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母の句 久女の句

               すぎた2

      待針の色は赤のみ久女の忌(とも女)
 
 これは、私の母の句である。母については以前にブログでも取り上げたことがあるが、豊川市に住んでいたころ富安 風生の生家が近かった縁で、確か風生のお兄さんが主宰する結社で俳句をやっていたと思う。作品についても疎覚えだが、この句だけは何故か鮮明に覚えているから まず間違いないと思う。
 後年になって思うに、母の待針の句は久女の次のような句に寄せた想いを詠んだのではなかっただろうか。
 
   足袋つぐや ノラともならず教師妻 (久女) 

 句中のノラは、言うまでもなくイブセンの戯曲『人形の家』のヒロインである。富裕な銀行家の妻として平和な日々を送っていたが、或る事件がきっかけとなって自分が人形のようにしか愛されていないことを知る。対等な人間として絶望や悩みを共有し、喜びを分かち合える存在として自分が見られていないことに絶望したノラは家を出る。このノラのように一人の人間として生きる決断もできぬまま、自分は平凡な教師の妻として今日も足袋の繕いをしているという久女の想いが切ない。

 杉田久女(1890―1946)は、鹿児島県生まれで、本名は赤堀久子。東京女高師(現・御茶ノ水大学)付属高女を卒業後、小倉中学美術教師 杉田宇内に嫁す。はじめは小説家を志すが兄の手ほどきで俳句を始める。
 1917年に初めて虚子が主宰する『ホトトギス』に投句。15年後に中村汀女らと共に同人となるが、2年後に理由も無く『ホトトギス』を除名される。女性だけの俳誌『花衣』を創刊したのが虚子の逆鱗に触れたとの説もあるが、その真相は謎のままである。このとき虚子は『ホトトギス』誌上に「従来の同人のうち、日野草城、吉岡禅寺洞、杉田久女を削除し…云々」と公告している。いずれも新進気鋭の俳人であるところから、虚子の門下への嫉妬によるという見方もある。いずれにしても、このことがあってから久女の創作意欲は急速に衰え、遂に精神を病むに至る。結社主宰の偏見と狭量が一人の天才を抹殺したのである。

 今日1月21日は、彼女の祥月命日である。昭和21年のこの日、午前1時30分、太宰府・筑紫保養院で看取る人もなく57歳の生涯を閉じた。しかし彼女の人間主義と斬新な手法は、自ら虚子に絶縁状を叩きつけた水原秋桜子などに引き継がれ、新しい俳句運動が起きる端緒となった。私個人も若き日、母の蔵書で彼女の作品と出逢い、新しい詩境を拓くことができた。以下に久女の代表句を載せ、改めて薄幸の詩人の冥福を祷りたい。 (写真は杉田久女)

   花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ
   
    平凡の長寿願はずまむし酒

   紫陽花に秋冷いたる信濃かな

   谺して山ほととぎすほしいまま

   白妙の菊の枕をぬひ上げし

   鶴舞ふや日は金色の雲を得て

   風に落つ楊貴妃桜房のまま

   朝顔や濁り初めたる市の空

   ぬかづけばわれも善女や仏生会

       
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