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by 杜の小径  at --:-- |  スポンサー広告 |   |   |  page top ↑

滅びゆく奥天竜の花祭

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 今年の正月、三十年ぶりに故郷に帰った。豊橋で乗り換えた飯田線は天竜川に沿って進む。中央構造線と天竜川断層に挟まれたV字峡を通るのでトンネルが多く、鉄道ファンの間では地下鉄飯田線と揶揄されている。やっと佐久間に着く。ダム建設ブームで村から町に変わり、更に一昨年の市町村合併で浜松市に繰り入れられたが、林業の衰退と久根銅山の閉鎖で過疎化が進み、佐久間駅は無人駅となっていた。

   靴紐通すように
  トンネルくぐり
  やっと着いた無人駅
  ここが ふる里
   雪だけが眩しい

 この一帯には、毎年十二月から翌年二月の厳冬期にかけて行われる花祭という伝統行事が残っていた。祭が行われる花宿は、村の旧家が持ち回りで受け持つ。土間の四隅に柱が立てられ、そこは舞庭(まいど)と呼ばれる。中央には大きな釜を据えて湯を沸かし、ここで激しい湯立神楽が夜を徹して舞われる。見所は五色の花笠をかぶった子どもたちによる花の舞だ。続いて鬼の面をつけ、赤い衣装に草鞋を履き、大きなマサカリを手にした山見鬼、榊鬼、朝鬼が登場し、釜の周りを力強い足取りで踊り回る。観衆からは「テホヘ、テホヘ」と掛け声がかかり、花祭は最高潮に達する。   
 こうした花祭も私の故郷の遠州最西域や信州南部では既に衰退し、戦後は奥三河(愛知県南設楽郡地域)に国の重要無形民俗文化財として残るだけになっていた                     

 現在も読売テレビで放映されている、「遠くへ行きたい」という旅番組がある。この番組の七百回記念の脚本を任されたとき、私は消えかかっている故郷の花祭を取り上げることにした。小学三年生で故郷を離れているので、三十数年ぶりの佐久間は戸惑うことばかりだった。例えば桧皮葺(ひはだふき)だった集落の屋根は殆ど瓦とトタン屋根に変わっており、肝腎の花祭を収録するときも近在から踊り手や鬼役を集めなければならなかった。
 苦労の末に約一か月掛けて完成した記念番組は、テレビロケに初めてビデオを使ったという話題性もあって各新聞が取り上げ同番組の最高視聴率を記録した。

 あの日から、三十年余りが経った。ロケに協力してくれた古老たちも亡くなり、花祭も佐久間では下川合という集落に細々と残っているだけだという。(写真;『遠くへ行きたい』の一カット)

    雪しまく
    師走の舞庭(まいど)
    大釜に湯滾り
    人も滾る
    天竜の花祭

    エホヘ エホヘ
    なんにも無い
    奥天竜の村が
    花祭のいっとき
    威勢のいい囃子に沸く
 
    地団駄を踏む
    赤鬼の角に
    雪しまくとき
    村人は
    一瞬の幻想に酔う

    十畝(せ)のワサビ田 
    守っておくれ
    小さな願い胸に
    トキ婆さんは
    湯立神楽に額づく
    
    山見鬼役の
    源爺は腰が痛い
    榊鬼も朝鬼も歳をとった
    大マサカリが泣いていた
    今年の花祭

    天竜杉運んだ
    木馬(きんま)が消え  
    筏も消えた
    神楽舞う鬼も
    面をとれば皺が深い
   
    赤鬼も青鬼も
    面を外せば杣(そま)の顔  
    だが、
    彼らに帰るべき山は
    もう無い

    木の洞(うろ)に棲みつきし  
    梟も死に絶え
    故里とは名のみ
    エトランゼに
    舞庭の風は冷たい
                 
            (以上は『南の風』10月号に掲載したもの)





















 
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by 杜の小径  at 10:56 |  日記 |  comment (2)  |   |  page top ↑
Comments

No title

こんばんわ
懐かしいですね~。念仏踊りも、花祭りもほとんど消えかけていくようです。亡き母の時は、賑やかに送りました。

もうひとつ(遠くへ行きたい)の撮影の時、豊橋で、飯田線の中でご一緒でしたよ。松葉先生と先生の後姿をドキドキしながら眺めていました。これを期に生徒達が集まり始めたのですね。いつの間にかこんな齢になってしまいました。いつまでたっても、懐かしい。もうきりがないからこの辺でおしまいにします。
そろそろ山の端が恋しくなったのでは、行ってらっしゃおませ!

来年はクラス会、決行しましょう佐久間は遠慮しますが湯谷あたりでどうでしゅ!皆さんで決めることですから何処がいいですかね~楽しみにしていて下さい。 



by 勝子 2010/10/12 23:29  URL [ 編集 ]

拝復

 勝子さん、こんばんは。
 僕も、あのロケは忘れられません。あれが無かったら、
あなたたちとの絆も続いていなかったでしょうね。何しろ
鉱山が閉山になって久根に残っていたのは勉君だけだった
からね。
 同級会やるんなら、浦川辺りはどうですか。清流荘はバー
だけはやっているらしいよ。食事は外でして泊まるだけでも
ダメかなあ。曙美にでも聞いてみたら。かじか荘でよければ
親戚だから僕が話してみるけど。
by 杜詩夫 2010/10/13 01:42  URL [ 編集 ]
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