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「後の月」考 

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 午前三時五十分、月は中天に在った。空は晴れてはいない。処々に東へ流れる雲の塊は在るが、西の方やゝ南寄りの雲の切れ間に望(もち)の月が輝いている。今日は陰暦九月十三日、この日の月を後(のち)の月と呼ぶ。今年最後の名月ということから名残の月と謂うこともある。
   
   木曽の痩せも まだなほらぬに後の月(ばせを)

 これは江戸中期に各務支考が編集した『笈日記』に載っている芭蕉の句。意味は木曽路の旅で痩せた体力が未だ回復しないのに、もう九月十三日になってしまったというもの。下巻の有名な「草の戸も住みかはる世や雛の家」に続いて三月の箇所に載っている。これだとさっきの説明に合わないが、この句には「仲穐の月はさらしなの里、姨捨山になぐさめかねて、猶あはれさのめにもはなれずながら、長月十三夜になりぬ」と但書が添えてあるから、間違いない。「仲穐の月」の「穐」は「秋」の原字である。古代の中国では収穫の時期、亀の甲羅を焼いて作物の出来不出来を占った。だから穀物を表す「禾」(のぎへん)の横に「亀」を書いて秋の意味とした。現在でも芝居の世界では「千秋楽」でなく「千穐楽」と書く。小屋で火はご法度だし、亀のほうが縁起が良いからである。(閑話休題)←この言葉は嫌いだ。どうして私はいつも、すんなり主題に入って行けないのだろう。尤も、それができれば今ごろは売れっ子の商業作家になっていただろうが。

                          IMG_3712.jpg

「後の月」を見るために いつもより早く家を出た。すこし風があって頬の辺りが冷たい。この風で雲が流されたのか、月がよく見えるようになった。さすがに星は見えないが、月の30度ほど南寄りに金星が見えはじめた。こうなると欲が出て、プロムナード沿いの街灯が邪魔になる。それと、国分寺か府中の街の灯りだろうか、西空を染める灯りも気になる。

        dsc_1827[1]

山でビバークしたとき観る夜空の美しさは、平地では想像できないと思う。周りが漆黒の闇、おまけに空気が澄んでいるから手の届きそうな処で月や星が光っている。太古の人たちは、こんな月を見ていたんだ。その畏怖と憧憬の中から神話や伝説が生れたのであろう。現代人が都塵にまみれた月や星を眺めても、所詮は古代人の感覚をトレースしているに過ぎない―そんな気がする。月を詠むについても、然りである。 

                                     220px-Diane_de_Versailles_Leochares.jpg

 ギリシア神話ではゼウスの双子の兄アポロンが太陽神で妹のアルミテスが月の神となっている。日本の神話は記紀や風土記が底本になっているが、一応はイザナギの子が太陽神アマテラス、月神ツクヨミ、海神スサノオとなっている。余談ついでに詳しく言うと、イザナギが妻イザナミを追って死の世界・黄泉の国へ行った穢れを祓うため左目を洗ったときアマテラス、右目っを洗ったときツクヨミ、そして鼻をあらったとき海神スサノオが生まれたとされている。なぜ一応かというと、これに異を唱える説があるから。アマテラスを天照と漢字表記するので、いかにも太陽神のように見えるが実は記紀の中で太陽神を裏付ける記述は岩戸隠れの一箇所しかない。これに対しアマテラスが機織をするなど月に関わる記述はかなり多いから、実はアマテラスは月の神であるというのである。そういえば万葉集にも、以下のように天照が月を指すと示唆するような歌が多い。 

  ひさかたの 天照る月は神代にか出でかへるらむ年はへにつつ(巻7)
  ひさかたの 天光(て)る月の隠りなば何になぞへて妹をば偲ばむ(巻11)
  ひさかたの 天照る月は見つれども吾が思ふ妹に逢はぬ頃かも(巻15)

 では本物の太陽神は誰かということになるが、どうもタカミムスビという神が有力である。記紀では登場場面が少ないが、他の史料ではアマテラスより上位の神とするものもある。詳しく書く余裕がないが、その活動が皇室・朝廷に直接的に大いに関係していると考えられたため、神祇官八神として皇居の八神殿で祀られていることからも、本来は日本神話で主役級の神と思われる。恐らく大和朝廷に併合された出雲朝廷などの有力な部族の始祖ではあるまいか。日本神話には謎が多い。(写真:ギリシア神話の月神・)

 「後の月」が先になったり横道に逸れたりで、自分でも驚いている。これも月の魔力のせいと、どうかご容赦を…。


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