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私の風の盆

            タイトル

   棚田にも神酒(みき)を供へて風の盆

   吊橋を渡れば聞こゆおわら節

   両袖に八尾の夜風風の盆

   ぼんぼりも手をつなぎあひ風の盆

   踊る手の波のごとしや風の盆

⑦    ⑧⑤       
      ⑨     ⑥

 越中八尾の風の盆は昨日で十一か町の前夜祭が全て終わった。前夜祭が十日間も行われるというのは例の無いことだが、それだけ人気が高いということなのであろう。前夜祭が行われるようになったのは、そんなに古いことではない。、昭和30年代までは近隣の人だけが知っているローカルな行事で、一部の好事家が独特の地方演奏、おわら節の嫋嫋とした節回し、更には優雅な手踊りに惹かれて集まっていた。私が初めて風の盆を訪れたのは学生時代だった。深夜宿で寝ていると遠くから胡弓を交えた地方の囃子が聞こえ、続いておわらの唄声に続き踊りの音が近づいてくる。飛び起きて二階の窓から遠ざかる流しの様子を眺めたものだ。そうした鄙びた雰囲気は、或ることを機に一変した。昭和60年、高橋治の『風の盆恋歌』が出版された。彼は金沢の旧制四高を卒業しているので八尾に土地カンはあったのだろうが東大卒業後小津安二郎の助監督をやっていた経験からか新潮社の社員と共に2年ものロケ・ハンを経て作品を書き上げた。小説はベストセラーになり、テレビドラマ・演劇化され、さらに平成元年に石川さゆりの同タイトルの歌が発表されると、「風の盆」は一躍ブームとなってしまった。それ以来、人口2万人そこそこの山間の町に、3日間で数十万人の観光客が押し寄せるようになり、已む無く前夜祭を行って観光客の分散を図るようになった。最近は前夜祭もたいへんな混雑ぶりだが、本祭と違って子どもを抱いて盆唄を歌ったり、踊り子さんが町内の子どもに踊りを教えながら流すなどの微笑ましいシーンも見られる。そうした光景をよすがに私は、昔静かな夜気の中で聞いた胡弓の響きを想い起こしている。それが私の風の盆である。観光用に整然と構成された風の盆は私には無縁である。そうしたわけで私は、本祭を前に取り敢えず明朝八尾を離れる。

①   ②

③ ④
   子を抱きて唄ふもありて前夜祭

   笠とれば未だ幼くて風の盆

   踊り子の帯より携帯電話鳴る

   笠と笠くっつけ密語風の盆

   両袖に恋の歌染め盆をどり

   惚れるなら命賭けよとおわら節

   笠とれば黒髪かほる風の盆

               
⑩

 宿のテレビを見ていたら、六本木を派手な衣装で踊り過ぎる若者を映していた。「スーパーよさこい」というイベントらしい。土・日の夜は高円寺と小金井で本場さながらの阿波踊りが行われたという。各地に伝わる民謡も次第に変質、変化しつつ生き残る。それが時代というのであろう。風の盆も、いつか同じ道を辿るのであろうか。

   一番星出てより弾み踊りの輪

   井田川の水音更けて風の盆

   踊り果て白山の端(は)に月のこる

     
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