから、繰り返し読んでいますよ」ということだった。そのとき、猷子さんが室内で転倒され、目下入院中であることを初めて知った。昨日のブログでは私の好きな句を挙げるにとどめた。それを喜んで読んで下さったことを知り、改めて作品に対する感想を書くことにした。この拙文が病中の猷子さんに幾らかでも慰めになれば幸いである。

☆顔中の皺喜んでゐる 初鏡

 初鏡は女性が正月に初めて覗く鏡のことで、初化粧と同じ意味です。
普通なら一本の小皺さえ気にするところですが、今朝の初鏡は、深く刻まれた皺が長寿を喜んでくれているように見える。ユーモラスな表現のなかに達観した人生観を籠めた名吟です。この場合「初の鏡」とは人生を映す鏡の比喩とも受け取ることができて、記念句集のタイトルに相応しい句と言えましよう。

☆百年の旅の一こま 初の夢

 初の夢は初夢、正月二日に初めて見る夢です。昔はその内容で吉凶を占い、一喜一憂したものです。しかし百年という長い人生の旅路から見ると、そうしたことは一こまの夢に過ぎない、という句意でしょう。   
私はこの句から、中国の古い説話「盧生の夢」を連想しました。盧生という貧しい書生が邯鄲という街の茶店で主人から枕を借りてまどろむと、立身出世して栄華を極める。ところが目覚めてみると茶店の主人が炊いていた高粱が、未だ煮えきらないほどの短い間であった。人生の儚さを教えるこの説話は「邯鄲の夢」「一炊の夢」とも呼ばれています。この初夢の句には、中国説話と共通した人生を達観したような禅味が感じられます。
 
☆つつましく生きて今あり 花八つ手

 八つ手は庭の片隅に植えられることが多く、花も全ての花が終わった初冬にひっそりと咲きます。花木としては、どちらかと言えば地味な存在です。作者は派手で目立つようなことは無かったが、四人の子どもを育てあげた自分の人生に満足し、その幸せをしみじみと噛み締めています。その心境を花八つ手に仮託することで、作者のお気持ちが切々と伝わってきます。 

☆憂きことも嬉しきことも 年終わる

 上二は述部が省略されていますが、結句「年終わる」と掛詞になっています。一年を顧みると辛かったこと楽しかったこと、いろいろあるが大晦日を機に全てにピリオドを打って、新しい気持ちで新年を迎えようという句意でしょう。歳末を表す季語は「年の瀬」「年迫る」「年逝く」など百近くありますが、「年終わる」を遣うことで、掛詞が成立しています。また、この句は一応年末の感慨を表していますが、人生という長いスパンを詠んだ句とも見ることが出来てたいへん味わい深いです。

☆今聞いた言の葉忘れ そぞろ寒

「そぞろ寒」という季語の遣い方が見事です。「そぞろ」は「漫ろ」と書き、何となくという意味。秋の深まった日に、ふっと感じる寒さのことですね。ここでは気象的な季語を遣って、見事に心理上の陰影を表現しています。私にも経験のあることですが、聞いたばかりの言葉を忘れたり、人名を思い出せないことなどは、よくあること。その度に己の加齢を考えてドキッとします。将に「そぞろ寒」です。   

☆秋愁や 長寿めでたしと 云はれても

「いのち」は有限直線を歩むようなもので、必ず畢があります。人間はそうした根源的な悲しみを持ち、命の盛んな春にそれを感じれば春愁、万物が衰える秋に感じれば秋愁、秋思と謂います。「長寿めでたしと 云はれても」というシニカルな表現で人生の根源的な悲しみ、寂しさを見事に描き切っています。

☆ほろ苦き 来し方ありき 土筆摘む
 
土筆摘みという長閑な行為と対比することで、今までに経験したほろ苦い思い出が見事に活写されています。また思い出のほろ苦さと土筆のほろ苦い味が掛詞のなっていて、句趣を高めています。

☆亡き夫の遺影淋しく 春の雨

 遺影の表情は年中変わる筈がないのに、見る人の気持ち次第で笑っているように見えたり、淋しそうに見えたりします。歓楽極まりて哀れ生ずというように、花や人に浮かれる春は、却って人を物想いに沈ませることがあります。まして、春の雨が煙るような日は亡き人への想いも深くなります。そうした想いが淡々と表現されていて、共感を呼ぶ句です。

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