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by 杜の小径  at --:-- |  スポンサー広告 |   |   |  page top ↑

「風立ちぬ、いざ生きめやも」の謎

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 先日、堀辰雄夫妻を偲ぶコンサートのことを書いた。そのときは気付かなかったが、今になって、気になることがある。それは、「風立ちぬ、いざ生きめやも」というフレーズである。堀辰雄の自伝的小説の冒頭部分で遣われてから人口に膾炙した有名な詩句で、詩句の一部「風立ちぬ」は作品のタイトルになっている。一般には<風が吹き始めた。さあ、私たちも気持ちを新たにして生きていこう>と解釈されている。―この解釈は本当に正しいのだろうか、というのが私の疑問である。

 詩歌のワークショップなどで文法的な誤りを指摘した場合 感謝されるのは五十人に一人くらいで、殆どが余計なことを言うなといった顔をされる。中には口に出して、詩歌は楽しければいいんで文法など関係無いと言う人さえいる。こっちは物識りぶるつもりは無い。まして教えてあげるといった僭越な気持ちがあるわけではない。間違った作品がその儘公表された場合、間違いを指摘しなかった分母の中に自分も含まれると見られるのが恥ずかしいから敢て発言しているに過ぎない。にも拘らず間違いが訂正されることなく公表されるのを見ると、虚しい想いに駆られる。というわけで、文法がお嫌いな方はこの先を読まないで戴きたい。(閑話休題)

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 さて、このフレーズで問題となるのは最後の「生きめやも」である。語尾の「めやも」は推量の助動詞「む」の已然形「め」に、反語の終助詞「やも」がくっついて合成されており、意味は<どうして~するだろうか、そんなことはないだろう>となる。こういう遣い方は古語では一般的で、万葉集から有名な歌二首を挙げてみよう。
   
さざ波の志賀の大曲(わた)淀むとも 昔の人に また逢はめやも(柿本人麻呂)
  
紫草の匂へる妹(いも)を憎くあらば人妻ゆゑに われ恋ひめやも(大海人皇子)

 最初の歌の意味は<さざ波のたつ志賀の水の溜まった大曲が変わらずに淀んでいても、昔の あの人にもう一度会うことができようか。いや出来ないだろうな>である。二番目の歌は嘗ての恋人、現在は兄である天智天皇の妻となっている額田王(ぬかたのおほきみ)に贈った歌で、意味は<紫草のように香れる君がもし憎かったなら、今は兄の妻であるあなたを どうして恋い慕うことができるものか>で、二首とも歌末の「めやも」は否定語として遣われている。従って「風立ちぬ、いざ生きめやも」を文法的に正しく解釈すると、<風が吹き始めた。さあ、この風の中でどうして生きて行けるだろうか。とてもできない>となる。。

 実はこのフレーズはフランスの詩人、ポール・ヴァレリーの詩の一節で、『風立ちぬ』の扉裏に堀自身の手で「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」と明記されているもの。詳しく言うとヴァレリーのimetière Marin (Graveyard by the Sea)「海辺の墓標」という24聯に及ぶ長詩の最後の聯の一節に当たり、英語では The wind is rising: we must endeavor to live.となる。試しに筑摩書房から出ている『ヴァレリー全集』(鈴木信太郎訳)で、この部分を検証してみると、<風 吹き起こる……生きねばならぬ>と訳されていた。

 では、堀辰雄の誤訳だろうか。そんな筈は無い。彼は帝大国文科卒である。東大出でも弾みで入ったようなバカもいるが、彼の場合他の作品から推しても あり得ない。それに折口信夫から個人的日本の古典文学を学び、王朝文学に題材を得た『かげろふの日記』のような作品を書いている。誤訳は考えられない。

 私は改めて彼の作品を読み返してみた。堀辰雄は療養中の矢野綾子と軽井沢で知り合って、1934年に婚約する。この軽井沢でのひと夏の情景を描いたのが『美しい村』である。『美しい村』は「序曲」「美しい村」「夏」「暗い道」の4章からなる。バッハのフーガの印象から書かれたという これらの章は、軽井沢での生活を淡々とエッセイ風に描いて行く。「夏」の章で綾子(作品でが節子)との出会いが描かれ、終章の「暗い道」は帰りが遅くなってしまった夜、迷子になりかけた二人を描いたエピローグで、この後の『風立ちぬ』で描かれる二人の運命を暗示するかのような幕切れとなっている。
 実生活では綾子の肺結核が進み、意を決した堀は綾子を伴って八ヶ岳山麓の富士見高原療養所に入る。綾子はその年の暮れに死を迎えた。『風立ちぬ』では、「序曲」「春」「風立ちぬ」「冬」というふうに淡々と節子の死に向かって進行する様子が描かれる。謂わば『風立ちぬ』は絶望の書である。問題の「風立ちぬ、いざ生きめやも」というフレーズは、その「序曲」の冒頭の部分で初めて登場する。その部分を読み返してみよう。

(前略)草むらの中に何かがばったりと倒れる物音を私達は耳にした。それは私達がそこに置きっぱなしにしてあった絵が、画架と共に、倒れた音らしかった。すぐ立ち上って行こうとするお前を、私は、いまの一瞬の何物をも失うまいとするかのように無理に引き留めて、私のそばから離さないでいた。お前は私のするがままにさせていた。

  風立ちぬ、いざ生きめやも。

 ふと口を衝いて出て来たそんな詩句を、私は私に靠(もた)れているお前の肩に手をかけながら、口の裡(うち)で繰り返していた。

 最後の一行に注目して欲しい。「私」は声に出して「風立ちぬ、いざ生きめやも」と言っているのではない。「口の裡で繰り返して」いるのである。病が不治であることは節子自身も知っている。死を自覚した節子に向かって「「さあ、何とか生きてみよう」などと残酷な言葉を掛けられるだろうか。折から吹き起こった秋風に託して、「私」は節子に<よく ここまで生きてきたね。そんとはできないことなのに>と、密かに美しい絶望の詩句を贈ったのであろう。それに違いない。そう思って読むと二人の絶望と「私」の愛が胸に迫る。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」は、堀辰雄が読者に仕掛けた謎であった。―これが私の結論である。(写真の書は寺本一川さん)

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