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草田男忌

中村草田男


 今日は俳人 中村草田男の忌日。水原秋櫻子の薫陶を受け、敗戦直後の昭和21年(1946年)より月刊俳誌『萬緑(万緑)』を主宰。俳句の現代化を推進して、加藤楸邨、石田波郷らと共に人間の内面心理を詠むことを追求し人間探求派と称せられた。しかし社会性俳句、前衛俳句を批判して、終生彼らとは一線を画した。昭和58年(1983年)8月5日)急性肺炎のため死去。享年82歳。

       kusatao1.jpg
            

   万緑の中や吾子の歯生え初むる
 
 これは、草田男の代表句の一つ。個人的なことだが、小生の散歩コースの深大寺境内に句碑がある。此処には子規、虚子など多くの俳人の句碑があるが、深大寺の緑には、この句がいちばん相応しい感じがする。彼は長く吉祥寺の成蹊大学の教授をしていたので、深大寺には何度も杖を曳いたことであろう。王安石の「咏柘榴詩」と題する詩「「万緑叢中紅一点、動人春色不須多」(万緑叢中(そうちゅう)紅一点、人を動かす春色多きを須(もち)いず)を踏まえた作品である。原詩は万緑と柘榴の紅い花を対照させているが、この句でいは万緑と、ちらり覗いた幼児の白い歯を対照させている。万緑という季語は、この句で定着したもので、草田男も気に入っていたらしく自分が主宰する俳誌のタイトルにしている。

   降る雪や明治は遠くなりにけり

 これも草田男の代表句の一つ。彼は父が外交官だった関係で中国で生まれるが、4歳のとき父の故郷 四国・松山へ帰国する。しかし小学校は東京で、赤坂区青南尋常小学校に通った。これは、彼が東大に入ってから久し振りに西南小学校を訪ねたときの作品である。現在、同校にこの句碑が建っている。

【私の好きな草田男の句】

   秋風や脛で薪を折る嫗ている。
   秋風や脛で薪を折る嫗
   雁渡る菓子と煙草を買ひに出て
   秋雨や線路の多き駅につく
   鰯雲この時空のまろからず
   秋晴や橋よりつづく山の道
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