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季節のことばー蟻地獄ー

アリジゴク


アリジゴク1


ウスバカゲロウ1


 狂言「二千石(じせんせき)」の中に「昔が今に至るまで親に似ぬ子は鬼子じゃと言わぬか」という台詞がある。また「不肖の子」という慣用句は親に肖(似)ていない出来の悪い子という意味である。ところが最近の子どもは中学生くらいになると背丈も親をぐんぐん追い越して、これが親子かと思うような例が多い。こういうのは「鳶が鷹を産む」というのであろう。英語では何と言うのだろうか。A black hen lays a white egg.(黒い雌鶏が白い卵を産む)…ちょっと意味が違うかな。

 自然界で親子の姿が違うのはサナギから羽化する蝶、蜂、蛾の仲間である。青虫が蛹になり、やがて羽化するメタモルフォーゼは神秘そのもの。中でも親子のイメージが最も違うのはアリジゴク(蟻地獄)ではないだろうか。

    円錐に
    閑けさ湛える
    蟻地獄
    陥れるものも
    時に美しく

 子どものころ、擂鉢型の巣を掘り起こすと頑丈なアゴを持ったアリジゴクが出てきた。アリが付くからアリの仲間と思っていたが高学年になって、巣の中に落ちてくるアリなどの小さな生き物を大きなアゴで捕まえ、獲物の体に消化液を注入して筋肉や内蔵を溶かして食べる獰猛な生態を知り、「蟻地獄」の意味を理解した。

    罠で待つものの静けさ蟻地獄 (杜)

 これがウスバカゲロウの幼虫であることは、更に学年が進んでからだった。ウスバカゲロウを漢字で書くと薄羽蜉蝣となる。高校時代、生物の時間に漢字で書けと言われ、薄馬鹿下郎と書いたやつがいた。動植物名は片仮名で書くのがスタンダードになっているが、漢字なら羽の薄い蜻蛉のようなものというイメージは湧く。少なくとも薄馬鹿~とは思わないだろう。しかし片仮名表記にも理由はある。例えばクヌギをを漢字で書こうとすると「櫟」、「椚」、「橡」、「櫪」と様々な表記があり、どれを遣っていいか判らなくなる。まあ、片仮名を原則にしてカッコ付で漢字を示すのが適当であろう。(閑話休題)

 このウスバカゲロウ、薄い羽をひらひらさせて飛ぶ様子はいかにも弱々しく、「カゲロウのように儚い命」などのように短命の象徴として遣われる。その姿から罠に落ちた小虫の体液を吸い尽くし、死骸を強力なアゴで巣の外へ弾き出す獰猛な幼虫の姿は想像できない。
   
   毒ありて うすばかげろふ透きとほる (誓子)

 うすばかげろふ(薄羽蜉蝣)も夏の季語である

     
             (写真はアリジゴクとウスバカゲロウ)
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by 杜の小径  at 19:17 |  日記 |  comment (8)  |   |  page top ↑
Comments

はじめまして

村瀬杜詩夫さんはダークダックスの歌を作詞された詩人の方でしょうか。
流石にいい詩をお書きになりますね。
by 慈仁 2008/06/21 20:33  URL [ 編集 ]

こんばんは。

 慈仁さん、はじめまして。
 そうですが、かなり昔のことですよ。たしか「銀色の道」のA面だったと思います。
 詩人・ロシア文学者の内村剛介とユダヤ少女の手記『マーシャの日記』(集英社)
を共訳した縁で作詞しました。曲は佐々木勉でしたね。
by 杜詩夫 2008/06/21 21:21  URL [ 編集 ]

No title

「銀色の道」は、最初は昭和41年にドーナツ版のA面(B面は「誓いのウエディング・リン」)で出て、昭和51年には「花のメルヘン」のB面にもなっています。
「マーシャの日記」が出たのは、「銀色の道」が出た翌年、昭和42年(B面「旅立つ人」)です。
「誓いのウエディング・リン」、「マーシャの日記」、「旅立つ人」の作曲者の佐々木は若くして亡くなりましたが、私の友人です。
村瀬杜詩夫さんは歌人さんと聞いておりましたが、ウィキペディアには詩人と書かれていました。業界では聞いたことのないお名前だったので、音楽関係ではなく、文学の詩人さんだったのですね。
by 慈仁 2008/06/22 03:01  URL [ 編集 ]

有難うございました

 慈仁さん、有難うございました。随分お詳しいですね。キングレコードか金井音楽事務所関係の方ですか。いま、2枚だけ残っていたホワイト・ラベル盤で調べましたら,B面は確かに「旅立つ人」でした。当時、どなたかの紹介でお会いした町田嘉章先生に作詞家に転向を勧められましたが、他にやりたいこともありましたので、その道は進みませんでした。いろいろ教えていただいて有難うございました。
by 杜詩夫 2008/06/22 06:04  URL [ 編集 ]

No title

村瀬杜詩夫さんは、詩人・ロシア文学者の内村剛介とユダヤ少女の手記『マーシャの日記』(集英社) を共訳したということですが、『マーシャの日記 : もうひとりのアンネ・フランクの記録』(集英社)の初版は、「マーシャの日記」がレコードとして出た12年後の昭和54年です。
「マーシャの日記」がレコードとして出た前年に、『マーシャの日記 : 私は語らずにはいられない』が雪書房から刊行されています。
これからすると、『マーシャの日記 : 私は語らずにはいられない』が切欠でダークダックスの歌が作られたと考えられます。

ウィキペディアの「村瀬杜詩夫」の記事は、ご存知でしょうか。2007年3月5日 (月) 04:31の版(初版)の経歴に「雪書房の代表取締役編集長」があり、著作物として歌集『冬虹』『天竜川』、詩集『冬樹』、劇画原作『民望の鷹』、共訳『マーシャの日記』『ライマン・ホームズの航海日誌』があげられており、『マーシャの日記』は共訳となっています。また、「ダークダックスの作詞」などが書き込まれていました。

上記の村瀬杜詩夫さんの返信では、『マーシャの日記』(集英社) を内村剛介氏と共訳したということですが、村瀬杜詩夫さんは著作権をお持ちなのでしょうか。『民望の鷹』(民望は民暴の誤記)については、『民暴の鷹 : 民事介入暴力と闘う弁護士の記録』が平成4年に雪書房から出版され、絵は岩村俊哉、原作・監修は日本弁護士連合会となっています。3年後に出た『民暴の鷹 : 民事介入暴力と闘う弁護士の記録. part 2』も同様。
歌集『冬虹』『天竜川』、詩集『冬樹』や『ライマン・ホームズの航海日誌』は、ISBNのない自費出版と判断されたようですが、お心当たりはありますか。
by 慈仁 2008/06/22 10:16  URL [ 編集 ]

No title

 ご丁寧なご調査を有難うございます。早速ですがウィキペディアの記事については小生の本名を間違えたり、「形成」を大西民子さんとの確執で退会したなど、かなり事実と異なる箇所があり、私自身としては信用していません。「マーシャの日記」は、内村剛介が三省堂文庫の創刊に合わせて原書を用意したものですが、小生が小学館傘下の雪書房を預かることになったので、、三省堂へは『生き急ぐ』を書き下ろし、マーシャを行き書房で出したものです。その後、小生が現役を退くにあたって、彼の友情に応えて著作権を放棄し、集英社に版元を移し、その後、中央公論社でも扱うようになったものです。これで宜しいですか。最後にお伺いしますが、小生は目下、某氏に対し名誉毀損で告発の準備中です。いま、ふっと気付いたのですが、慈仁さんの小生への関心が些か異常に感じられます。もしやH氏の依頼によって当サイトを訪ねられたのであhありませんか。先便であなたがレコード会社か金井事務所の関係者ですかとお尋ねしましたが、そのお返事は如何でしょうか。差支えなければ自己紹介をお願いしたいのですが…。村瀬 拝
by 杜詩夫 2008/06/22 11:48  URL [ 編集 ]

No title

ウィキペディアの記事は、さまざまな人が加筆・訂正などします。
記事「村瀬杜詩夫」は初版から、出典確認できない事柄が多く、注目されていたようです。
最近、自己宣伝のような記事が多いために、そういうものは排除しようということになっていて、そのためのテンプレートも用意されました。

記事「村瀬杜詩夫」においては、著作物の著作権に関しても問題になっていました。
村瀬さんが書かれたことからすると、『マーシャの日記 : 私は語らずにはいられない』は、三省堂で出版するつもりで用意した原書をもとに、村瀬さん個人も訳者に加わって原稿を完成させてできたということでしょうか。
いずれにしても、記事「村瀬杜詩夫」に書かれた著作物で村瀬さんの著作物と確認できたのは、ダークダックスの歌った「マーシャの日記」が唯一です。

「この記事の内容に関する文献や情報源を探しています。」

このテンプレは最初に貼られたものですが、執筆者の回答はありませんでした。
そのすぐ後に貼り付けられたのは、次のテンプレです。

「書きかけ項目です。この項目を加筆、訂正等して下さる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。」

これでも回答が得られなかったようなので、削除依頼もでました。しかし、内容の加筆・修正まどで問題解決できるだろうとの判断から、削除には至らず、資料・外部サイトで出典確認できないことについては、伏せ文字の編集がなされています。
ですから今後も誰か一人の一存で削除されることはないでしょう。

本名については、記載がなかったため、著名人として村瀬俊夫さんというキリスト教関係の書籍を出している方と間違えたのではないかと思います。
その後、どなたかが本名を「村瀬杜詩夫」に修正されましたが、これとても確認できなかったために現在は本名の記載は外されているものと思います。

「この記事の解説する対象は「特筆性」を欠いているおそれがあります。」

このテンプレは、自己宣伝と思われる記事などに貼付されているものです。
察するに村瀬さんはご高齢の方のようなので、いくつもの実績を積んでいらっしゃることでしょうから、まさかそんなことはないと思いますが若者のなかには自費出版の書籍やCDを出した程度で自ら著名人と勘違いし、「もっと有名になりたい」と自己宣伝する者が多いようです。
私は佐々木を個人的に知っていたし、「マーシャの日記」のドーナツ盤も持っていたので、他に参考資料などがあれば記事「佐々木勉」とリンクするなどして完全なものにしたいと思ったまでです。
ウィキペディアの執筆者は、管理人も含めて、本名などは私でも親しい3人しか知りません。
記事に問題があるのであれば、どなたかに資料を提示して修正してもらってはいかがでしょうか。

私は、手を引ききます。
by 慈仁 2008/06/22 13:48  URL [ 編集 ]

追伸

『生き急ぐ : スターリン獄の日本人』(内村剛介著・三省堂・昭和42年)は、文庫ではなく新書です。出版界にいらした方ならば文庫と新書を間違えることはまずないと思います。
また「マーシャの日記」に関連する書籍は中央公論社からは出ていません。

出版に従事した方であれば当然ご存知と思いますが、著作権と版権は異なります。

村瀬さんはウィキペディアの記事のうち加筆の2つをあげて信用できないとされていますが、それ以前、記事「村瀬杜詩夫」は初版から疑わしい内容でした。
初版に実績としていくつもの書籍をあげておきながら、著者に村瀬杜詩夫の名のあるものが一冊も確認できないから村瀬俊夫氏と勘違いされたのでしょう。
そればかりでなく、著者名として村瀬杜詩夫の名で公表されている書籍は、未だに一冊も発見されていません。

大西民子氏の件でも、次のように記述が変わっています。
「木俣修の「形成」に参加するも、木俣の死後、短歌と決別して自由詩に転じる」→「木俣修の「形成」に参加するも、木俣の死後、大西民子と対立して短歌の世界から去り自由詩に転じるが、それらの組織からも決別する。」→「木俣の死後は短歌の過度な叙情性に疑問を抱き短歌と決別する。その後は、いずれの結社にも属せず」
調査したところ、大西民子氏は木俣修氏の後継者でした。そこから「大西民子と対立して」となったのでしょう。「確執」とは書かれていまさん。しかも短歌と決別したはずが、短歌を通信指導していると書かれていました。

ここでの村瀬さんと私の会話でも、村瀬さんはダークダックスの「マーシャの日記」の切欠は集英社から出た本だと書いたり、ダークダックスの有名な「銀色の道」がご自身が作詞した「マーシャの日記」のB面だったとか。
わずか1枚のドーナツ盤だから、ふつうならば間違えるはずがないし、ご自身が在席した雪書房から出た本とずいぶん後に集英社から出た本と勘違いすることも、常識では考えられないことです。
by 慈仁 2008/06/22 13:52  URL [ 編集 ]
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